05:【The first united】-②
体育館に、竹刀同士がぶつかり合う音と、竹刀を振る者たちの雄叫びがうるさく響きあう。
そんな中、体育館の端を舞と秋奈、そして道着に身を包んだ女性とともに歩いていく。彼女たちは練習している部員たちの横を通り過ぎると、体育館の正面ステージの横にある女子剣道部の部室に入って行った。
部室には汗と香料の匂いが混ざり合い、舞にはその匂いは懐かしく、秋奈にとってはかなりの刺激臭に感じた。彼女たちの前に立つ、ウェーブがかった長い黒髪を纏め、黒縁のメガネをかけた、年齢の割にはかなり妖艶なその女性は、二人に向かって目を合わせる。
「初めまして、ええと……」
「二年の朝霧舞です」
「同じく二年の星詠秋奈でっす」
「朝霧さんに星詠さん、ね……私に話したいことって?」
「はい、隔野先輩に聞きたいことがあって」
彼女の名前は隔野百合亜。この高校の三年二組に所属しており、女子剣道部の部長である。剣道の実力は高く、夏のインターハイの個人戦では三位入賞するほどでもある。その実績から、昨年の夏から女子剣道部の部長として部員達を導いている。さらに、その美貌から学園の男女から非常に人気が高い。
「……大村さんのことで」
「大村さん……って、大村由美さんのことよね?」
「はい」
「聞いたわ先生から。大村さんが朝から行方しれずだって。もしかして、そのことについて?」
一瞬舞がちらりと秋奈を見た。秋奈は特に疑う様子はなかった。大村由美をが『行方不明』扱いになっていることはすでに学校に伝わっているらしい。
「実はそうなんです、私、その、大村さんとは仲が良かったので……どんな些細なことでもいいので、教えてくれませんか?」
舞は少し身長の高い百合亜に上目遣いで言う。
「どんな些細なこと……と言われてもねえ……。昨日最後にあったときには特にいつも変わった様子はなかったわ……。ごめんなさいね、何も力になれなくて……」
百合亜は悲しい表情で、舞に向かって言う。
「もし、なにかわかったらまた教えてくださいね」
秋奈が百合亜に向かって言う。
「わかったわ」と、百合亜はうなずく。
「……あの、気になったのだけど」
百合亜が秋奈を見ながら言う。
「なんですか?」と、秋奈は首を傾げる。
「なんであなた、セーラー服を……?」
「いや、これは私がて――」
「この子、演劇部でして!」
秋奈が言い切る前に舞は彼女の口を手で押さえ、大きな声で言った。
「演劇部の子だったの?」
「は、はい! 今度セーラー服を着た少女がエイリアンと魔法を使って戦う『セーラー服と闇魔法』って劇、やるんで!」
「そ、そう……ならいいのだけど……」
必死に答える舞を見て、百合亜は苦笑いで彼女たちを見た。
(ちょっと、なんでいきなり……!)
(来たばっかの転校生が顔も見たこともない生徒のこと聞き出してたらどう考えてもおかしいでしょうが!!)
