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4 農場に行こう(後編)

 カーン、カーン、カーン、カーン。


 突然農場に響き渡ったのは鐘の音。

 お昼にはまだ早いし、なんというか火急を知らせる緊迫感のある鐘の音に、刈り入れをしていた人たちもざわめき出す。


「な、なんなの?」


 ファリーヌは事情が飲み込めずきょとんとしているが、エルクたちは真剣な顔つきから一転、にやりと珍しく戦闘的な笑みを浮かべる。

 と、そこに馬に乗った兵隊さんが駆けてくる。あたしたちの馬車を護衛してくれていた護衛兵だとあたしは目星を付ける。


「エルクレア殿下、ライラルフ政務官どの! 賊です、穀物倉に襲撃!」


 なっ、なんだってぇええ~~~~っっ!


 こ、こんな真昼間から穀物泥棒、っていうか強盗団?

 驚きうろたえるあたしをよそに、エルクは兵士となにか言葉を交わし、ラルフは農場で働いていた人たちに避難するよう指示を飛ばす。


「王女殿下、ユーリ。緊急事態です。兵に送らせますので安全な場所へ」

「ラ、ラルフとエルクは?」

「もちろん、返り討ちにしてやるさ!」


 勇ましく腰の剣を示すエルクだが、おいおいホントに?

 けれどラルフは特にエルクを心配する様子もなく、自分もエルクと共に盗賊団を撃退しに行くと言い出す。


「さあ、早く!」


 あたしとファリーヌは護衛兵に促され、ザンボア所長の待つ農学研究所に戻る。

 所長がでっぷりと肥えた腹を揺らしながらあたしたちを迎えてくれると、護衛兵さんは踵を返してエルクたちの応援に向かう。


 あたしたちはひとまず魔法陣研究室……たくさんの書類を綴じたファイルがずらり並んだ部屋に通され、ここにいるように言われた。

 いっけん殺風景だけど、机には魔法陣研究用の鉢が置いてあったりして少し和む。

 鉢には蔓状の植物が魔法陣の細い支柱に絡んでいる。


「ほ、ほんとに大丈夫なんですか……盗賊団って、こんな真昼間に堂々と」

「いえ、彼らの目的ははっきりしてますからな。むしろ夜の方が警備は厚くなるのですよ」


 ザンボア所長が言うには、こうだ。


 彼らはこの農場に備蓄されている穀物、作物を狙って襲撃してくる。

 それはわかっているので、夜には穀物倉を中心に警備兵が配置されるので、襲撃は難しい。

 逆に、昼間は警備も巡回などで農場のあちこちに散らばっているので、倉の警備が手薄になるというのだ。なるほど、向こうも考えて襲ってきてるというわけか。


「ですが、奴らも運が悪い。エルクさまにラルフどの、それに護衛兵が四騎もいるとは夢にも思いますまい。早々に撃退されましょう」

「あの、その盗賊がこっちにくるという可能性は……」

「彼らの目的は備蓄食糧を奪うことです。農場の売上金はこことは別の金庫。この建物には農場管理の書類や魔法陣に関する資料しかありませんからな。ここは安全です。王女殿下さま方は安心して下され」


 それでもやはり落ち着かないのだろう、太めの所長は様子を見てくると言って部屋を出ていく。


「なんか……大変なことになっちゃったね。でも、平和そうに見えるこの世界にも、盗賊とかいるんだね……」


 異世界と言ったって、やっぱりそこには貧富の差とか、犯罪、争い、諍い、もしかしたら宗教、民族対立と言うのもあるかもしれない。

 でも平和な日本で生まれ育ったあたしにとっては、盗賊団が普通にいる状況というのはやはり恐ろしいと感じる。


(襲撃って言うことは、相手は武器くらい持ってるだろうな。エルクは剣をふるってそれを返り討ちにするっていうし、相手に怪我させたり、もしかして殺───)


