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VAMPIRE KILLING  作者: 冷麺
第Ⅰ章『吸血鬼討伐篇』
9/27

07:【rest in the home】

【束の間の休息】


学園に潜んでいた【吸血鬼(ヴァンパイア)】・隔野百合亜(かくのゆりあ)を倒した【血鬼祓(バルトツィスト)】の朝霧舞(あさぎりまい)星詠秋奈(ほしよみあきな)の二人は下校し、午後八時ごろには【月鬼隊(げっきたい)】が購入した二人専用の家の目の前に居た。

 家は鬼狩町の閑静な住宅街の中に位置していた。一階建てのこじんまりとした家は、壁がベージュ色に塗られ、屋根は赤く彩られているというごく普通なものだった。他と異なるのは、家の表札が『星詠』と『朝霧』と二つ付いていることぐらいであった。


「月鬼隊が購入した家って割には普通だね」


 家の姿を見て秋奈が呟く。


「作ったのならそりゃすごいのかもしれないけど、買ったんだから普通なのは当然でしょ」

「だね~」


 秋奈に向かって舞が言った。舞は制服の上に、月鬼隊の隊服である【黒鬼(オーガ)】を羽織っていた。なぜなら、彼女の制服は百合亜と戦った際に負った傷で血だらけになっていたからだ。そのまま学校から帰れば、嫌でも人目についてしまう。だから、舞は偶然鞄の中に入れていた隊服を羽織って帰ってきたのだ。


「取りあえず早く入ろう、私制服から着替えたい」

「おっけおっけ、鍵開けるから待ってて。血だらけだもんね、舞ちゃんの制服。替えはあるの?」

「一応制服に関しては五枚くらい控えがあるよ」


 秋奈が着ているセーラー服のポケットらかジャラジャラとキーホルダーが大量に着いた鍵の束を取り出した。


「えーと、これが基地の寮の鍵で、これが隊室の鍵で、これが倉庫の鍵、あと自転車の鍵に、これが部屋の机の鍵に……」

「ああもう多い!! どんだけ鍵着けてるのよ!? それになによ、机の鍵って!?」

 

 あまりにもたらたらと鍵の束を数える秋奈に痺れを切らした舞が大声で言った。


「仕方ないじゃん、あたしよく物無くしちゃうんだから! いいでしょ別に、机の中には乙女の秘密が隠されるのよ!」


 秋奈は少し怒りながら言うと、一個の鍵を束から見つけ出した。


「あった、これだよこれ!」

「やっと見つかったの……」


 秋奈は家の黒い扉にある鍵穴に、その鍵を差し込み、ガチャリと音をたててロックを解除した。


「さあ、ここが今日からあたし達の新居だよ!」

 

 秋奈がゆっくりと扉を開いた。秋奈と舞は玄関にまで入り、電気のスイッチを押す。転倒したライトは、暗闇に覆われていた家の中を照らす。そこに広がったのは、一本の廊下と、右側にある二個の出入り口。そして正面にはリビングに繋がる扉だった。


「――普通だね!!」と、秋奈がきっぱり言った。

「はっきり言いすぎでしょ」


 二人は靴を脱ぎ、歩き始める。そしてまず一つ目の出入り口のドアを開けた。


「ここはお風呂みたいだね」


 秋奈が言った。そこには洗面台と洗濯機、バスタオルを掛けるであろう鉄の取っ手、そして一番奥には風呂場に入れるであろうスライド式のプラスチックで出来たドアがあった。

 次に二人は二番目の出入り口のドアを開けて見る。そこには、真っ白なまだ一度も使われていないほど異例な便器が設置されていた。


「ここがトイレ、と」

「結構綺麗だね。それにいい匂いするし」

「そういう問題?」


 最後に二人はリビングへ繋がるドアを開いた。


「おお、まあまあ広いじゃん!」

「そいうだね、二人で住むのには十分かも」


 彼女達の目の前に広がるリビングルームは十二畳ほどの大きさがあった。そのリビングルームにはステンレスキッチン、冷蔵庫、テレビ台とその上におかれたテレビ、二人用の敷布団と掛布団、食事を取る為の小さな卓袱台。そして朝に二人が部屋でまとめた荷物が入った段ボール箱。人二人住むのには十分すぎるほどの設備が整っていた。


「ん~新居の匂いがするよ~」と、舞がすんすんと鼻でリビングルームの匂いを嗅ぐ。

「何よそれ……? とりあえずまずは着替え着替え、と……」

「そうだね~。はあ~疲れたあ~」


 秋奈と舞は持っていた学校の鞄をその場に置くと、段ボール箱を漁り各々の着替える服を取り出すと、着ていた制服を脱ぎ、その取り出した服に着替える。

 その時、舞は偶然、秋奈の着替えるシーンが目に入った。彼女の上半身が露わになっており、その肌は透き通るほど白く、輝いている様にも見えた。そして、彼女の胸にはピンク色のスポーツブラが着けられていた。肝心の大きさは、というと――。


(やっぱり小さい……というか、ない)