(た、確かに……)
二人は百合亜に聞こえないようこそこそと話すと、「部活中に押しかけてすみませんでした!」と言い、部室から出て行こうとした。その時、百合亜は舞の手を掴む。
「え、隔野先輩……?」
「ちょっといいかしら。ええと……星詠さんは演劇部の練習、頑張って?」
「へ?」
すると、百合亜は舞だけを部室に残したまま、秋奈を部室の外に追いやって、扉を閉めてしまった。
「ちょっ……」
「あの子、本当はここの生徒じゃないんでしょう?」
「なんでそれを……」
「あのね、私だってここの生徒よ? 演劇部が何をやってるかぐらい、分かるんだから」
百合亜は少し笑いながら言った。
「だから、同じ轟哭高校の生徒のあなたにだけ、このことを言うわ?」
「何を、ですか……?」
「大村さんを襲った『何か』について……でもそれは、部活が終わった後、にね?」
百合亜は舞の頬に手を当てて、微笑みながら言った。思わず舞はびくっと身体を震わせた。そして百合亜は艶めかしい手つきで彼女の銀髪を撫でる。
「ちょっと、隔野先輩……!?」
「この髪……とても綺麗だわ……。さっきのあの女の子の金髪もいいけれど、銀髪は中々お目にかかれないから……ふふ……」
「ぶ、部活に戻らなくていいんですか!?」
舞は髪を撫でる百合亜を押し離して尋ねた。
「あ……ああ、そうね……そうだったわ。ごめんなさいね」
彼女ははっとした表情になる。
「とりあえず、部活が終わってから……七時半くらいかしら。その時に来て頂戴。もちろん、一人でね?」
百合亜は再び笑顔で舞にそう告げる。
「……わかりました」
舞がそう答えると、百合亜は微笑んだまま横を通り過ぎ、部室から出て行った。舞は放心状態でしばらく立ち尽くしたままだった。
「星詠さん、まだ居たの?」
「今日は演劇部休みなんで!」
「あら、そう。ふふ……」
そういえば思い出した。彼女――隔野百合亜は、男性よりも女性の方を好む、同性愛者だったことを(あくまでも噂だが)。舞は、まさか自分にまでああいうアプローチをされるとは思っていなかった。彼女が【吸血鬼】であることとは全く関係ないが、人の趣向の一つを垣間見た、そんな気がした。
「朝霧さん~? 何の話してたの?」と、秋奈が部室の扉からひょっこり顔を覗かせる。
「え、あ、うん!? いや、私はそっちじゃないよ!?」
「はい? 何言ってんの?」
「あ、いや……」
「とりあえず、次は担任の先生に話聞きに行こうよ。『お前たちに言うような話はない』って突っぱねられそうなのは目に見えてるけどさ」
「分かった、行こ……」
舞はそう言って秋奈の元へ行った。
部室での件の後、彼女たちは大村由美のことを彼女の担任教師に尋ねたが、『お前たちに言うような話はない』と突っぱねられた。それから、彼女たちは教室、図書館、グラウンド、屋内プール、講堂……学校の敷地内のさまざまな場所を調べに行ったが、これといった証拠は見当たらなかった。
調査の間に舞の頭にあったのはやはり隔野百合亜のことだった。
『大村由美を襲った何かについて』――。
おそらくそれは【吸血鬼】だろう。そして、百合亜の言うことが正しければ、彼女はその【吸血鬼】の顔を見ているかもしれない。それは、今回のこの調査を大きく飛躍させるものになろうだろう――。
日は完全に暮れ、街を宵闇が覆い、電燈の明かりがそれを晴らそうと照らす。それは、この学校でも同じであった。舞は腕時計で時間を確認した。針が示すのは午後六時五十分。百合亜の言っていた時間まで残り十分――。
「ねえ星詠さん」
「何?」
「ちょっと私、トイレ行ってくるね」
「はーい、すぐ戻ってきてよ~」
舞は秋奈にそう告げ、その場から一人離れて行った。
最大の手掛かりを手入れられるこのチャンスを逃すわけにはいかない――。もし、二人で彼女の元へ行って「教えない」と突っぱねられたら困るので、舞は一人で行くことにした。一応、秋奈とは昼休みの間にメールアドレスを交換しているので、もし何かあればすぐに助けを呼べる。
舞は駆け足で、体育館二階にある剣道部の部室へ向かった。
部活動はすでに終わったのか、部員たちの姿はすでに無くなっていた。電気が落とされているため、とても不気味に思えた。一歩、また一歩と舞は静かに部室へ近づいた。
「隔野先輩、朝霧です、朝霧舞です」
ゆっくりと部室の扉を開き、舞はその中を見る。しかし、部屋の中は静かで、灯り一つさえ灯ってはいなかった。
「……隔野先輩?」
もう一度、舞は彼女の名を呼ぶ。しかし、反応はなかった。舞は完全に部屋に入ると、もう一度彼女の名を呼んだが、依然として反応がない。
(まさか、顔を見られたことに気付いて吸血鬼に……!)
吸血鬼が目撃者である隔野百合亜を殺したのでは……? そのような考えが脳裏に浮かぶ。だとしたら、早く秋奈にも伝え、彼女の行方を探さなければ……!
