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20/22

19 大団円

「ユーリ! ささささっき、おぎゃーって! おぎゃーって!」


 あたしが建物から出てくるのを見て、顔面蒼白のエルクが駆け寄ってきた。

 あんた、なんちゅー顔してるのよ。


「あーはいはい落ち着いて。無事に生まれたわ。しかもなんと男女の双子よ」

「双子! ユーリ姉さま、それは本当なのですか!」


 エルクの後ろからひょっこり顔を出した美少女を見て、あたしは仰天した。


「ファリーヌ!? な、なんでここに?」

「ああ、ユーリ姉さま、ご無事で何よりでした、わたくしは、わたくしは……ッ!」


 ぼろぼろと涙を流しながら飛び付いてくる美少女を、あたしは抱きしめる。

 甘い少女の香りに包まれ、どっと緊張がほぐれた途端に猛烈な虚脱感に襲われ、ふらつきそうになる。


「おっと……大丈夫ですか、ユーリ。おおよその事情は、エルクから聞きましたが」

「ラルフまで!? ええっと、なにがどうなってるの。そうだ、ガフテスルの軍隊は大丈夫なの?」

「ああ、それは問題ない」


 なんでも、あたしたちが町に入った直後、ファリーヌとラルフが増援の兵士と共にやってきて、かなわぬとみたガフテスル軍が撤退したのだそうだ。


「しかし、おかしな連中でした。敵将が何度も撤退命令を出しているのに、兵士が……いや、馬たちがなかなか言うことを聞かなくて、ひどく撤退に手間取っていましたよ」


 ああ、それはガフテスルの馬たちが気にしてたんじゃないかな、晴ちゃんの赤ちゃんのことを。

 なんて心優しい馬たちだろう、とあたしは感動した。


「けど、ファリーヌはどうして?」

「どうしてって、決まっているではありませんか。イムルアの聖母の噂を聞きつけ、それはもしやユーリ姉さまではないのかと思い、確かめに来たのですわ。そうしたらなんてことでしょう、姉さまのお兄さまとその奥方だったなんて! しかもその上、こうしてユーリ姉さまとエルク兄さまとも再会できるだなんて……わたくしの想像のはるか斜め上をゆく素晴らしい出来事だったのですわ!」


 その場でくるくると踊り出しかねないファリーヌだけれど、その美しく整った顔がよく見るとかなりやつれていることにあたしは気付いた。


 そうだ。


 あたしとエルクにとってはほんの一週間ほど向こうの世界に行ってた感覚なんだけど、ファリーヌやラルフにしてみれば、違う。

 あたしたちは二カ月以上も行方不明だったんだ、この世界では。

 この美しくも心優しい少女が、どれほどあたしたちを心配し、胸を痛めていたかと思うと、あたしは自分の気持ちが抑えられなくなり、ファリーヌを抱きしめた。


「ね、姉さま?」

「ごめんね、心配かけたよね。どう謝っていいのかわかんないけど、本当にごめん。ごめんねファリーヌ」

「なにを仰っているのですか、ユーリ姉さま。こうして無事にお帰りになっただけで……わたくしは……わたくし、は…………うわぁああ~~~っっ…………」


 毎日たくさんのお稽古事やミシェルの話し相手にも、一瞬だって厭な顔を見せなかったファリーヌ。

 いつも笑顔を絶やさないお姫さまが、幼い少女のようにわんわん泣き始めた。

 あたしは少女のふわふわの金髪を優しく撫で、背中をさすってやったのだった。


「……もう、落ち着いた? ファリーヌ」

「え、ええ。みっともないところをお見せして、恥ずかしいですわ」

「大体の事情はエルクから聞きましたが、ユーリたちもなかなか大変だったようですね。いえ、本当に大変だったのは、二カ月もこのイムルアで過ごしたユーリの兄上夫妻だったのかも知れませんが。ユーリ、あちらはもう大丈夫なのですか」

