表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/22

6 スパイ嫌疑……ですか?(後編)


 翌日から、「取り調べ」というものが始まった。


 とは言っても、強面の刑事ならぬ兵士ががんがんあたしを怒鳴りつけたりするわけでも、まして拷問にかけるでもなく。


「はぁはぁ~、でぇ、あなたは気が付いたらぁ、エルクレア殿下の研究室にいたとぉ~」

「え、ええ。そうです……」


 あたしの前にいるのは白くて長い髭を生やした、結構なお年を召したお爺さん。

 名をジョンヴァールという。

 肩書はなんだったっけ、皇太子付秘書室特別補佐官とかなんとか、よくわからない役職だったような気がする。

 とにかく、あたしがこの小屋に軟禁されてから、初めて顔を合わせた人物だ。

 どうやらこのお爺さんがあたしを取り調べる担当になったらしいんだけど、なんというか……本当にこの人に任せて大丈夫なの、と問い詰めたくなるようなお爺さんだった。


「それでぇ~、もう一度お尋ねいたしますがぁ~? あなたはぁ、エルクレア殿下のぉ、召喚……まほぉじん? によってぇ……?」


 ジョンヴァールさんは老眼らしく、自分が書きとめた調書を目に近づけたり離したり、広げたり細めたりしながら何度も同じことを確認してくる。


「あの……そこは先ほども説明したんですが」

「ふぇ? はぁはぁ、これは事務的な手続きでしてどうも……それでぇ、殿下の召喚にあなたが応じて、この城に来たということでよろしいですかぁ?」

「応じてません。気が付いたら殿下の研究室にいたんです。何度も言ってるじゃないですか」

「はぁ、応じては、いない……っと」


 お爺さんはペン先をインク壺につけ、ぷるぷる震える手で調書に修正を入れる。

 とにかく万事が万事この調子なので、まったく取り調べが進まないのだ。

 こんな頼りないお爺さんが担当だなんて、あたしは案外軽く見られてるのかもしれない。それはそれで悪い事じゃないんだけど。

 とはいえ、あたしの身の潔白を証明するためには、何一つ疾しいことはないということを分かってもらうしかない。

 だからエルクやラルフたちがあたしとどう関わってきたのかを「正確に」書き記してほしいんだけど……この調子で何とも頼りない取り調べがもう三日も続いているのだった。


「あの、それと昨日お願いしたことなんですけど、どうなっているのでしょうか」


 この小屋に軟禁されてから、食事は日に三度ちゃんと与えられている。

 お城にいた時と同じとはいかないけれど、味も量も申し分ない。スープが冷めているのが難点だけど、贅沢を言える立場じゃないのでそれは我慢できる。


 ただ、この三日お風呂に入ってない。


 お城にいたときはファリーヌと一緒に王族専用の大きな湯殿を使わせてもらっていたんだけど、今日で三日、顔すら洗わせてもらえないというのは女としてちょっときつい。

 出来れば洗顔と体を拭くくらいはしたい、それとあたしのバッグの化粧道具も使わせてもらえれば……と、昨日ジョンヴァールさんに頼んでおいたのだ。


「はぁはぁ~、昨日お願いされたことですかぁ~。はて、なんじゃったかのう……」


 おいおい。


 今日もこの脂の浮いた顔で過ごさなきゃいけないのかとがっくり来ていると、ノックの音と共にメイドさんが入ってきた。その後ろには湯気の立つ桶を持った警備兵。

 警備兵は桶を置いてすぐに出て行き、後に残ったのは赤みがかった髪を肩のあたりで切りそろえた、お人形のように愛らしいメイドさん。

 あたしを見るとにっこりとほほ笑み、会釈する。


「私、ミミアと申しますぅ。ユリカさまですね、お体をお拭きになるためのお湯をお持ちしましたぁ~っ」


 なんか……愛想はいいけどキャラ作っちゃってる感じの娘だな、とあたしは思った。