舞は制服のポケットからスマートフォンを取り出し、メールアプリを開いた。その時だった。ガタンと物音が鳴ったと思うと、突然舞の手は何者かの手に掴まれ、その反動でスマートフォンが落ち、床を滑る。
「だ、誰!?」
掴まれた腕を放そうとするが、相手の力はとても強く、そう簡単に振りほどくことは出来ない。
「私よ、私……朝霧舞さん?」
「か、隔野先輩……!?」
その正体は百合亜だった。彼女は背後から舞の腕を握る力を強くして、舞が逃げれないようにする。
「ちょっと、離してください! 話、話って何だったんですか!?」
「話……? ああ、それは嘘。ここにあなたを呼び出すためのね」
舞はその言葉を聞いて戦慄する。
嘘――!? つまり自分は騙されていたのか、この女に――。舞の心に隔野に対する疑心が湧き上がる。
「ふざけないでください、私は――」
「いいから、しゃべらないで? どうせすぐ、終わるから」
舞は振り返って百合亜の顔を見ようとした。その時だった。
「!!」
百合亜の目が一瞬、青く輝いたのである。
「その眼は……!!」
吸血鬼が体内に宿す【Ce粒子】の色は青だ。吸血鬼が人を襲ったり、戦闘する際にはその眼が青く輝く、と言われている。そして今回、彼女の目が青く輝いた――。つまりは――。
「隔野先輩、もしかしてあなたは……!!」
「もしかしなくても、私は吸血鬼よ」
百合亜はきっぱりと、言い放った。あまりにもあっさり認めた百合亜は歪んだ笑顔を見せる。
「私が吸血鬼だってことは、バレたら困るの。でもね、私があなたを食べてしまえば、それで一件落着。私の正体がバレちゃうことはなくなるわ」
「じゃあ、大村さんを殺したのも……」
「ええ、私。あの子はとても清純な姿で、大和撫子を思わせるような子だったの、だから『選んだ』のよ。くっさい男なんて真っ平御免だわ、そんなのよりも、きれいで、美しくて、かわいい、女の子の血が一番。大村さんや、今まで襲った生徒――そして、あなたもね」
「この……変態!」
舞が叫んで離れようとするが、百合亜の力はそれを上回ってるためか不可能だった。吸血鬼の身体能力は人間の数倍以上である。そして、その力は同じCe粒子を使う血鬼祓の筋力すら超える。ゆえに、血鬼祓である舞では、彼女の手を振りほどけないのだ――。
「今まで何度かあなたを見たことがあるの……その長くて綺麗な銀髪に、美しいスタイル……整った顔、すべてが最高なの! だから、私が食べてあげる、大丈夫、痛くはしないから。眠っているうちに、全部終わるから――」
百合亜が大きく口を開いた。そこには、二対の鋭く尖った歯が見える。
(この人はやっぱり吸血鬼……!! 戦うしか、ない……!)