「うん、母子ともに健康、問題ないって。ただ……」


 と、あたしは周囲を見回す。

 さっきまで建物の中に満ちていた不思議な光はいつの間にか消え、異常なくらい成長していた植物たちもその勢いを失っていた。


「エルク、もしかしてこれって」

「ああ。地脈の異常な活性化が収まっている。おそらく晴さんが出産したのと同時だろうね」


 ということは……晴ちゃんのあの不思議な「奇跡」は双子を妊娠していたから宿った力ということなんだろうか。

 無事に出産したいま、残念ながらイムルアの聖母の力は失われてしまったようだ。


「そ、そんな……聖母さまの奇跡が失われたというのですか。ああ、なんてことだ。イムルアはまたもとのどん底の町に落ちぶれるというのですか」


 振り返るとあたしたちを案内してくれた男性が、がくりと膝をついていた。

 そんなこと言ったって、お腹に赤ちゃんがいるんだから出産しないわけにはいかないじゃない。

 町の人たちには気の毒かもしれないけど……と困惑していると、エルクがなにやらヘンテコな道具を地面に突き立てている。


「なにそれ……風車?」


 金属の棒のお尻に丸い飾りのようなものが付いていて、それがくるくると回っている。


「これは地脈の勢いを測定する道具だよ。うん、やはり間違いない。ここはもう不毛の地なんかじゃないよ。さっきまでみたいな勢いこそないけど、そこそこの霊脈が流れてる。以前のように作物がまったく育たない、なんてことはないと思うよ」

「おぉ……おぉ! 聖母さまの奇跡がこの地に根付いたというのか……ああ、聖母さまにはどれだけ感謝してもし足りません! さ、早速町のものたちにこのことを知らせなければ!」


 そう言い残して、男性は走って行ってしまった。


「さて、ガフテスルも撤退したことですし、ユーリもエルクも無事に戻ってきた。ユーリの兄上夫妻と共に、城に戻りましょう」

「ラルフさま、その前に」


 と、ファリーヌが早馬はやうまを出してくれるようにラルフにお願いした。


「この素晴らし過ぎる出来事を、早くミシェルやアンソニー兄さまにもお知らせしなくては! わたくし、急いで手紙をしたためますので、それを一足早く届けさせて下さい」


 ああ、そうだね。

 ミシェルもさぞやあたしたちのことを心配していたんだろうな。

 厳格なアンソニー殿下も、ミミアも、カタリナさんもソフィーリアさんも。

 あの優しくて懐かしい人たちとまた会える。

 あたしはいずれこの世界を去らなくちゃいけない身だけれど、みんなに「ありがとう」と「さよなら」を言ってから、去ることができる、それが何より嬉しかった。


「そうそう、メルマルロードもちゃんと連れて帰らないとね。あの子、あたしたちがいなくなったことで怒られるんじゃないかって、それでお城に帰らなかったんだよ」

「ユーリ……いえ、ミス・加賀百合花。そのことですが」


 いつの間に背後に回っていたのか、頭上から浴びせられたのは、この上なく冷徹なライラルフ政務官の声。


「あなたがメルマルロードを連れだして、無断で城を出奔しゅっぽんしたことについても、後ほどたっっっっっっぷりと聞かせていただきますからね」


 ぎっくうううううううう。


 ラルフが相手をフルネームで呼ぶ時は、静かに怒っている時だということを、あたしは久しぶりに思いだしていた。


      ※     ※     ※


「うへぁ………………」


「ユーリ姉さま、お疲れ様でした……」


 王族専用の馬車から下りたあたしに、ファリーヌが苦笑いを向ける。

 セルフォード城に帰るまで、あたしはこんこんとラルフのお説教を喰らっていたのだ。


 ええ、それはもう微に入り細をうがち。

 あたしがいかに短慮たんりょで、浅墓で、軽薄に自らを危険に晒すような愚かしい真似をしたか。

 そしてそのことでどれほどたくさんの人たちに心配をかけたかということを、一点の曇りもない理知的かつ明快な説明と共に。


 ええ、ええ、わかってますわかってました、あたしが悪うございました。


(そりゃあ自分が無茶をしたって自覚はありましたよ。それにしたって、お城に帰るまで説教するこたぁないじゃないの)


 あれからあとの話。


 無事に出産を終えた晴ちゃんと兄ちゃん、そして生まれたばかりのあたしの甥っこと姪っ子は、あたしたちと共にセルフォード王国で保護してもらうことになった。


「それはもちろん、エルクの客人であるユーリのご身内の方々ですから、当然のことです」


 というラルフの厚意に甘えることにしたのだ。

 兄はもう少しイムルアで静養した方がいいのではと心配していたけれど、ファリーヌが同行させていたお医者さまがこれなら大丈夫と判断したのでそういうことになった。

 もちろん馬車は出来るだけ静かに走らせ、来る時より時間をかけての行程になった。

 ある意味、それがあたしにとっての地獄の時間の幕開けとなったのだ。


「ご出産したばかりですから、どうぞあちらの馬車にご家族だけでお乗りになってください。そのほうがよろしいですわよね、ユーリ姉さま」

「あー、うん。ありがとう、ファリーヌ。気を使わせちゃって…………」


 運良くというか運悪くというか、ファリーヌは馬車を二台用意してくれていた。

 なので一台には兄夫妻、そして双子が乗ることになり、もう一台にはあたしとエルク、ラルフとファリーヌが同乗することになった。


(に……逃げ場なしっ……!)


