04:【The first united】-①
【動き出す闇】
日はすでに落ち、月が地上を柔らかく照らす。
学校の体育館裏、そこの生徒であろう二人の少女が居た。
「せ、先輩……」
「どうかしたの? 大村さん」
「や、やっぱり私……」
ショートヘアーの少女――大村よ呼ばれたその少女は、ウェーブがかかったロングヘアーの少女に握られた手を放そうとする。
「大丈夫、怖がらなくていいのよ?」
「で、でも、女の子同士なんて……」
「気にすることはないわ。誰にも気付かれないうちに……」
そういって彼女が微笑む。
「あなたは死ぬから」
「え……?」
突然言い放たれた言葉に、大村は唖然とした。その時、ロングヘアーの少女の目が、青く煌めいた。そして、大きく口を開けた彼女の歯にある鋭い歯もまた、月光に照らされて一瞬輝いた。
「い、いや、誰か――」
大村が助けを乞おうと叫ぶ前に、彼女は手で口を塞ぐ。
「痛いのは一瞬だから、ね?」
ロングヘアーの少女は大村の艶めかしい首元に深く噛み付いた。「んんっ!!??」と呻きき声をあげ、悶える。だが、彼女の中に流れる血液は次々にロングヘアーの少女……【吸血鬼】によって吸い取られていく。
人間は三分の一の血を失うと、死に至る。たった数十秒でその致死量に達したのか、逃げようともがいていた少女はすでにぐったりとしていた。
【吸血鬼】の少女は首元から口を放すと、舌なめずりをし、少女の死体をその場に倒した。
「ご馳走様。あなたの血、とってもおいしかったわ?」
そう歪な笑顔を見せる【吸血鬼】は、静かにその場から歩いて離れて行った。
その場に残された死体は、秋風に曝されても、動くことはなかった――。
◇ ◇ ◇ ◇
東京都・祓間市・鬼狩町――人口約一万人が住む祓間市最大の長閑な町である。『鬼狩』の由来は平安の時代、一人の青年が貴族の娘を攫っていった鬼を果敢に追い祓った、といわれる伝承から来ている。それに呼応してか、【吸血鬼】を狩る【血鬼祓】達の基地も、鬼狩町が所属する祓間市に存在している――。
町内にある私立轟哭高校は、有名な進学校であり、区外からも多くの生徒が登校してきていた。
その高校に、舞は通っていた。
所属するクラスは二年三組。生徒の数は三十人で、特に大きな抗争もなく、平穏なクラスであった。
朝八時、舞は【月鬼隊】の基地で荷物をまとめ終えると、学校の用意だけを持って登校した。
三階にある教室に入ると、彼女は自分の机がある窓際の一番後ろへ行った。何人かのクラスメイトとすれ違い、「おはよう」とあいさつを交わすと彼女は自分の席に座る。
(あれ? こんなところに席あったっけ?)
舞の座る席の隣に見慣れない机が置いてあった。一番端の列は他の列と異なり一人多いため、舞の隣に机が置かれることはなかったのだ。
「おっはよ、舞」
前の席に座っていた、黒い長髪を赤いゴムでポニーテールにした少女がそのポニーテールを揺らして舞の方へ振り向き、笑顔で言った。
「おはよ、葉月」
舞もまた笑顔であいさつを返した。
彼女の名前は明海葉月。舞の一番の親友だ。彼女たちの付き合いは幼稚園のころからであり、もはや親友という言葉で表すのも適切ではない可能性があるくらいだ。
小学校から高校まで、すべて同じ学校で同じクラスという運命じみたその出来事が、余計彼女たちの仲を強くさせていた。ただし、部活のみは異なり、舞が中学の時剣道に入ったのに対し、舞は書道部に入って、今も尚続けている。
「なんだかまた朝から疲れた顔してるけど、夜中になにかやってた?」
「え、いや……」
図星だった舞は思わず視線を葉月から逸らした。その仕草に直ぐに気付いた葉月は舞の頬をぎゅうっと握った。
「ひ、ひたい(い、いたい)!!」
「いつも言ってるでしょ、夜更かししちゃだめだって。せっかくのきれいな肌が傷ついたらどうするの!」
「ご、ごへんなはい……(ご、ごめんなさい)」
ばたばたと手を振って「ギブ」とゼスチャーすると、葉月はそっと手を頬から離す。「で、一体何してたの?」と呆れた表情で舞に尋ねる。
「いやあ……ちょっと……」