口を開いた百合亜が舞の首筋に噛み付こうとする。その瞬間、舞が大きく声を上げた。
「『斬鬼』、装展!」
赤いCe粒子が身体から溢れ出し、舞の口元に集まり、一振りの日本刀を瞬時に形成した。白色に塗装された刃を持つその刀の黒い柄を舞は口でつかみ取り、そのまま首を横にして、噛み付こうとする百合亜の横顔へ向けて斬りつけた。
百合亜はその攻撃が直撃し、舞を掴む手を放す。その隙に舞は直ぐ部室から出ていき、体育館へ出る。
「間一髪、ってところね……」
舞は口で掴んでいた刀を手に移し替え、呟いた。もしあと一秒でも遅れていれば、確実に彼女にやられていただろう。
「星詠さんに連絡を……」
舞はポケットに手を伸ばし、スマートフォンを取り出そうとする。が、そこにスマートフォンの影も形もなかった。
「そうか、あの時に……!」
舞は先ほど、部室に入り、百合亜に手を摑まえられた時、その反動でそれを落としていたのだった。これでは、秋奈に連絡しようがない。今すぐ走って秋奈の元まで行き、援軍を頼もうか――そう思った矢先、部室から百合亜がゆらゆらと揺れて現れた。
「その刀……そのCe粒子の色……あなた血鬼祓ね? ふふ、まさかこの学校の中に血鬼祓が居るなんて……なんて運命的、ディスティニー!! そうよ私があなたに魅力を感じたのは、きっとその所為だわ! 私ね、まだ血鬼祓の血は飲んだことないの。噂によれば、とても美味しいらしいの……だから、あなたを食べさせて!!」
百合亜のその狂気に満ちた笑顔は、暗闇の中でもはっきりとわかった。
青い光が彼女の顔にできた傷が瞬時に治っていく。体内のCe粒子を使用し、身体の治癒能力を上昇させ、できた傷を短時間で治す【急速再生】だ。
「絶対に嫌ですね。私は吸血鬼達が嫌いだから、死んでも血なんか吸われません」
舞はひきつった笑顔で百合亜にそう言った。そして、手に持っている日本刀を構えた。
「その刀……血鬼祓の武器ね。『斬鬼』だったかしら? 直接見るのは久しぶりね……私の身体も久しく戦ってないから、鈍ってないといいけど」
舞の手に持つ日本刀――名称は『斬鬼』。
血鬼祓の武器である【刃機】は吸血鬼同様、Ce粒子で作られる。ただ違うのは、吸血鬼は場合に応じてさまざまな形を作り出せるのに対し、血鬼祓はすでに作り出せる形が決まっている。それは、Ce粒子を超高度銀(通常の銀よりもはるかに硬くされた銀)に変化させてから武器を決まった形に開発しているからである。
世界各地に存在する【血鬼祓国際機関】であるが、刃機のタイプは大体同じである。圧倒的な攻撃力を持つ『大剣タイプ』と、オールマイティな動きができる『スピアタイプ』である。しかし、日本では独自に刃機を開発・量産した。それがこの『斬鬼』である。
日本刀を模したこの刃機は他の者に比べ軽いため動きやすく、連続して攻撃を加えることが可能なため、日本でのシェアは九〇パーセントを超え、さらにアジアの支部でも使われることが多い。
「さあ、早くあなたのその血を、吸わせて頂戴?」
にっこりと百合亜が微笑んだ。その時、舞の足元が青くチカチカッと光った。舞がそれに目をやったその瞬間、地面から青く輝く刃が突き出てきたのだ。舞の持つ超人的な反射神経は、その攻撃を一瞬捉えることができず、刃が舞の頬をかすめ、舞は少し後ずさりをすると手で頬の傷に触れる。
「あら、ほとんどの人はこの攻撃で一発で死んじゃうのに……」
百合亜が残念そうに言った。
「これでも私、昔は剣道部だったんで。避けることだけは人一倍うまいんで」
舞は少し笑みを浮かべながら言った。
「あら、あなたも剣道部だったの……そうねえ、じゃあ本気出していこうかしら……?」
百合亜は不敵な笑みを浮かべて、舞にそう告げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「本当にもう、どこ行ったのよ~!! スマホに電話かけても出ないし……!!」
一方その頃、そう怒りながら秋奈はスマートフォンをセーラー服のポケットに戻す。
吸血鬼だと発覚した隔野と、血鬼祓である舞が戦い始めた頃、彼女と共に大村由美の事件に関して調査していた秋奈は、トイレに行くといって消えた舞を探していた。
「トイレ見に行っても入ってなかったし、マジでどこ行っちゃったの朝霧さん!!」