 舞は一人、心の中でつぶやく。その視線に気付いた秋奈が、キッとした表情で舞を見た。


「……何か?」

「……いや、何も……」


 そう言って舞は秋奈から視線を外すと、取り出した服を着た。


 

 二人は着替え終わると、着ていた制服を洗濯機に放り込み、そのまますぐにその服の洗濯を始めた。


「ねえ、これ血ちゃんと落ちるの?」

  

 秋奈が舞に尋ねる。


「さあ……? まあ、最悪捨てても大丈夫でしょ。まだ五枚もあるし」

「ストックと取っとくものだね、あたしなんてこれ一枚しかないよ」

「え……?」


 思わぬ秋奈のカミングアウトに、舞は驚いた。


「じゃあ明日どうするつもりなの? 明日も学校、あるけど?」

「あ……本当だ……」

「はあ……今から洗濯してたら乾くかどうか……しょうがないから、今回は私の制服貸してあげる」

「本当? よかった助かった~ありがとね、まーちゃん」


 秋奈は笑顔で舞に言う。


「――サイズが合うかわからないけど」

「前言撤回、さっきからあたしに対する身体の弄りが多過ぎ!!」

「ごめん、ついつい口から出ちゃって……」

「っていうか、舞ちゃんの私服っていつもそんな……?」


 秋奈は少し舞から離れて、彼女の着ている服を見る。舞は、黒色の、何の模様もイラストも入れられてない無地のジャージを上下揃えて穿いていた。舞は「それがなにか?」というような表情になる。


「え、そうだけど……?」

「いや……いくらなんでもダサすぎない……?」

「別に何処かに出かけるわけじゃないんだし、いいじゃん。そもそも秋奈ちゃんのその寝巻がおしゃれすぎるんでしょ」


 舞は不貞腐れたように、秋奈を指差して言った。秋奈の服装は、ピンク色に黄色の星がらの模様が施されたパジャマの上下に、白色のナイトキャップを付けていた。その姿はどう見ても現役の高校二年生には見えず、小学生にしか見えなかった。


「いいでしょ、女の子なんだからこれぐらいしないと。そうだ、こんど舞ちゃんの服選びに買い物に行こ。そのうち非番の日とか出るかもしれないから」

「私は別にそういうのは――」

「血鬼祓だってお洒落は必然! 文句は受け付けません!!」


 舞が言い切る前に、秋奈は微笑みながら大きく言った。


「もう、分かったよ……行けばいいんでしょ、行けば」

「それでよろしい!」


 舞は適当にそう言えば、満足したように秋奈が語尾を弾ませて答える。その時、ぐぎゅるるる……と、二人のお腹が鳴る。そして、一瞬二人は見つめ合えば、大声で笑いあった。


「もう、舞ちゃんたら女の子の欠片もないお腹の鳴り方!」

「そういう自分だって、物凄く大きな音だった癖に!」

「それはきっと舞ちゃんの気のせいじゃないかな? ほら、早く晩御飯食べよ? 舞ちゃんが作ってくれるんでしょ?」

「はいはい、わかりましたよっと。冷蔵庫に何かあったかな?」


 二人は洗濯機の前から離れ、リビングルームのキッチンへ向かった。舞は冷蔵庫の扉を開けると、中に入っている食材を確認する。


「卵に中華めん、豚肉の切り落としにキャベツ……調味料はソースとケチャップとマヨネーズ、ね……中々いい品揃え。さすが月鬼隊」

「ねえねえ、何作るの?」


 冷蔵庫の中身を確認する舞の隣に、秋奈がやってきて彼女も冷蔵庫の中を除く。


「そうだね~、この食材で作るれるのは焼きそばとスクランブルエッグかな?」

「え~焼きそばぁ? あたし、カスタードクリームハンバーグが食べたい! ハンバーーーーグ!!」

「文句言う人に晩御飯なんか作らないよ?」(カスタードクリームハンバーグ……?)

「うう……大人しく黙っときますよ……」


 秋奈は項垂れて、冷蔵庫とキッチンから離れ、テレビの電源を付けて卓袱台の横に座った。放映されているのはバラエティ番組だろうか、時折秋奈の笑い声が聞こえた。

 舞は中にあった食材を取り出し、キッチン台に並べた。そして棚から包丁を取り出す。


「最高にうまい焼きそば、作ってあげようかな!」と意気込み、舞が調理を始めた。



「あ、そういえば薬、飲まなきゃ……!」


 秋奈は卓袱台の横から立ち上がり、段ボール箱を漁る。彼女は中から黒い円形の、まるで眠気覚ましのミントガムが入っていそうな容器を取り出した。じゃらじゃらと中に入っている錠剤が音を鳴らす。秋奈は蓋を開け、錠剤を三粒手のひらに置く。その錠剤の色は赤黒く、とても薬のようには見えなかった。


「よーし、できたぞ! 私特製の焼きそば!」


 舞がキッチンから出来上がった焼きそば二皿とスクランブルエッグを乗せた皿をトレーに乗せて出てきた。舞は、秋奈が飲もうとしている薬の存在に気付く。


「何それ?」


 卓袱台にトレーを置き、舞が秋奈に尋ねる。


「ああ、これ? あたし、【Ce粒子】の影響がなんか変にくらってるらしくて、何を食べてもおなかがすぐに空いちゃうんだ、だから上喰(うわばみ)隊長に頼んで処方してもらったんだ、この満腹薬を!」