昨日の晩、舞は地下の訓練施設でひたすら、発現した【血能】を制御するための練習を行っていた。学校から帰り、午後五時から夜中の三時まで練習し、漸く実用レベルにまで【血能】を操るようになれた。そこから三時間しか寝ておらず、その上【Ce粒子】を酷使したため、二年前の時のように気絶とまでいかなくともかなりの疲れが舞に残っていた。
そんな状態で起きろというのだから、御影……というよりも支部長も無茶な要求をするものである。
当然、舞自身が【血鬼祓】であることは、親友であろうと伝えてはいない。月鬼隊に入隊するときの契約の一つとして『誰一人として、吸血鬼と血鬼祓及びそれに関する存在は決して他言してはならない』という文言が存在しているからである。もちろん、舞の父親を殺したのが吸血鬼であることも知らされてはいない。月鬼隊により、残虐な殺人犯が行ったとして発表された。
「ちょっと……何?」
ずいっと顔を舞の顔の近くにまで寄せる。舞はじりじりと後ろへ逃げようとするが、葉月はガシっと腕をつかんで、それを阻止した。
「まーいー?」
「げ、ゲームしてて……」
「ゲーム!?」
葉月は驚愕し、涙を抑えるふりをして、両手で目を塞いだ。そしてわざとらしく顔を机に伏せた。
「よよよ……私は舞をこんな……夜中までずっとゲームやってるような子に育てはありません!!」
「育てられた覚えはないけど!?」
泣き真似する葉月を見て舞は少し笑った。
父親を失った二年前から、葉月が唯一の日常と自分をつなぐ存在だった。時々対応が面倒くさい事もあるが、それでも葉月がいることは、舞にとってはとても安心できた。
「で、何のゲームしてたの?」
泣き真似をすぱっとやめ、伏せていた顔をあげて葉月は尋ねる。
「……ネトゲ?」
「それゲームの中で一位二位を争う位ハマったらやばいやつじゃん!!」
「だ、大丈夫だって、そこまでのめり込んでないから……」
「徹夜でゲームしてたって言ったのはどこの誰よ?」
「う……」
舞は思わず口篭もった。
普段からあまりゲームなどやらないため、ゲームの中にもジャンルがあるなんてあまり知らなかった。ネトゲ、と答えたのは朝偶然電車で男子学生たちが「昨日いろいろネトゲのサイト見てた~」という会話を耳にしたからである。
「……まあ、舞は嘘つくような子じゃないって分かってるから信じるけど……。もし本当にハマりこんでたら許さないからね?」
「う、うん。大丈夫だから」
『嘘をつくような子じゃない』という言葉が舞の心に突き刺さる。
現在進行形で、とてつもなく大きな嘘をついているのだ。しかし、それを言ってしまえば――。
「あ、そうそう、今度の文化祭で書道部の展示会みたいなのやるんだ、よかったら舞も見に来てくれない?」
彼女はオレンジ色の鞄から一枚のプリントを舞に手渡した。
「『第八十九回 轟哭高校書道部展示会――SHODO 2019――』……」
「いいでしょ、それ。ちなみにサブタイトルは私が書いたの」
筆で書かれたタイトルと展示会の概要を舞は見た。学生にしてはかなりきれいに書かれており、これならきっと文化祭の参加者も足を運ぶだろう。
「いいんじゃない、これ。格好いいよ」
「でしょー? 絶対、絶対見に来てよね!」
「これ、貰ってもいいの?」
「うん、いいよ。たくさんコピーしてあるから」
葉月は鞄の中を指差した。舞が覗き込むとその中には分厚くなったクリアファイルがあった。
(部活動で文化祭、か……ちょっと羨ましいかも)
二年前血鬼祓の訓練を始めた時から舞は中学の剣道部を辞め、高校でも剣道部があったが入らなかった。その時間をすべて訓練に当てていたからであり、高校に入学した時も、同じ理由で部活には入らなかった。血鬼祓として強くなるためには、時間が必要だったのだ。
晴れて今日から正規の隊員になれ、訓練の時間も無くなったが部活には入る気にはならなかった。今から入ったところでほかの部員に追いつけるとは思わないからであり、さらに正規隊員になったということは、新たに吸血鬼を討伐することになるからだ。
もはや、舞には学校へ行くこと以外に自由な時間は無いに等しかった。
「これ、記念にとっとこ」
「それはちょっと大げさすぎない!?」
「いいじゃん、別に。それに――」
学校中にチャイムの音が鳴り響いた。立ってしゃべっていたクラスメイト達が一斉に席に着く。前方のドアを開け、担任の教師が入り、黒板の前にある教卓に手を付いて立ち止った。