大きな声で秋奈が言うと、その声がほとんど誰もいない学校で響く。そして、大きくため息を吐いて近くにあった石ころを蹴った。コロコロと転がった石は近くの建物の壁に当たって動きを止めた。
「まさか、吸血鬼に襲われてるんじゃ……」
秋奈の予感は、多少ニュアンスは違えど当たっていた。彼女の言うとおり、舞と百合亜は体育館の二階で刃を交えていた。が、そんなことを秋奈は知る由もない。本来ならば、百合亜が吸血鬼だと分かった時に舞はスマートフォンで秋奈に連絡するつもりだった。しかし、百合亜の妨害によりそれは叶わず秋奈は完全に待ちぼうけ状態になってしまっている。
「そういえば朝霧さん、剣道部のあの先輩と何か話してたな……なんだったんだろう」
彼女は一人指を顎に当てて首を傾げる。
あの時二人の会話を聞こうと部室の扉に耳を当てていたのだが、秋奈の耳にはひたすら部員たちの掛け声と竹刀同士が当たる音しか入ってこなかったので、何を話していたのか分からなかった。その上、舞は何があったのか適当にはぐらかしていた。
「……まさか、あの剣道部の先輩……怪しい」
秋奈は珍しく額に冷や汗を流す。
その時スマートフォンが通知音を流してブルブルと震えた。秋奈は素早くそれを手に取り、通話に出た。
「はい! もしもし!!」
『お、なんだ元気だな星詠。俺だ、俺、雨昊だ』
舞からの電話だと思った秋奈の耳に入ったのは、よく聞いたことのある男性の若い声だった。その声を聴くと同時に、秋奈は大きく落胆し、ため息を吐く。
「な~んだ、隊長ですか……なんですか、こんなタイミングで……」
『おいおい、なんだよそのテンション!? わざわざお前の隊長さんが電話してきてやったって言うのに』と、電話の向こう側で不貞腐れたように雨昊が言う。
「してくれなくて結構でーす。で、何の用事ですか?」
そんなことに意に介さず、秋奈は尋ねる。
『ったく、お前は第三部隊に居たころから変わらねえな。おう、用事。それを言おうと思って電話したんだよ』
「もったいぶらないで早く行ってくださいよ~たいちょ~」
『うっせえ、すぐ言うから! ええと、さっき……六時半くらいか、鬼狩町にある頼友橋の下で身体が真っ二つに斬られた死体が見つかった』
「うえ、真っ二つ……私まだ晩御飯食べてないんですけど……」
『言葉だけなのになんで気分悪くなるんだよ。続けるぞ。その死体の傷口からCe粒子が確認された』
「じゃあそれ吸血鬼の仕業ってことですか? でもおかしくないですか? なんで血を吸ってないんです?」
『時々いるんだよ、快楽目的で人を惨殺する吸血鬼が。死体に残っていたCe粒子を調べたところ、似たようなCe粒子が残っていた惨殺事件が過去に何件か起こっててな、そいつの名前が分かった』
「変な趣味持ってる吸血鬼もいるもんですね~。名前ですか?」
『ああ、そいつの名前は剣沢宗司。昔、御影率いるチームを皆殺しにしたと思われる吸血鬼。そいつは人間だけではなく何人もの血鬼祓を殺してるからかなり高いランクが付けられてる。だからもしそいつを見つけても無理に戦おうとせずにすぐに月鬼隊げっきたいの方に連絡を寄越せ、いいな?』
「いくらなんでも過保護すぎません? 一応あたしだって副隊長だし~」
『いいから言うことを聞け、いいな? これは隊長命令だぞ! あ、それとこの件、朝霧にも伝えておいてくれ。御影が言うには、その子が電話に出ないらしい
』
「分かりましたよ……はいはい、伝えておきま~す」
『じゃあ、俺はそろそろ仕事あるから、捜査頑張れよ、じゃあな』
「は~い、お気遣いどうもです、それじゃあ」
そう言って秋奈は通話を切る。
数秒後、彼女ははっとしてあることに気付いた。
「いや、相手の姿教えてくれなきゃ知らせるもなにも出来ないんですけど……はあ、後で資料送ってもらうように言わないと……」
秋奈は呆れた口調でひとり呟く。
そしてふいに顔を上げ、遠くに見える体育館を見た。その時だった。きらりと青い光が、体育館の二階に備え付けられた窓から何度も見えたのだ。
「あの青い光……吸血鬼のCe粒子じゃ……!」
秋奈はそれを見ると、すぐに体育館の方へ駈け出した。あの光が見えた、ということは少なからず吸血鬼が何かしらのアクションを起こしている、ということだろう。さっきから姿を見せない舞、そしてその光……考えられる可能性は一つ。