「あ、ありがとうございます。えっ、これあたしのバッグ、ありがとう!」

「いちおう中身の検査はしたそうですけど、危険物はないということで持って参りました~」


 そう言ってお湯に浸して絞った布を手渡してくれる。

 はー、あったかくて気持ちいい。

 この三日間で溜まった皮脂を拭きとる勢いで顔を拭うと、なんとも言えない気分だ。

 お風呂は無理としても、お湯で体を拭けばすっきりするだろう。


「………………あの。ジョンヴァール、さん?」

「はぁはぁ、なんですかいのぅ」

「あたし、三日お風呂に入ってなくてですね」

「はぁ」


 察しの悪いじいさまに、ちょっといらっとする。

 すると赤毛のメイドさんが手を打ってコロコロと笑いだした。


「やだぁ~、ジョンヴァールさんったら、ご婦人が体を拭こうっていうのにここにいるおつもりですかぁ~? えっちなんだからぁ~っ」

「ふぇっ? そ、そ、それは失礼、いたしましたですじゃ。げほんげほん」


 顔を真っ赤にした爺さまが、慌てて小屋を出ていく。

 もしかして助け船を出してくれたのかな、とミミアの方を見ると、彼女は体を折り曲げお腹を抱えてひいひい涙を流して爆笑している。

 う~ん、親切と言うよりは天然娘かもしれない。


「あ、下着の替えもご用意しましたので、よかったらお召し代えください~」

「ありがとう、そうするわ。ところで……あたしはいつまでここにいるのかしら?」

「さぁ~? 私はユリカさまの身の回りのお世話をするよう言われただけですから~」


 それはそうか……エルクやラルフのことも聞いてみたけど、ミミアはエルクたちとは面識がないようだった。


「あ、それから~、今後は私、ミミアがユリカさまのお世話をすることになりましたのでぇ、よろしくお願いしま~すっ」


 本当はエルクがどうしているのか、ラルフが罪に問われてないか、ファリーヌやミシェルは……と知りたいことはいくらもあった。

 けど、ミミアはただのメイドみたいだし、下手に質問攻めになんかすると、あたしがやっぱり諜報活動をしてるんじゃないかと、あらぬ疑いをかけられかねない。

 その日は久しぶりに体の汚れを落として髪も洗えただけでよしとすることにした。


 それから、さらに数日───。


 あたしの方はたいして変わりのない日々を過ごしていた。

 相変わらずジョンヴァールさんのだらだらと進まない取り調べを受け、何度も何度も同じ質問をされ、何度も同じ答えを返した。


 取り調べが済むと後は少し楽だった。


 ミミアがあたし付きのメイドになって、給仕をしてくれるようになってから、スープが温かくなった。食事の間、ミミアと他愛ない会話も交わすようになったけど、エルクたちの事はやっぱりわからなかったし、あたしの処遇がどうなるのかもわからない。


「ユリカさまって、異世界から来たって本当なんですかぁ~?」


 どうやらあたし付きのメイドと言うことで、ミミアはある程度あたしの事情を聞かされているらしい。


「あっ、もちろんこのことは他のメイドや兵隊さんにはばらしてませんよぉ?」


 声を潜めて周りをきょろきょろと見回すミミア。

 この甘ったるい口調にはいまいち信用おけないような気がするけど、悪気はなさそうだ。


「異世界ってどんなところなんですかぁ、あのメルマルロードみたいなのがいっぱいいるんですかぁ、すごいですねえ~」


 いや、ゾウがいる地域はかなり限定されるんだけどね。


「この世界にも魔物はいるんですけどね、ドラゴンとかユニコーンなんていうのはお話や伝説の中だけの存在で、誰も見たことはないんですよぉ」

「え……魔物、いるの?」


 はい、と赤毛のメイドは無邪気に頷く。


「農場が害獣避けの魔法陣で守られているのはご存知ですよね? でも、森の動物の中には魔法に耐性のあるのもいて、魔法陣が効かないんです。そう言うのを魔物と呼ぶんですよぉ」