 時折ファリーヌがあたしを庇うようなフォローを入れてくれるんだけど、それを見たエルクが自分もなにか良いことを言おうとして見事に裏目に出たり。

 そんなこんなで大目玉をくらったあたしはもうくたくただった。


(でも、まあ───)


 こんなふうにラルフに怒られるのも、ファリーヌに庇われるのも、あたしがこの世界にもう一度来ることができたから。

 そう思えばこれもまたよしと思えるのだった。


「ユーリ! お帰りなさい、エルク兄さまも! きっと無事に戻ってくるって、ボク信じてたよ」

「ミシェル~~~ッッ」


 息せき切って駆けてくる金髪巻き毛の美少年を、あたしは思い切り抱きしめる。

 あ~、ラルフの説教でたまったストレスが抜けていくようだわ。


「ミシェル、そんなに走って大丈夫なの? あら、でもずいぶん顔色がいいのね」

「うん、ユーリと兄さまがいない二カ月の間、僕もお医者さまに言われたとおり、少しずつ外に出るようにしたんだ。お薬も飲んでご飯もいっぱい食べて、前よりもずっと元気になったんだ。だってユーリが帰って来た時、僕が病気じゃ情けないものね!」


 そう言って微笑む少年の、林檎のように赤いほっぺたが愛おしい。

 彼のようにあたしの甥っ子や姪っ子も元気に育ってほしいと心から願う。


「早馬でユーリたちのことを知って、お祝いの準備をしてるんだよ。さあ、兄さまもファリーヌ姉さまも、それにユーリのご家族も、早く!」


 美少年に手を引かれ、お城に入っていくあたしを見て、兄ちゃんも晴ちゃんもさすがに驚いているようだ。


「今さらだけど、本当にここは異世界なんだな……あの町でも色々驚かされたが、エルクくんが王子だって言うのも本当なんだな」

「まあね、あんまり威厳とかないけど」


「まあまあまあ、ユリカさま! よくご無事でお帰りになりました」

「カタリナさん! ご心配をおかけしました」


 メイドのカタリナさんが少し涙目で出迎えてくれる。

 その傍らにはミミアもいて、晴ちゃんの抱いている赤ん坊を見て目を輝かせていた。


「ユリカさまのお兄さまと奥方ですね。長旅でお疲れでしょう。あちらでどうぞゆっくりおくつろぎになって、お体をお休めください」

「兄ちゃんたち、あっちで一休みしてきなよ。言葉はわからなくても大体分かるでしょ」


 兄夫婦を見送っていると、のっしのっしと重い足音。


「メルマルロード! やっぱりお前もユーリや兄さまと一緒だったんだね」

『お、お姉さん! ボク怒られないよね? 怒られないよね?』

「さあどうかしら。ミシェル、メルマルロードは森の奥でちょっと迷子になってたみたいなの。厩舎に連れて行ってもらっていいかしら」

「もちろんだよ、餌もたっぷり用意しなくちゃ」

『怒られないよね? ねえ、お姉さ~ん』


 ミシェルとメイドに連れられ、厩舎に連れて行かれるゾウを見送るあたし。

 まあ、あの子にもずいぶん助けられたし、あとであらためてお礼を言っておこう。


 そしてその夜、盛大なお祝いの宴が設けられた。


 まあ宴というより、

「これこの通りあたしとエルクは無事でした、みなさん心配かけてごめんなさい」

 って報告のようなもので、出席者もほとんど関係者ばかりだけどね。


「ソフィーリアさん! ご無沙汰してます、その節はお世話になりました」


 ラルフの奥さん、ソフィーさんも出席していて、以前よりも少しお腹が目立っている。


「まあ、家内もユーリのことを心配していましたし、今日くらいはいいでしょう。あ、お酒はいけませんよ」

「ユーリ、本当によかったわ。それに、あなたのお兄さまご夫妻に、双子ちゃんですって? 本当におめでたい事ねえ、わたくしもあやかりたいわ」

「どうぞ、あたしの甥と姪を見てやってください」


 と、晴ちゃんと兄ちゃんの座るソファの方に行くと、晴ちゃんもにこにこと歓迎してくれた。

 双子はなんとエルクやファリーヌが使っていたという王室御用達のベビーベッドの中ですやすやと眠っている。


「兄ちゃんに晴ちゃん。こちらソフィーリアさん、ラルフの奥さまなの。異世界で不安になってたあたしにすごく親身になってくれた方なの」

「ど、どうも初めまして。百合花の兄の加賀久雄と言います。妹が大変お世話になったようで」


 と、異世界の貴族の奥方を前に直立不動の兄。

