21:【The Mutation [Ⅻth Memory]】-②
【叛逆者、その追憶-Ⅻ番目】
アメル=グレス=アヴァレンス、『真祖十三血鬼』のⅩ番目、与えられた二つ名は『変応』。彼女が産まれたのは、遠い昔。まだ世界が戦乱に包まれてた1939年のシュヴァルツヴァルト第三帝国――現在のドイツ――であった。
彼女には両親は存在していなかった。いや、正確には存在していたが、彼女が物心ついた時には既にこの世を去っていた。
戦乱に包まれる欧州地方。その中でも、血鬼祓達は人の世を守るために、吸血鬼を狩る。人同士の争いで、世界が滅びる可能性もある中、人の世を、未来を守るために。
彼女の両親が討伐されたのは、アメルがまだ2歳の時。
帝国領の離れた山奥で、彼らは慎ましく過ごしていた。だが、居場所を突き止められ、ある日突然血鬼祓が彼らを襲った。
両親は、真祖でも何でもない、ただの吸血鬼だった。なんなら、血能すら持ってはいなかった。彼らは、人の世に出来得る限り順応し、静かに生きていくつもりだったからだ。だからなるべく、血は死体から採取したり、病院から廃棄された血を飲んで暮らしていたのだ。けれども、血鬼祓は彼らを見つけ、その静かな生活を破壊していった。
何故両親の事がバレたのかは、未だに分からない。知る事すらできない。知ろうとも思わない。両親が死んだ事実は覆る事は無い。故に――彼女は真実を知らないまま今に至る。
血鬼祓は、容易く両親二人の首を撥ねた。命乞いをしていたのをうっすらと覚えている。だが無慈悲にも――二人の血鬼祓はその剣で首を撥ねたのだった。残されるのは、まだ2歳のアメルのみ。
「……俺には君を……殺せない」
血鬼祓の片割れがそう言ったのを覚えている。
彼にはアメルと同じ2歳の女の子の子供が居た。娘の姿をアメルを重ねてしまった彼は、気付かれないようにアメルを山奥に放置していったのだ。せめて、自分が手に掛けるのは避けたい。そう思った彼は一番罪悪感を何とか逃れられる手段を選んだのだった。
かくして、アメルは2歳にしてひとりぼっちになってしまった。
彼女は孤独を不思議と寂しいと思わなかった。
と言うよりも、持つべき感情を殆ど持ち合わせていなかった。
両親によって様々な体験をする前に、彼女は一人になってしまったから――。
第二次魔術大戦、そのおかげで、吸血鬼は血の摂取に困らなかった。毎日大量に増える魔術師達の死体は、吸血鬼にとってタダ同然で手に入る食糧であった。それを摂取していたのは、アメルも例外では無かった。まだ子供で狩る力も無かった彼女は、その死体から何度も血を摂取する事で腹を満たせることが出来た。
しかし、その様な生活も直ぐに終わりを迎えた。
1945年、第二次魔術大戦はシュヴァルツヴァルト第三帝国及び枢軸国の敗戦によって終戦を迎えた。これにより、大量に出ていた死体もめっきり無くなり、アメルは自身が人間を狩らなければ飢えて死ぬと直感した。と、なれば力を付けるしかない。人を狩る力を。血鬼祓を退ける力を。
血能――。選ばれた吸血鬼にのみ使用できる、異能。
それを獲得しなければ、自分の命は危ない。そう悟った彼女は、とある血能を持った吸血鬼に教えを請うた。
彼女には才能があったのか、はたまた別の理由か……彼女は血能を一年経たずに手に入れたのだった。
自身の細胞をCe粒子によって変化を促し、自分の身体を自在に変形させる血能。
それが彼女の力――『臨機謳変』。
その力により、以後50年近く彼女は大量の人間、そして血鬼祓を殺害する事となった。
アメルがドイツを出たのは、1995年の秋ごろだった。
度重なる大量殺人により、ドイツ支部及びフランス・イタリア支部合同の討伐作戦が決行された。さすがの彼女も、多量の人海戦術には優位に立てず、敗走する事となった。