 ぞっ、と背筋に冷たいものが走る。


 あの能天気でお馬鹿なエルクが人を傷つけたり、命を奪うだなんて考えたくない。

 でも、この世界にはこの世界の常識やルールというものがある。

 それになにより相手は盗賊、犯罪者なんだから下手をすればエルクたちが傷つけられることだってあり得る。

 あたしは突然起こったこの状況に不安を抑えきれなかった。


「大丈夫ですわ、ユーリ姉さま」


 と、ふわふわ金髪の美少女があたしの背中を優しく撫でてくれた。


「エルク兄さまもライラルフさまもお強いですから。お怪我なんてされませんし、相手の方がたにもそんなにひどいことはなさいませんわ」

「ファリーヌ……」


 このお姫さまはあたしの心配を見抜いていたようだ。ぽやっとしているようで、この美少女はなかなか鋭い。


「それに……倉を襲ってらっしゃる方たちも、本当は気の毒な方たちなんです」

「えっ? でも盗賊なんでしょ」

「ええ……ですが、おそらくセルフォードの国民ではありません。国外の……とても貧しい地域で飢えてらっしゃる方が、食べ物がなくてやむなくこの農場の倉を狙ってくるのだと、アンソニー兄さまにお聞きしたことがあります」


 そうだったのか。


 セルフォードはとても豊かな国みたいだけど、他の国もそうだとは限らない。あたしの世界だって、日本とお隣の国じゃ経済も政治もまったく違ってたりするから、この世界でもそういうことがあるんだろう。


「わたくしにはまつりごとのことはよくわかりませんが、食べ物に困ってらっしゃる方には、わたくしたちの食べ物を分けて差し上げるべきなんじゃないかと思ったりもするんです。ですが、そう簡単にはいかないらしくて……難しいですわ」


 ええと、そういうのは他国への食糧援助とかになるのかしら。

 もちろん、よその国にはよその国の事情がある。

 ただ食料を送ってもそれが公平に分配されるとは限らないし、そのことを追求すればいわゆる内政干渉になる恐れもある。

 結局、異世界からの異邦人であるあたしにはなにもできないし、する立場にもない。せめてエルクたちが怪我をせず、誰かを傷つけないように祈るばかりだった。


「それにしても所長さん遅いね。ちょっと見てこようか」


 と、あたしが椅子から腰を浮かせかけた時だった。


 ばたん! と、勢いよくドアがあけ放たれたかと思ったら、どやどやと体格のいい男たちが三人、あたしとファリーヌのいる部屋に押し入ってきたのだ。


「ちっ、まだ人がいたのか」

「構うな、目的のものを奪ってとっとと退却するぞ」


 突然のことに、あたしとファリーヌは抱き合って声を失う。

 彼らはどう見てもここの職員ではない。その証拠に明らかに殺気立っていて、手には……剣?


 なんで、どういうこと?

 ここにはお金も食べ物もないから、盗賊には用のない場所だって言ってたはずなのに。

 なのに、彼らは食料をあさるでもなく、棚の書類を乱暴に引っ張り出していく。


「魔法陣に関する書類だけでいい。片端から調べるんだ」


 彼らの目的は魔法陣関連の書類のようだ。

 ということは、食うに困って倉を襲撃した盗賊とはまったく別口ということなのか。


(これは偶然? それとも食べ物を求めて襲ってきた盗賊団に紛れて、ここの情報を盗み出すのが目的の……他国のスパイ、とか?)