 いやいや、指輪なしじゃ言葉通じませんからね、兄ちゃん。


「あなたったら……奥さまも妊婦さんなんですね。どうぞ、うちの子見てやってください、今は眠ってますけど」


 と、ベビーベッドの方にソフィーさんを促す晴ちゃん。

 うん、こっちは身ぶりでちゃんと伝わってる。

 なんとなく、晴ちゃんとソフィーさんは雰囲気が似ているような気がする。あるいは「母」の持つ強さと母性なのかもしれない。


「まあかわいらしいこと」

「こちらの世界のマタニティドレスも素敵ですねえ。五ヶ月くらいですか?」


 おお、母親同士なんとなく会話がかみ合ってる。


 出産したばかりの母と、これから出産に臨む母。

 二人を微笑ましく眺めているところに、赤毛のメイドが飲み物を持ってやってきた。


「私も双子ちゃんにご挨拶してもよろしいでしょうか~、うへへへ」

「晴ちゃん、こちらはメイドのミミア。この娘にもすごくお世話になったんだよ」

「いえいえ、お世話だなんて大したことは……うはぁああ、ちっちゃくてかわいいぃ~~っ」


 ミミアは子ども好きだったらしく、甥姪に文字通りメロメロになっている。

 うん、ミミアなら将来は逞しい母親になれそうな気がする。


 まあ、彼女の想い人であるアンソニー王子と結ばれるかどうかは分かんないけど、あの堅物な皇太子とミミアって意外と似合いそうな気がするんだけどな。

 まあ、これを言ったらまたミミアがテンパるだろうから、やめにする。


「あ、ユリカさま。エルクレア殿下とアンソニー殿下がお呼びですぅ」

「あたしに? アンソニー殿下から?」


 うぐぅ、第二王子と一緒に二カ月も失踪してたんだから、そりゃなにか言われるよなぁ……とおそるおそる二人のところに向かう。

 黒髪の王子は相変わらずの無表情で、それでも慇懃いんぎんにあたしに頭を下げるので、こちらも恐縮した。


「愚弟よりおおよその話は聞いた。最初にこの世界にそなたを召喚したことといい、ずいぶん迷惑をかけてしまったようだ。異世界に行っていたとは驚きだが……それで、そなたたちが元の世界に戻れるめどは付いているのか?」

「は、はい、向こうからこちらに来るときにも送還魔法を使用しましたので……そ、そうよね、エルク?」

「ああ。おおよそのところ、魔法陣の術式は完成しているとは思う。思うんだけど」


 とはいっても、普通に異世界に移動できた晴ちゃんたちと違い、あたしとエルクはどういうわけだか二カ月、時間がずれてこっちに来てしまった。

 今度こそ間違いなくあたしたちの世界に戻せるよう、その辺りのことをもう少し詳しく調べ直したいという。


「一週間、いや三日! 三日もあれば完璧だと思う」

「うむ、そなたの義姉も出産したばかりで大儀であろう。出立の日まで、ゆるりと体を休めるがいいだろう。身の回りのことはミミアや他のメイドになんでも頼むとよい」

「はい、ありがとうございますアンソニー皇太子殿下」


 うん、この人って国や民のためにすることでは一切妥協しない厳しい性格だけど、ことさらに人を脅したり責めたりするような人じゃない。

 父王さまの代わりとして国を治めないといけない立場だから、自然と無表情で人を寄せ付けない態度になっちゃうんじゃないだろうか。

 そんなアンソニー殿下を影で支えてくれるような女性がいたらいいと思うんだけどな。

 心当たりも約一名、いるんだけどな。


「あの、つかぬことをお伺いしますが、殿下。アンソニー殿下には婚約者とか、そういう方っていらっしゃるのですか?」


 突然のあたしの問いに、黒髪の皇太子は初めてその顔に微かに驚きの色を浮かべた。


「ユ、ユーリ?」

「いや、今はまつりごとに忙しくてな。そのようなことにかまけている時間などない」

「そぉですか、そうですよね。でも大丈夫ですよ、殿下。意外と身近なところに、手折たおられるのを待ってる野の花がいたりするものですからね」


 あたしの言葉に奇妙な表情を浮かべながら、アンソニー殿下はお付きの人に呼ばれて行ってしまった。


「今のどういう意味、ユーリ?」

「ふふふ、さぁ~ねぇ~?」


 エルクは間違いなくミミアとアンソニー殿下のこと知らない。

 ま、もともとこの人そういう方面に鈍ちんだし……ってあたしも人のことは言えないか。


(異世界の……王子さま、か)