「へえ……どんな姿をしてるの?」

「大抵は大型の猿人か野豚、でも魔物の中には知能の高いのもいるから厄介なんです。そう言うのが出たら、騎士団が討伐に行かなきゃいけないんですよぉ」


 あたしもあまりファンタジーには明るくない方だけど、とりあえず口から火を吐く竜に出くわす心配はなさそうだ。ホッとしたような、残念なような。


「農場と言えばぁ。ユリカさまがエルクレア殿下たちと農場に行ったときに、盗賊が襲ってきたそうですねえ。そのとき捕まった賊なんですがぁ」


 と、いきなりそんなことを言いだした。


「穀物倉を襲った人たちは、罰として一定期間農場で強制労働をした後、国外追放されるそうなんですけどぉ、それとは別に掴まった人がいるそうなんですよぉ」


 別に掴まったというのは、ファリーヌを人質に取ろうとした、例の魔法陣の資料を盗もうとしていた男たちだろう。

 もうそんなことまでメイド間の噂になっているのか。

 人の口に戸は立てられないとはよく言ったものだとあたしは呆れるやら感心するやら。でも、彼らが何者なのか、あたしにはあまり興味がないので、ふんふんと聞き流す。


「でぇ、その人たちは取り調べにも完全にだんまりだそうで、どこの国の人かもぜんっぜん言わないそうなんですよぉ。変ですよねえ、素直に白状すれば、ちょっと農場で働かされるだけで解放されるって言うのに~」


 ふにゃふにゃとそんな断片的な情報だけ聞かされてもなー。


 察するに、やっぱりあの男たちは他国の産業スパイみたいなもので、農業魔法技術を盗みに来てたんだろう。

 どこの国のスパイかがばれたら、当然セルフォード王国とその国の外交問題に発展するから、口を割らないのも当然だろうな。


「あたしは彼らに襲われた側だから、彼らの事情なんてわからないわ。それより、あたしへの嫌疑はいつ晴れるのかしらねえ」

「いま、ジョンヴァールさんが報告書を上に提出して、その評価待ちだそうです~。まあ大丈夫ですよ、ユリカさま悪い人じゃないですし」


 ミミアが保証します、と胸をそっくり返らせるんだけど、この娘に保証されても。

 これは長期戦を覚悟した方がいいかもしれない、とあたしはげんなりした。


「そう言えばぁ、ユリカさまって魔法使いなんですかぁ?」


 急にそんなことを言われたので、あたしは啜りかけていたお茶にむせかえる。


「な、なんで魔法使い?」

「いえ、農場見学に同行した護衛の兵士さんに聞いたんですけどぉ、賊に襲われたファリーヌさまを助けるため、ユリカさまが異世界の魔術を使ったとかもっぱらの噂ですよぉ」


 しまった……あのとき異常繁殖した蔓植物は、賊だけでなくあたしやファリーヌも絡め取って、そこから解放するのが大変だったとエルクが言っていたっけ。

 そのときに護衛兵さんもその現場にいて、見たのかもしれない。

 あの異様な光景には誰もが驚くだろうし、兵がぽろりと漏らした一言が憶測を生み、尾鰭をつけて広がるのは十分考えられることだ。


(しかもあたしは素性不明の異世界からの訪問者……とくれば、そうなるかぁ)


「で、どうなんですかぁ、本当に魔法使いなんですかぁ~?」


 と、好奇心を隠そうともせずわくわくしているミミアに、あたしは一瞬迷う。

 十中八九、あの現象はあたしが引き起こしたとあたし自身思ってる。けど確証はないし、あたしの意志で操れる力かどうかもわからない。

 そもそもあたしの世界じゃ魔法なんか実在してなかったし。


「あのね、これはあたしもよくわかってない、はっきりしないことだから、あまり人に広めてほしくないんだけど……」


 変に隠し立てしてミミアの興味を引っ張ってもしょうがない。

 あたしは自分の体験したことを包み隠さず話すことにした。

 そして、仮に魔法が使えたところで、いずれあたしは自分の元いた世界に帰るつもりだから、その力もなくなってしまうだろうとも。


「そぉですか……ユリカさまがいなくなるのは残念ですが、ユリカさまにはユリカさまの事情がありますもんねえ」


 ただ、本当に帰れるのか、帰れるとしてもエルクの送還魔法が完成しないといけないし、こうしてスパイ嫌疑をかけられて軟禁されてちゃ、それもままならないんだけどね。


「私、ユリカさまが一日も早く元の世界に帰れるよう、祈ってますね! 大丈夫、きっとすぐここからも出られますよ~」


 そうなればいいんだけどね……つくづく溜息しか出ない状況だけど、こんな中でもあたしを信じてくれ、励ましてくれる人がいるというのは心強かった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