「朝霧さんが吸血鬼と戦ってる……!!」
それを確信した秋奈の足は地面を力強く蹴って走っていく――。
秋奈が隊長の雨昊と電話をしていたその頃、舞は吸血鬼としての正体を現した百合亜と戦っていた。体育館の床で、三つの場所がチカチカっと光ると、そこから鋭い青色の刃が舞目がけて飛び出す。舞は二本の刃を避け、一本の刃を刀で受け流した。
「あら本当、避けるのだけは上手いのね。でも、いいのかしら? そんなに離れていては、私には攻撃が届かないわよ?」
にやにやと笑みを浮かべながら百合亜が言った。
彼女と舞との間の距離は、かなり離れていた。にも関わらず、百合亜の攻撃は離れた舞に届いていた。
「うるさいわね、離れたところからしか攻撃できない臆病者!」
舞は百合亜を睨んで煽るように大声で悪態をついた。
「ふふ、そんな安っぽい挑発には乗らないわよ?」
余裕の表情で言う百合亜は、手のひらを舞に向けて掲げる。すると、舞の目の前の床で、二つの青い光が点滅し、瞬時に刃が飛び出す。この間わずか百分の一秒。しかし、そんな攻撃をも舞の反射神経は避けるのだ。
何度かこの攻撃を受け、ある程度のことが分かった。刃が飛び出る前触れとして、その箇所が青く輝き、瞬時で刃が飛び出る。そして、同時にその刃を出せるのは三本が限界だろう。そして、新たな刃を作り出すのに三十秒の時間がかかる。このまま反射神経を使い、避けて彼女の元までいけば――。
その時、彼女の思考が語りかける。
先ほど飛び出てきた刃は二本、輝いた場所も二か所。なら、『三本目』はどこに行った――?
舞は瞬時に気付く。が、間に合わない。
「――後ろ、よ」と、遠くからでも百合亜がそう言っているのが分かった。
舞の背後から伸びた刃を、彼女は避けることができず、そのまま刃が彼女の背中から突き刺さり、腹から血に濡れて突き出した。
「く、そ……!」
痛みが舞を襲う。刃は空中に霧散し、舞はその場によろよろになって立った。
「あんたといい『黒仮面』といい、どうして私が戦う相手はいっつもいっつも後ろからやってくるのかなあ!!」
痛みに耐えながら、舞が大声で言う。彼女の背中と腹の傷口から赤く輝く粒子があふれ出し、傷を再生していっていた。吸血鬼と比べ再生能力の低い血鬼祓だが、この程度の傷ならば再生は可能だ。もし半分に切り裂かれていたら再生できず死亡していただろう。
「じゃあせっかくだから私も、あなたに一発くれてやろうかしら」
百合亜の刀の装填まで残り二十秒。
舞は少し笑みを浮かべ、刀を構えた。
「私に? そんなに遠く離れてるのに、できるのかしら?」百合亜がまた余裕の表情で、あざ笑うかのように舞に言った。
「誰が、わざわざ近づいて攻撃するなんて言ったの?」
百合亜の刀の装填まで残り十秒。
舞は冷たい視線で、吐き捨てるように言った。舞は左手で首を抑え、首を回してゴキッと音を鳴らす。そして、構えた刀を大きく振りかぶる。刃に、赤い電流のようなものがバチバチと音を立てて流れ始めた。
「赤き閃光、敵を斬り裂け『雷光刹火』」
その言葉と同時に、舞は刀を力いっぱいに振り切った。赤い電流は斬撃を形成し、床にバチバチと電流を走らせながら、高速で百合亜に向かって進む。その速さに恐れをなした百合亜は、舞に向けて装填した刃を抑え、自分の目の前で刃を呼び出す。その刃で、舞の放った斬撃を防ぐ。が、赤い電流はその場に残り、音をたてて百合亜に流れる。
「い、痛いっ……!」
百合亜が怯むと、舞はその隙を見計らって彼女の元へ駈け出した。
舞は、先ほどの自分の攻撃を再び放つための時間があることを自覚していた。そのことを百合亜に悟られないようにしなければなかった。
舞の放った技――それは、舞の発現させた血能の一つの応用技である。
『雷光刹火』はその名の通り、Ce粒子を電流のように刀に走らせ、攻撃の際、斬撃と共にその高圧電流を放つ技である。自然の中に含まれる静電気と呼応し、速度を上げることで高速の攻撃を可能にしていた。しかし、弱点が一つのみ存在し、二度目の電流を纏わせた斬撃を放つのには時間が掛かるということだ。百合亜の遠隔で放たれる攻撃を避けるためには、この早い速度で放たれる斬撃を使うしかない。
(この隙に、一発……!)