 そんなふうに考えを巡らせたところで、あたしにはなにもできない。

 こっちは小娘二人、相手は成人男性が三人もいて、しかも武器を持ってるんだから。幸い彼らの目的ははっきりしてるし、ここは無抵抗で見逃してもらおう。


 でも、状況はそんなに甘くなかった。


「よし、これだけあれば……おい、そこの女!」

「あ、あたし? な、なんですか」

「お前じゃない、そっちの金髪だ。お前、貴族だな。それも相当高い身分の娘だろう」

「どうするんだ、女なんか足手まといだぞ」

「逃走する時の人質として使えるかもしれん。身分によっては交渉の材料になる」


 しまった。


 どこから見ても庶民づらのあたしはともかく、ファリーヌは身につけたドレスは最高級品、そしてそれ以上に美しく愛らしい美貌の持ち主。

 ファリーヌがこの国の王女さまだとは気付いてないようだけど、人質、誘拐の対象としては申し分ない。


「こ、この子には手を出さないで!」


 美少女を背中に庇うあたしに、ぎらりと凶悪そうな目を向ける男たち。

 自分に向けられた鋭い殺気に心臓を掴まれるような恐怖を覚え、膝が震える。


「邪魔するな、どけ!」

「あっ」


 肩口を乱暴に掴まれ、どんと突き飛ばされた。


 鉢の置いてあったテーブルにぶつかって、がしゃりと鉢が床に落ちて砕ける。床にへたり込んだあたしは、鉢からこぼれた土に手をついた。


「騒がれても面倒だな……」


 しゃきん、と男が剣を抜き放つのを、あたしは呆然と見守ることしかできない。


 唐突に、学生時代に痴漢に遭った時のことを思い出した。

 満員電車の中、ちょっと体を触られただけで声も出せなくなって、ただ震えることしかできなかった自分。

 考えれば痴漢にあったからって怪我をさせられるわけでも、まして殺されるわけでもないのに、あんなに恐ろしくてなにも出来なかった。

 そして今はそれの何十倍も危険な状況。

 こっちは丸腰、相手は刃渡り五〇センチ以上の刃物を持っている。

 そしてなにより、彼らはおそらくその物騒な得物を実際に使った経験がある。


「ユーリ姉さま!」


 悔しい───自分の無力さに涙が浮かぶのを抑えられない。

 こんな理不尽な暴力に屈するしかない力のなさ、大切なもの、大切な人を守れないこと、なにもできない自分に。

 目の前の男が凶器を振り下ろすだけで、簡単に命を奪われてしまう、ちっぽけな自分に。


「おやめなさい! その方に手を出すことは許しません!」


 凛とした少女の声に、男は剣をゆっくりと下ろす。


「セルフォード王国第一王女、ファリーヌ・セルフォードの名において命じます。その方には指一本触れてはなりません」


 賊の前で堂々と本名を名乗る少女に、男たちもさすがに驚く。


「人質ならわたくしが参ります。ですがその方を傷つけるというなら、わたくしはこの場で命を断ちます」


 そう言うや、傍らにあったペン立てからペンをとり、自分の喉に当てる。


 さすが一国の王女……とあたしは感心なんかしてなかった。

 だってファリーヌの顔は蒼白で、唇は震え、膝が小刻みに震えていたから。

 本当はあたし以上に怖くてたまらないだろうに、それでも必死に勇気を振り絞ってあたしを庇おうとする、その気丈さが恨めしい。

 こんなふうにあの娘を傷つけるなんて、と自分に対する怒りばかりが募る。

 ぎゅっと鉢植えの土───そこに埋もれていた魔法杭を握りしめた、その時だった。


(──────熱い───?)


 握りしめた魔法杭……蔓植物が絡まっていた細い金属支柱が、異様な熱を帯びていた。

 ただ熱いだけじゃなく、なにか力が流れ込んでくるような……と思った時、男の一人が悲鳴を上げた。


「な、なんだこりゃあっ?」


 あたしに剣を向けていた男の足に、緑の蔓が絡まっていた。

 その男だけじゃない、いつの間にか床一面に蔓が繁殖していて、それは見る間に伸びて男たちの手足に絡みついていく。

 蔓は見た目よりもずっと強靭らしく、男が足を振って引きちぎろうとしてもうまくいかない。

 そうこうしている内にも蔓は男の腕や剣にも伸びてきて、男は剣を取りおとす。


「くそっ、お、女っ! 貴様の仕業かあっ?」


 男の怒声にあたしはふるふると首を振るしかない。

 だって、あたしやファリーヌの手足にも蔓は容赦なく絡みついていたから。

 けど、本当はこれがあたしの引き起こしたことだとわかっていた。

 手に握った魔法杭……不思議な魔法陣が刻まれたそれを通して、床───大地から大きな力が流れ込んできて、蔓植物に異常な繁殖力を持たせていることが実感できたから。


「うわぁああああ、う、動けねえ……っ」

「ユーリ姉さま、ねえさま~~~っっ」


 ごめん、ファリーヌ。


 これ、どうやって止めたらいいかわかんない。


 目の前が植物の緑で埋め尽くされていく中、あたしの首にまで蔓が絡まってきて、息が詰まってしまって───そのままあたしは意識を失った。


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