舞と葉月も一旦会話を終え、夕映が正面を向く。
「起立、礼」
廊下側の一番前に座る学級委員長が号令をかける。同時に、クラスメイトが一斉に立ち上がった。
「おはようございます」と、クラスメイト達が言った。担任はそれを聞くと、「おはようさん」と返し、委員長が「着席」と言えばクラスメイト達は一斉に座った。
担任教師は顔を上げる。
「はい、まずお知らせ。今日からこの二年三組に新しい仲間が増えます。転校生です」
彼がそういうと、クラスメイト達はコソコソとしゃべり始めた。舞と葉月も例外ではなかった。
「転校生だって、どんな子かな?」
「さあ……? 変な子じゃなきゃいいけど。たぶん私の横の席に来るんだし」
そういって舞は横の席を見た。なぜこんなところに席があるのが不思議だったが今ようやく理解できた。この席は転校生用だったのだ。
「じゃあ、入ってきて」
担任教師は教室の外にいる転校生に声をかけると、「はい」と返事をして、颯爽と教室の中へ入ってきた。その転校生は長い金髪を靡かせ、セーラー服のスカートを揺らし、黒板の前に立つとチョークを使って名前を書き込んだ。担任教師を除く全員がブレザー制服を着ている中で、彼女の黒いセーラー服はとても目立った。
舞は、その名前を見る前に、その転校生が誰なのか気づいた。おもわず「あっ」と声を上げてしまう。
「え、舞の知り合い?」
「いや……ええと……」
名前を書き終えた転校生は、くるりと前を向いて笑顔を見せると、黒板に書かれた名前を指差してこう言った。
「火星の『星』に、歌を詠むの『詠』、秋風の『秋』と、奈良の『奈』で、星詠秋奈って言います、これからよろしくお願いします!!」
その転校生は、舞と同じく鬼狩町に配属された血鬼祓の星詠秋奈だった。
「おい金髪だぞすげえ」
「外国人? ハーフだとか?」
「ちいさい、お人形みたい!」
「高校生にしては小さいよね」
クラスメイトが秋奈に対して口々に感想を周りのクラスメイトと交換する中、舞は一人驚愕していた。初めて見たときからずっと彼女を中学生と思っていたため、まさか彼女がこの高校に、それも同じクラスに来るとは思っていなかったからだ。
「ちゃんとなかよくるんだぞ、お前ら。じゃあ星詠は一番後ろにあるあの空いてる席に座ってくれ」
「わかりました」
ぺこりと秋奈がお辞儀し、列と列の間を抜け、舞の隣の席に座った。そして横を見て舞に微笑み手を振る。
「よろしくね、朝霧さん!」
舞は少し遅れて、「う、うん、よろしく」と応えた。
通常通り午前中の授業が終わり、昼休みになる。すると、秋奈が舞に話しかける。
「ねえ、朝霧さん。一緒にお昼食べない?」
舞は困惑した顔で「えっ、でも――」と、何か言おうとするも半強制的に秋奈に腕を引っ張られ、そのまま屋上にまで連れてこられてしまった。(一応弁当箱は持ってこれた。ギリギリ。)
「というか、星詠さん、鬼狩町に配属なのは聞いてたけどまさか同じ高校だったなんて……。正直に言うと中学生なのかと……」
困った顔をしながら、舞は弁当箱を開けて中のおかずを箸で掴んで口に入れる。
それを聞いた秋奈は当然、怒った。
「ひどい! そんな間違いする!? 普通!」
「ひどいって言われても、私より身長低いし、顔も童顔だし、胸も……私より小さいし、それにセーラー服だから余計に……」
「ひ、人のコンプレックスを次々と叩き込んでくるなって……なんて女っ! 仕方ないでしょ! ちゃんとこれでもれっきとした高校生よ!」
秋奈は顔を真っ赤にして言う。
舞は「はいはい、ごめんなさい」と言えば、ビニール袋から弁当を取り出し、ひょいとたくあんを口に入れた。
「で、なんで私と一緒に食べようって? 何か話でもあるの?」
たくあんを飲み込むと、舞は秋奈に尋ねる。
「ふう……。そう、その話がしたかったの。実はさっき、【月鬼隊】の調査員の人たちから連絡があって、この学園の校舎裏で【吸血鬼】に襲われたと思われる死体が見つかったの」
「はい?」
その情報に舞は固まった。箸で摘まんでいたから揚げが、重力に従ってぽろりと地面に落下する。
「襲われたって……ここの生徒が!?」