百合亜はすでに、舞の斬撃を防ぐために三本の刃を作り出した。そして、再びそれが作り出されるまで三十秒ある。その間に、致命傷を喰らわせれば、勝てる――。
「うおおおおおおおおお!!!!」
持ち前の体力で百合亜の目の前にまで駈けてきた舞は大きく刀を振り上げた。
いくら再生能力の高い吸血鬼でさえ、頭部と胴体を切り離してしまえば完全に死に至る――。舞はその時、勝利を確信していた。この学校に潜んでいた悪しき吸血鬼を倒せることができる――。それまで、あと少し――。
斬りかかる舞を見て百合亜が不気味に微笑んだ。
その時、舞の背後で、三つの青い光がチカチカッと輝いたのだ。
舞は百合亜のその微笑みを見て、冷や汗を流す。
「あなたは私が出せる刃の数は三つだと思ってたみたいだけど、違うわ?」
「『三本』じゃなくて、『六本』よ――」
背後から伸びた刃が、舞を一気に貫いた。
隔野百合亜の血能――。自分より離れた場所に、Ce粒子で作られた刃を突き出させる技である。
その名も『遠隔操作』。
刃が作り出される場所が青く輝き、すぐに相手に察知されるが、刃が突き出るスピードは超高速の為、多くの者たちがそれを避けることができない。そして、同時に作り出される刃の数は、舞の予測した三本ではなく、六本である――。
「な……に……」
「わざと三本に抑えていたのよ。あなたを騙す為に、ね?」
舞の表情が、徐々に青ざめていく。彼女を貫いた刃が霧散し、その場に舞が膝をついた。傷口からは血液があふれ出し、彼女の制服を赤く染める。百合亜は彼女の傷口に手を当て、その血を掬い取った。そして、その血を百合亜はねっとりと舐め取った。
「ああ、おいしい……これが、これが【血鬼祓】の血の味なのね……!! 素晴らしいわ、癖になっちゃいそうよ……!!」
「ふ、ふざけるな……」
血の味を堪能する百合亜を見て、舞がよろめきながら立ち上がった。傷口からは血と共に赤く輝く粒子が溢れるが、その量は少なく再生も遅れているようだった。
「仕方ないじゃない。だって美味しいんだもの。それに……私に簡単に騙された、あなたが悪いんじゃないの?」
百合亜は舞から少し離れ、手で口を押えながらくすくすと笑う。
――またか、と舞は思った。
吸血鬼に一度やならず二度までも騙されたことは、舞にとってかなりの屈辱だった。その怒りは、もはや吸血鬼にだけではなく、自分へ向けられていた。
「ああ、本当、私って……バカで、アホで、間抜けで……ったく、御影さんに言われたことぜーんぶ当たってるわ……ムカつく。本当イラつく。私も、お前も、何もかも……!」
舞は一人、依然よろめきながら呟く。その声が聞こえたのか、百合亜がまた笑った。
「あら、おひとりで反省会かしら? そういうのは、あの世に行ってからにしてくださる?」
「もう、本当うるさい……黙っててよ」
舞が百合亜に向かって言う。
その時だろうか、舞に異変が起きる。突然、彼女の中に湧き出した力は、瞬く間に全身に広がった。その感覚に、舞は飲み込まれてしまう――。
「いいから、早く――」
「死ねよ」
その声にこもる感情は、真っ黒に濁った『憎しみ』だけだった――。