「そんなに燃費悪いの、秋奈ちゃん……」


 舞が苦笑いをして秋奈を見る中、秋奈はその薬を水も使わずそのまま口に放り込んだ。がりがりとそのっ錠剤を、彼女は噛み砕く。


「……その薬、苦くないの?」

「上喰隊長に頼んでザクロ味にしてもらったよん」

「成程ね……よし、じゃあ早く晩御飯食べなさい、冷めちゃうし」

「焼きそばかあ……」

「まだ文句を言うか」


 舞は落胆する秋奈の頭を軽く叩いた。「いてっ」と声を出すと秋奈は焼きそばの入った皿と、箸を一善手に取る。舞も、秋奈の向かい側に座り、皿と箸を取る。


「いただきまーす」

「いただきます」


 二人の声が、テレビ番組の音とともにリビングルームに響いた。秋奈は少しだけ麺を箸で取り、ちびちびと口に含んだ。そして、もぐもぐと口を動かす。


「……どう?」


 自分の作った焼きそばの味はどうなのか、秋奈に舞はそれを尋ねる。


「……美味い!」


 口の中の物をすべて飲み込むと、秋奈が大きな声で答える。そして、さっきとは異なりもっと多くの麺を箸で掴みとり、口に放り込んでいった。その様子を見て舞は満足そうに微笑み、自分も焼きそばを口の中に入れていった。



「ごちそうさま!」

「おあいそさま」


 秋奈が一足早く、食べ終わると、皿をキッチンに置き、段ボールからバスタオルを取り出す。


「じゃあ私、お風呂入ってくるね~」

「はい、いってらっしゃい」


 秋奈はパタパタと駆けて風呂場に向かっていった。秋奈は皿に残っていた焼きそばをかっ込み飲み込むと、その場から立ち上がり、空になった皿をキッチンに持っていく。

 再び卓袱台の横に座ると、一息ついた。


「今日は本当に疲れた……これじゃあ筋肉痛になっちゃいそう」


 彼女は一人笑いながらつぶやく。

 直後、舞のスマートフォンがブルルルルと音をたてて鳴り、舞はスマートフォンを手に取り、電話に出た。


「もしもし?」

『こんばんは。私よ、夜嶋御影(やしまみかげ)

「あ、御影さん、こんばんは~」


 舞はテレビの電源を消し、通話しやすい状況にする。


『どうやら吸血鬼を一体倒したようね』

「お、聞いちゃった? どうよ、これで私も一人前――」

『星詠秋奈の力を借りてやっと倒せるようじゃ、まだまだよ』


 御影は舞が言い切る前に、きっぱりと言った。


「うう、相変わらず厳しい……」

『このくらい、隊長として当然よ。……そういえば、星詠秋奈から話を聞いた?』

「秋奈ちゃんから? 話……? ああ、なんか人の血を吸うためじゃなくてただ単に殺す吸血鬼が現れたってやつ? 学校から帰るときに聞いたよ?」

『ええ、その話よ。ちゃんとあなたに伝わってるようならいいわ。私から言うことはもうない。それと……秋奈ちゃんって……』

「え、あ、その、これは……」

『ふんっ。……精々頑張りなさい』


 御影はぶっきらぼうに通話を切った。


「なんで御影さん、あんなに機嫌が……いや、悪いのは何時ものことか……」


 舞がスマートフォンの電源を切り、卓袱台に突っ伏した。


(あれ……ねむ……い……)


 今日一日……といっても殆ど夕方から夜にかけてだが、酷使された身体はすでに限界だった。舞が突っ伏

し、目を閉じたことにより、眠気が一気に舞を襲った。舞は少しでも起きようと、抵抗するもむなしく、そのまま深い眠りに落ちた――。



「あれ、私……」

 

 舞が目を覚ますと、彼女は布団の中だった。ゆっくりと身体を起こし、周りを見渡すと、隣ではもう一枚の布団を敷いて眠る秋奈が居た。スマートフォンの電源を点け時間を確認すると、時刻は深夜二時だった。


(御影さんの電話がかかってきたのは確か九時だから……五時間も寝ちゃってたのか)


 あの時卓袱台で寝落ちしてしまったのに、自分も布団の中にいる……ということは、風呂から上がってきた秋奈が眠りこけている自分をわざわざ布団に寝かせてくれたのだろう。


「……ありがとう」


 舞は聞こえないように、秋奈に言い、彼女の金髪の頭を優しく撫でた。そして、舞はある一つのことに気付く。


「あ、お風呂入ってない……」


 舞は立ち上がり、段ボールからバスタオルを取り出し音をたてないようにリビングルームから出ると、廊下を歩いて風呂場に向かっていった。

 数十分後、風呂から上がり身体を拭き、ドライヤーで髪を乾かすと、舞は布団の中にもぐり、一言「おやすみ」と、寝ている秋奈に向かって言うと、静かに眠りに落ちて行った――。





 第二話『rest in the home』――終。

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