 もともとメルマルロードみたいな異世界の生き物を召喚するつもりだったエルク。

 それが何の偶然か、あたしがこの世界に召喚されちゃって。

 なんでこんなことに……と嘆いたこともあったけれど、いま振り返ればそう悪い体験でもなかったんじゃないか、な~んて元の世界に帰れるってわかったからそう思うのかもしれないけど。


「ねえ、エルク」

「なんだい?」


 あたしは、右の中指にはめた魔法の翻訳指輪を見せる。


「この指輪、やっぱり返した方がいいわよね。あたしがいなくなっても、ファリーヌがメルマルロードとおしゃべりしてあげたら、どっちも喜ぶと思うし」

「ああ……別に、返さなくてもいいよ。製法のレシピは残ってるし、ファリーヌのためにもう一つ作っておくよ」


 あのいやしんぼのゾウは、とにかく女の子には愛想がいいから、ミミアにもあげてもいいかもしんない。


 あたしがこの世界に来た時、エルクからもらった魔法の指輪。

 考えてみれば、異世界の人たちと話せる以上に、動物とも話せるこの指輪にずいぶん助けられたものだ。


「ねえ、これをあたしに渡そうとした時のこと、覚えてる?」

「ああ、それを発明しておいて本当に良かったと思ったよ。ラルフには散々バカにされた指輪だけど、やっぱりボクに先見の明があったってことだね」


 ふふ、こうやって無邪気に自慢する子どもっぽいところも、ちっとも変ってない。


「あのねえ、この世界じゃどうだか知らないけど、あたしの世界では男の人が女の人に指輪を贈るっていうのは、特別な意味を持つの」


 どうやらこの世界にはプロポーズに指輪を贈るというような習慣がないようだ。


「へえ、それは異世界の風習ってこと? 特別な意味って?」

「要するにね、男性が意中の女性に結婚を申し込む時、指輪を贈るものなのよ」


 エルクは一瞬ぽかんとしてから、口をパクパクさせ始める。


「けっ、け、けこっ、こっ!?」


 ニワトリか。


「だからエルクがあたしに指輪を渡して、それをはめるような仕草をした時、これは大変なことになったってびっくりしてたのよ」

「けけっ、こっ、ぼ、僕は決してそのような、えっ、えっ?」


 思ってもなかったことを言われ、第二王子さまは目を白黒させ、顔を真っ赤にしている。

 想像通りの反応に、あたしは少しからかってやろうと芝居がかった口調でこう言った。


「んも~、あたしがあのとき誤解して、『異世界の王子さまからプロポーズされちゃった!』って思いこんでたらどうするつもりだったのぉ?」

「い、いやっ、ぼぼぼくは、そんなつもりはなかった、と言っても、ユーリの世界でそういう習慣があるっていうなら、そう誤解されてもしょうがないわけで、だから、その、僕は」

「……僕は?」


 意地悪くそう聞いてやると、あたしがこの世界で初めて会った異世界の王子さまは、真っ赤な顔で背筋をぴんと伸ばし、めちゃくちゃどもりながら言った。


「せせっ、責任を、おお男として、せ、責任をッ、とるよ……ッッ!」


 ぶはっ。


 あー、なんてこと。

 一〇〇パーセント予想通りの回答に、あたしは思わず吹き出してしまった。

 お腹を押さえてくつくつ笑うあたしに、さすがのエルクもムッとしてあたしを睨む。


「な、なんだい、わ、笑うことないじゃないか、僕は真剣に……うわっ?」


 いきなりあたしに抱きつかれ、エルクはどうしていいかわからず、まるで壊れたロボットのようにぎこちなく身をこわばらせる。


 安心してよ。

 あんたがあたしにそういう感情を持ってないのと同じく、あたしもエルクにそういう感情は持ってないからね。

 まあ、友情もしくは同じ危機を乗り越えた戦友同士って言う意識はあるかもしれないけど。


 それに──────


 いまならはっきり言える。


 あたしは、この異世界に召喚されてよかった。

 エルク、あなたに召喚されてよかった。

 心からそう思える。


はい、あとはエピローグ、そして一回だけ番外編をお届けします。

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