「うん、だと思うよ。被害者は大村由美さん、一年三組の生徒だね。の。一時期、この町の【吸血鬼】は活動が見られなくなってて、事件も減っていたの。でもここ一か月よく吸血鬼に襲われた死体が発見されるようになった。事件は計八回、被害者の年齢は平均して十八歳、襲われた場所はこの学校の半径一キロメートル以内、そして性別はみんな女性――そして、一番最新の事件が、この学校の中で起こった」
「ということは……もしかして……」
「そのもしかして。一連の事件は同一犯で、その吸血鬼の正体はここの生徒か、教師の可能性が高い」
「学校の中に……吸血鬼が……!?」
この学校の生徒及び教師五百人の中に吸血鬼がいる。その事実は、舞にとってとても恐ろしいものだった。
「奴らの姿は完全に人間、それに人間の食べ物を食べても栄養を吸収されないことを除けば害はない。人間社会に溶け込むことは容易いもん」
「確かに、そうだけど……」
吸血鬼の身体構造は、人間と酷似している。脳から骨格、消化器官においてまで、すべてがだ。しかし、吸血鬼の消化器官は【Ce粒子】の影響からか、機能していない。そのため、人間の食べ物を食べたとしても、吸収されることはなくそのまま排出されるようになっている。
「私たちの最初のミッションはこれ、学園に潜む吸血鬼を討伐せよ! だね!」
「学校に潜む吸血鬼、か……」
舞は一人静かに呟く。吸血鬼はいつどこに潜んでいてもおかしくはない。如何に上手く人の世界に紛れて、血を喰らうか……。もしかしたら、自分の隣の席の誰かが吸血鬼であっても不思議ではないのだ。
「じゃあ、今日の放課後から捜査を始めましょう、早く探し出さないとまた新しい犠牲者が出るかもしれないし」
「おお、なかなか朝霧さんやる気だねえ」
「当然でしょ、私の通う学校にあいつらがいるなんて許せない。絶対見つけ出して倒してやる……!」
舞の箸を握る強さが大きくなった。
「よし、私たちの最初の仕事、成し遂げよう!」
秋奈が笑顔で言うと、舞は一瞬彼女を見ると、しっかりと頷いた。
その時、ぎゅるるるる……と、屋上に腹の鳴る音が響き渡った。舞はもぐもぐと口を動かしながら、秋奈を見る。
「ちょ、ちょっと、なんであたしを見るのよ!? 他の人だっ――」
秋奈は屋上を見まわす。しかし、秋奈と舞以外この屋上には誰もいなかった。
「……」
舞は口に含んでいたものを飲み込むと、じっとジトっとした視線で夕映を見つめた。
「……昼ごはんに誘ってきた癖に、食べ物持ってきてなかったの?」
「いやあ……その、初めての転校ってことでテンション上がっちゃって……なんというか、お弁当買うの忘れたというか……? しかもお金ないし……」
秋奈はもぞもぞと身体を動かして、ぼそぼそと言った。
「……食べる?」
舞は弁当に残ってた最後のたくあんを摘まみ、秋奈に差し出した。
「いや、いい……晩御飯まで我慢する……あ、私料理できなかった……」
さらに悲壮な顔で秋奈はその場に両膝を着く。
「……晩御飯は私が作るよ、どうせ一緒の家に住むんだし」
「本当!? やった、マジで? あたしハッピー!!」
秋奈は一転、笑顔になって歓喜の声を上げ、舞に抱き着いた。その拍子に、箸に摘ままれていたたくあんが零れ落ち、地面に落下した。
(この子……なかなか人を騙すのに手馴れてるというか、なんというか……)
舞は心でそう思って、抱き着く秋奈の身体の柔らかさを感じながら、昼休みを過ごした。
屋上に吹く風が、地面に落ちていたから揚げをころころと転がした――。
「ねえ、舞~。今日私部活休みだからさ、最近駅前にできたパンケーキ屋さん行かない?」
放課後、本日の教室清掃担当のクラスメイト達が各々掃除用具を持つ中、何人かの生徒は部活へ向かう用意をしたり、他愛もない会話を交わしていた。舞と葉月は後者だった。
「葉月さっきの休み時間にコンビニのメロンパン食べてたでしょ、昼ごはんも食べてそれも食べて次はパンケーキって、太るよ?」
舞は淡々とそう言って鞄に教材を詰め込むと、葉月のブレザーに覆われた下腹部を指でぎゅっと摘まんだ。「痛い!」と言って葉月は舞の手を軽く振り払った。
「わ、私は太らない体質だからいいんですー! で、行くの? 行かないの?」
顔を赤らめて葉月は再び舞に尋ねる。
「ごめん、今日はパス。ちょっと用事があるからさ」
「もしかしてあの星詠さんって子と……」