彼女は無我夢中で逃げた。逃げ続けた。
屍を踏みつけ、海を越え――気が付けば彼女は極東の島国――日本へと辿り着いていた。見知らぬ土地で、彼女はとある吸血鬼と出会う。
「君はこの『血の力』に耐え得る素質がある。アメル、君がもし真祖の力を取り込み、君自身が真祖となるのならば……我々は君を迎え入れよう。そう、『真祖十三血鬼』へ――」
『彼』は……アメルに自らの血を与えた。『真祖十三血鬼』結成以来、一桁の数字を与えられている面々は入れ替わりは少なかったが、二桁の数字を与えられたものは早ければ数カ月で死に空席になる事が多かった。故に、多くの吸血鬼が血を与えられ『真祖十三血鬼』となっていた。アメルもまた、その一人であった。
かつてシュヴァルツヴァルト第三帝国で多くの殺戮を繰り返し『彼』に目を付けられていたアメル。遠く離れた異国の地で巡り合った『彼』と彼女は、真祖の血を与える【与血】の儀式を行った。
体を巡る痺れ、痛み、衝撃。
奥から何かが目覚める様な、そんな感覚。研ぎ澄まされていく感覚。
気が付けば彼女は――真祖と化していた。
今までとは違う強さ。彼女はそれを実感していた。強い。自分は強い――。まるで新しい武器を手に入れてそれを試すかのように……そんな昂る気持ちを発散するかのように、彼女は威鬼島の住人を皆殺しにした。それを防ぐためにやってきた血鬼祓をも殺し尽くした。
「――『合格』だ」
それを見ていた『彼』はそう言った。
彼女は……アメルは、『真祖十三血鬼』たる器だと確信したからだ。
おびただしい死体が転がり血の海が広がる中、『彼』はアメルの右手を握る。そして、片方の手で彼女の手の甲に掌を翳すと、黒く刻印された番号が浮かび上がる。
「今日から君はただのアメルではない。『真祖十三血鬼』――そのⅫ番目。『変容』のアメルだ」
浮かび上がる番号。
刻まれた数字はⅫ。
『真祖十三血鬼』、そのⅫ番目の席に座りし新たなる真祖、アメル。
それが、彼女の起源――。
VAMPIRE KILLING 21
The Mutation.2 [The Ⅻth memory]
(この記憶――懐かしい――)
花恋の毒攻撃を受け、一度体の全てを肉塊に変貌させて毒を中和していた際、アメルは走馬灯のようにかつての記憶を思い出していた。懐かしい――。その様な感情を感じたのは、初めてかもしれない。『真祖十三血鬼』に加入して以来、その真祖たちと関わる機会が、他人と関わる機会が増えたがゆえに、薄れていた『感情』というものがわずかではあるが芽生えはじめているのであろう。
「うおりゃああああ!」
明が伸ばした鎖がアメルの変形した腕を再び拘束する。その瞬間を狙って、花恋が刀を振ると、人の腕くらいある大きさの花びらを象った刃が放たれ、アメルの腕を切断する。ダメージを受けてふら付く彼女に、花恋は首を斬ろうと詰め寄った。その際、アメルは自身の顔を変形させた。
「――隊長」
その顔は、先ほど頭部を抉られ死亡した多実の顔そのものだった。花恋はその顔を見て思わず動きを止めてしまった。すると多実の顔をした彼女はにやりと笑って花恋の顔を目掛けて再生した腕を伸ばす。その腕を炎次のパンチによって再び砕いた。そして彼と彼女はアメルから再び距離を取る。
「あぶねえぞ種子島!」
「ごめんなさい、分かっていたはずなのに……あの子の顔を真似しただけの敵だって……それでも思わず体が反応しちゃった。――許さないわ、人の気持ちを弄ぶだなんて……!」
花恋はそう言って刃機を掴む手の力を強くする。
多実は――土山多実は、花恋にとってとてもかわいい後輩であった。また、多実も花恋にとてもなついていた。そんな大切な後輩を、アメルは顔を擬態し弄んだ。それに対する花恋の怒りはもう既に頂点を通り越すほどだった。
