COOL & SWEET
”クールビューティー”。
すっかり使い古されたこの単語が、彼女以上に似合う人なんて存在するのだろうか。
真っ白な肌に真っ黒なサラサラの髪。切れ長で奥二重の目のせいで、冷たそうに見られがちだが、実は………なんて甘い考えを抱いちゃイケナイ。
目の前にいる美しい女性、何の捻りもなく見たまんまの人なのだ。それがたった今、まさに証明されたところ。
ただ、そんな冷血漢な彼女は、付き合い始めて半年の、私の恋人だったりする。
事の始まりは、1本の映画だった。
金曜の晩。彼女、沙希さんの家に来ていた私は、夕食を済ませた後、ソファに並んで一緒に映画を観ていた。
特に観たかったわけじゃない。テレビをつけたら丁度始まるところだったから、そのまま観ていただけだ。
ありきたりなラブロマンスで、とにかく甘~いストーリー。
画面の中でこれでもかと言うほどイチャつき倒す主人公達の睦言で、女が言ったよくある一言『貴方が死んだら、私はもう生きていけないわ』というセリフのところで、それまで私の隣でビール片手に無言で観ていた沙希さんは、あろう事か鼻で笑ったのである。
見た目や纏っている雰囲気のせいで、その笑い方は実に似合っているのだけど、それが似合っているというのが問題というか……そもそも、ここって笑うとこでしたか?
彼女の機嫌を損ねないためにも、出来るだけ遠回しな訊き方で沙希さんにその事を訊ねてみたところ、大変魅力的な、とんでもなく意地の悪い笑顔を浮かべ、彼女はこう言った。
「恋人が死んだら生きていけないなんて、思い込み激しいわよね、この女」
わーお、思いっきりぶった切りやがったよ、この人!
っていうか、それをよりにもよって現在の恋人である私に言うか!?
そりゃあ、私だってこのヒロインは恋にのめりこみ過ぎっていうか、溺れすぎてる気がしないでもないけど、『あなたなしじゃ生きていけない』なんていうのは、睦言の常套文句ってやつでしょう!
お互い、それを本気で言ってるわけじゃないとわかっていながらも、比喩としてそれくらい好きだって伝えるためのみに存在するセリフでしょうよ!
まあ、中には本気でそう思ってる人もいるかもしれないし、それはそれで本人が幸せならアリだと思うけれど、ここまで清々しく鼻で笑うとは……どこまで冷めてるんだ、この氷の女王め!
「私、あなたが死んでも、……ありえないけど、とんでもない捨てられ方されても、死ぬ事だけはないわねぇ」
あうぅっ!そんな事、思っても正直に言わないでいただきたい!!
「沙希さん……あんまり期待はしないけど、お世辞か冗談か酔った勢いでもいいから、”死ぬほど好き~!”くらい言ってくれてもバチは当たらないと思う」
「何?杏奈は私に死んでほしいわけ?」
「もう!そうじゃなくて!!」
ついムキになって私が突っ込みを入れると、沙希さんは先ほどと同じように、ハハンッと口元を皮肉気に歪め、目を細める。
この人は、こういう顔をしている時が一番魅力的で楽しそうだ。
あー、私、なんでこんな人と付き合ってるんだろう。
「お子ちゃま」
「んなっ!?」
「やっぱり、まだ18歳ねー。まだまだ夢見がちっていうか、ロマンチストっていうか。
まあ、可愛い♪」
「むぅぅ…」
どう聞いても棒読みな「まあ、可愛い♪」の部分に軽く凹みながら、小熊みたいな呻り声をあげてしまう。
ああ、さすがは26歳……なんだか妙に悟りきってる。8歳の歳の差って、こうまでも大きいのか。っていうか、沙希さんの場合は達観しすぎなんだか、根っからのリアリストなんだか。
きっと、一般的な26歳の中でも特殊な方だと思う。
たまには自分の中の乙女回路を発動させないと、退化して使い物にならなくなりますよ、と言ってやりたい。構わないって言われそうだけど。
「大体、半年も付き合ってりゃ、杏奈だって私の考え方くらいわかるでしょ?」
「それはそうだけど~」
「そんな濃縮ハチミツみたいな甘ったるい言葉、一夜限りのお相手くらいにしか吐かないわよ。
とりあず、こっちの掌の上で転がすためには必需品なわけだし…」
「ほえっ!?あ、ああああの、沙希さん!?」
一夜限りって、もしもしっ!?
ひょっとして、沙希さん、お子ちゃまな私が相手じゃ物足りなかったりしましたか!!?
「ああ、杏奈と付き合い始めてからはないから、安心しなさいって。探すの面倒だし」
と、顔を真っ赤にして言葉にならない言葉を発している私にサラリと仰るわけですが、それって、探さなくていいならウェルカムって事じゃないですよね!?
あまりにも怖すぎて聞けませんけど!
「大体ね、付き合ってる相手にまで、思ってもいない甘い言葉吐いてどうすんのよ?
ストレスたまって、せっかく続いた禁煙記録もストップするわ」
うわ、そこまでストレス感じますかっ!?しかも、思ってもいないって断言しましたよね!?
言ってる事はわかるんだけど、なんか納得いかない!!
私だって一応は彼女なんだし、たまには!本当に時々でいいから、少しくらいは愛情が感じられる言葉が聞きたいと望んでしまうわけで。
間違えても「私、あなたが死んでも、…ありえないけど、とんでもない捨てられ方されても、死ぬ事だけはないわねぇ」なんていう言葉が聞きたいわけじゃないんですよ!
そりゃ、クールな沙希さんも素敵だなーって思うし(クール通り越してコールドかもしれないけど)、大好きなんだけど、そればっかりだったら不安になる事くらいわかってくれないかなぁ。仮にも経験豊富な大人の女性(26歳)なわけだし!!
と、心の中ではバタバタとのた打ち回ってるけれどそれを口に出来るわけもなく、仕方がないので恨みだけでも視線に込めてじっとり見つめてみるけど、予想通り効果なし。
平然と見つめ返されちゃいました。
敗北感に打ちのめされ、もういいやと諦め、とっくに映画が終わってしまったテレビのチャンネルを変えようとリモコンに手を伸ばすと、私の斜め後ろで笑いを含んだ沙希さんの声がした。
「ま、私が適度に冷たいうちは好かれてるって思ってもいいんじゃない?」
「――!?」
えーっと……、沙希さん?
非常にわかりにくいのですけど、もしかして今のが沙希さん流の”甘い言葉”ってやつだったんでしょうか?
私、あなたと出逢ってから初めて好きって言われた気がするんですけど。
ものすごく複雑な気分だけど、こんな捻くれた愛情表現の彼女と付き合っていけるのは、きっと私くらいだ。