「う……」
葉月の鋭い視線が、舞へ向けられる。女の自分からしても、女の嫉妬というものは怖いな、と舞は思った。これが本当に嫉妬何かは分からないが。
「まあ、せっかく舞にも私以外にお友達ができたんだし、これで私がもしいなくなっても安心ね!」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ!」
「あははは、冗談だってば冗談! じゃあまた今度、パンケーキ屋さん行こう!」
「冗談にしてはキツイから……うん、じゃあまたね」
「ばいばーい」
葉月は笑顔で舞に手を振り、教室から出て行った。
「……さて」
舞は鞄を持って、葉月が出て行ってから少し後に、教室から出て行った。
午後四時――。学校内には部活動に勤しむ生徒たちの掛け声や、吹奏楽部の演奏練習の音が響き、図書室では自主勉強を行う者たちのペンを走らせる音が鳴る。
舞よりも先に吸血鬼による事件が起きた現場に到着していた秋奈は、秋風に曝されながら舞の到着を待っていた。
「まだ来ないの、朝霧さ~ん? 秋奈はそろそろ待つのに疲れたよ~!」
一人呟きながら、その場で小刻みに揺れる。その時、秋奈の腹が重い音を鳴らした。
「うう、おなかすいた……食べ物、基地の部屋に忘れるなんて、あたしはなんておバカな――」
秋奈は視線を感じ、ばっと振り返る。しかし、そこは壁によって行き止まりになっており、誰もいない。というよりも、自分に向けられた視線が本当にそこから向けられていたのか定かではなかった。まるで、いたるところから向けられているような――そんな気がした。
「……もしかして、どっかにいるのかな? 吸血鬼さーん?」
秋奈は額に汗を流して、周りを何度も見まわす。当然、彼女の視界には壁、体育館の壁、地面、夕暮れの空、通路しか入らなかった。
「ごめん、遅れちゃって」
ぱたぱたと走って、体育館の正面を曲がって、細い通路を通り舞が秋奈の元へやってきた。
「もう遅いよ、ずっと立ってて足が痛くなったじゃん!」
「ごめん。で、何か分かった?」
舞は軽く手を合わせて謝礼のゼスチャーをした。
「別に、たぶん何も変わらないかな。まあ、ここだと中々人に見つかりにくいってことは分かったよ。何人か通り過ぎてったけど全然私に気付かなかったし、意識しないとこんなところ見ないだろうね」
「つまり、吸血鬼が人を襲うのにはもってこい、ってわけね」
「そうだね。後、さっき【月鬼隊】の研究・医療班から連絡あったけど、襲われた女の子の死亡推定時刻は昨日の午後七時五十五分頃だったって」
「七時五十五分……生徒の完全下校時刻の五分前か。校門から体育館まで少なくとも四分かかるから、残り一分で生徒の一人を見つけてここまで誘い込んで血を吸うのは……できるかな?」
「ちょっと難しいかもね。校門には警備員が立ってるし、もし学校の関係者以外が入ろうものなら止められると思うよ。警備員を殺して入り込む……って手もあるけど、警備員が殺されたって情報はないし。学校を見て回ったけど、不審者が侵入しないよう柵が張ってて監視カメラとセンサーもあるから、別のところから侵入するってことも出来なさそう。っていうかどんだけ警備厳重なのここ!?」
「昔強盗が入ってかなり大事の事件になったらしいから……やっぱり今回の吸血鬼は……」
「学校内の誰か、だね」
「やっぱりそうなるか……」
「そうなっちゃうよ。吸血鬼はどこにでも潜んでる……。あたしはそれを身をもって知ってるから」
一瞬、秋奈の表情が淀んだ。
「じゃあ、さっそく調査していこうか。早く見つけないとまた犠牲者が出ちゃうしね」
「こういう時ってどこから調べていけばいいの? やっぱクラスメイトとか?」
「そう行きたいところだけど、さすがに同級生はほとんど帰って行ってるだろうから……部活、かな」
「部活……その子――大村さんの入ってた部活って?」
「ええと、待ってね」
秋奈はスマートフォンをセーラー服のポケットから取り出すと、ロック解除し、月鬼隊から送られてきていた吸血鬼の被害者・大村由美の情報を読みあげる。
「『大村由美・二〇〇九年五月一日生まれ・十六歳・身長百五十五センチ・体重五十五キロ・私立轟哭高校一年三組・所属部活は――』」
「『女子剣道部』」