当のアメル本人は、擬態していた顔を元通りに戻し、砕かれた腕を再生させていた。
アメル=グレス=アヴァレンス。
『真祖十三血鬼』Ⅻ番目の席に座る吸血鬼。与えられた二つ名は『変応』。
彼女が扱う血能は見た通り、自身の細胞を爆発的に変化させる力である。
『臨機謳変』。
Ce粒子によって自身の細胞を変幻自在に変化させることで、腕を触手の様に変形させたり、また、致命的な毒を喰らっても肉体全てをリセットすることが出来る。更には、自分から殺した人間の細胞から情報を読み取り先ほどの様に姿かたちをも真似できる血能である。
アメルと炎次が最初に会敵した際に飛んできた斬撃はこの力で腕を長く伸ばし刃のように鋭く変形させたもので斬りかかったものである。
「種子島隊長! さっき飛ばした刃の毒、効いてます!?」
明は鎖でアメルの伸ばす腕を弾きながら訊ねる。
「いいえどうやら……」
花恋はアメルを見る。花びらの刃による腕の切断から少し時間が経ったがどうも毒が効いてる様には見えない。花恋自身の血能である『百花霊乱』の毒の威力が高かったせいで先ほどの攻撃に使った毒に対する耐性が出来てしまっているようだった。
「効いてないみたい。これじゃあ、血能の毒も効くかは分からないわ」
彼女は懸念する。血能による毒が効かなければアメルを倒す突破口が見当たらなくなる。
「効かなきゃ効かないでどうにかするしかねえ……なんにせよ、あいつをさっきの再生形態の状態に追い込むしかねえ。あいつの一番の弱点はそこだ」
炎次はそう言って手甲を構えながらアメルの方へ近づく。彼女は腕の触手を5本に分裂させ、更に複雑な攻撃を仕掛けてくる。明の鎖で防ごうにも、かなりの複雑さ故か数本は触手の攻撃を逃してしまう。炎次は手甲で触手の攻撃を防ぐも、その攻撃の重さが故に、衝撃でさっき貫かれた傷がさらに痛む。
「クソッタレがァ……!」
炎次はそれでも耐えて、アメルに目掛けて顔面に拳を打ち込む。ぐしゃりと鈍い音をたてて彼女の顔面が凹む。が、それすらも大したダメージでないのか、直ぐに再生が始まる。そこへ、花恋が刀を構えて突っ込む。
「やれ! 種子島!」
炎次がそう叫ぶ。視界を奪われている状態のアメルの首目掛けて彼女の刃が向かう。刹那、アメルの頭部は花恋の刃によって斬り飛ばされる。くるくるとアメルの頭が空を舞う。あまりのあっけなさに、彼女たちは唖然とする。倒したのか? 本当に? まだ何か残っているんじゃないか――。皮肉にも、その予想は的中する事となった。
空を舞うアメルの頭部から一本の触手伸びると、その触手は地上に残された首に引っ付きやがて何事も無かったかのように、元通りに彼女の頭部は体の上に残される。
「なっ――――」
驚愕する彼らを尻目に、アメルは触手を一気に体を回転させながら振り払う。花恋と炎次は至近距離ながらその攻撃を刀と手甲で受けてなんとか防ぐが明はそれによって弾き飛ばされ、少し離れたビルの中へ壁を突き破っていった。
「おい明! 大丈夫か!」
『ぐあ……は……はい、なんとか……』
小型トランシーバー越しに明がそう答える。打ち所が良かったのか、軽い脳震盪で済んでいた様だった。
「まさか首を斬っても死なないだなんて……どうかしてるわ……」
花恋は焦りの表情を浮かべてそう呟く。
通常、吸血鬼はあらゆる傷を再生する。腹や心臓を貫かれようが、手足を切断されようが……中には、脳を破壊されようが吸血鬼はいともたやすくその傷を再生してしまう。脳に関しては、一部でも正常に残されている部分があればそこへ、また全身に意識を移転させ再生することが出来るらしい。だが、首を切断されてしまえば完全に意識は切り離され、死亡してしまう。
ゆえに、吸血鬼との戦闘では主に首を切断する事によって決着をつける事が多い。
しかし……アメルは違う。彼女は死亡確定と言われる首の切断すらも、自身の血能で乗り越えてしまう。
炎次によって顔面を凹まされた際、彼女は自身の首を切断しようとする気配を悟り、あえて意識の全てを頭部に集中させた。そして首を切り離され、頭部が空を舞った際に血能によって頭部の一部を変形させ、再び体に接続する事で事なきを得たのだ。
これは、他の吸血鬼が可能なことではない。他ならぬ『臨機謳変』を持つアメルだからこそ可能な芸当なのである。
「そろそろ――おしまい――にしよう――」
アメルがそう言うと、今度は腕の触手がさらに細分化され、それを彼女は降り回す。一部の触手がビルに当たると一瞬でその壁が抉られる。花恋は再び花びらの刃を飛ばすが、アメルの触手はそれすらも切り裂いた。
「種子島、一旦そっちに隠れてろ!」
炎次がそう言って種子島の襟首を掴んで近くにあった建物の中へ放り込んだ。「いきなり何するのよ!」と花恋は声を張り上げる。そして、自分が突っ込んだ際に衝撃で転がったであろう瓶を拾った。そこには古ぼけた紙で『リュウサン』と書かれていた。他にも何かしらの危険薬品が置かれていた。恐らく、かつての陸軍が生体兵器を開発するために集めた代物なのだろう。
「うおっとぉ!」
炎次も触手を避けてこの建物の中に突っ込んでくる。同時に触手が建物の入り口を掠っていった。そして薬品を見つめる花恋に彼が話し掛ける。
「おい、種子島。なにぼんやりと見てんだ」と彼は腹の傷を摩る。
「……もしかしたらあの吸血鬼を再生形態へ追い詰める事が出来るかも知れない。……これで」
花恋は自分が持っていた瓶を炎次に向けて見せつける。
「『リュウサン』……硫酸か? でもそんなんで本当にあいつにダメージを与えられるのか? 速攻で急速再生されて終わりだろうよ」
「誰もこれをここまま使うなんて一言も言ってないでしょ」と、花恋はしかめっ面で言った。
「じゃあどうやるんだ?」
「進化させるのよ。私の血能の毒を……今ここでね」
彼女はそう言って自身の刀を取り出すと瓶の蓋を開けてその中に刃を突っ込んだ。
「私の血能の毒は、内部から細胞を破壊する毒。これに対応してしまっているなら、あえて別の毒に進化させる。この硫酸を取り込んで、内部から破壊する毒から外部から破壊する毒に変化させるわ。――一か八か、こればかりは神に祈るしかない……」
突っ込まれていた刃に、次第に硫酸が取り込まれていく。
毒の錬成を行うために彼女は硫酸を刀に取り込んだのだ。その際に痛みが発生するのか、彼女は時折思わず声を上げる。すると、再び建物の入り口に触手がぶち当たって壁が次第に砕けていく。
「おい、大丈夫か?」
飛んでくる破片を炎次は拳で跳ね返しながら彼女に聞く。それを見て、彼女は深く頷いた。
「いけるわよ。一か八かの賭け勝負、勝ってみせようじゃない」
そう言って花恋は刀を携える。それを見た炎次はふっと笑うと気合を入れた表情を見せる。そして再びトランシーバー越しに明に話掛ける。
「おい、明。まだ戦えるか?」
『嫌って言ってもどうせダメなんでしょ……いけます、いけますよ‼』
「よし、次が正念場だ……俺の傷が手遅れにならねえうちに終わらせてしまわねえとな」
彼は腹の傷を摩った。未だに少しづつ血がにじみ出ていた。何とか気丈に振る舞い戦いに挑んでいるが、確実に弱っているのを彼は自覚していた。
「――炎次。そして鎖金君。お願いだから貴方達まで死なないでね」
「はっ、そりゃあお前の新しい毒次第だ、馬鹿野郎」
炎次と花恋は互いにふっと笑うと、建物の外へと出て行った。
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次回は来週月曜日更新予定です。




