プロローグ
プロローグ
就職採用通知の封筒は、一目見ただけで結果がわかるという。
採用の場合は今後の手続きの説明等々を記した書類が同封されているので、当然ある程度の厚みを持っている。けれど、不採用の場合はただその結果のみを記す紙が入っているだけ。
「応募者多数に付き誠に申し訳ありませんが……」
「残念ながらご期待の添える結果とはならず……」
「今回の選考では貴意に添えることができず……」
お決まりの文言で「あなたは雇えません」という結果だけを突きつけられる。
短大の二年目に入ったころから就職活動を始めたあたしも、この手の通知は山のように受け取ってきて、理解はしていたはずだった。
けれど───最後に受けた小さな会社からの通知の封筒がぺらっぺらだったのを見た時は、さすがに落胆せざるを得なかった。
「これで全滅…………就職浪人……ですか」
あたしの名前は加賀百合花、十九歳。
今春、短大を卒業する予定の短大生だが、卒業したら当然社会人となって働くつもりでいた。
けど、いくら働く気があっても、働き口がなければどうしようもないわけで。
折からの不況、景気回復の道いまだ不透明、若者の就職状況は困難を極め───ということで、あたしはものの見事に全ての就活に敗れ去った。
「当面の生活費くらいは何とかなるけど、バイトだけで生活するのはやっぱ厳しいな……」
都心から少し───かなり外れたワンルームに暮らすあたしは、人並みにバイトくらいはしていたけれど、やはりフリーターよりは何らかの体裁が欲しかった。
小娘一人、都会でアルバイト生活だなんて、なにより親がいい顔をしない。
学生のころはいちおう少額とはいえ仕送りは送ってもらっていたけれど、卒業したらさすがに仕送りは断ろうと思っていたからだ。
「うちの親も兄ちゃんたちも、実家に帰ってくれば、とか言うんだろうなぁ」
たしかにその案自体は魅力的だ。
実家で暮らすとなるとまず家賃・光熱費・食費等々、大幅に節約できる。家にお金を入れたとしても、家計は段違いに楽になる。
うちの母は専業主婦だから、黙っていてもご飯は出てくるし、洗濯はしてくれるだろうし、その気になれば一日ぶらぶらしていても暮らしていけるだろう。
ただし───人、それをパラサイトという。
まあ、いい若い者がぶらぶらしているのを、生真面目なうちの親は許さないだろう。暇してるなら家業を手伝えと言われるだろう。
「でもなぁ~」
うちの実家は農業をしている。
畑仕事を手伝うのは別にいやじゃない、昔から畑や田んぼの手伝いはさせられてきたし。
ただ問題は───兄夫婦が両親と同居していることだ。
兄は二年前に結婚したのをきっかけに、それまで勤めていた会社を辞め、地元で再就職するとともに実家の農業の手伝いを始めた。
兄のお嫁さん、私にとっては義姉になる晴子さんも近ごろの人には珍しく農家の手伝いに積極的で、うちの両親は大喜びだった。
「晴ちゃんをいびるようなやつは、ぶっとばすからね!」
誰よりも早くそう宣言したのは、うちの母。
もちろん父も兄も私も、その意見には大賛成だった。
なので我が家に嫁姑問題は存在しないと言ってもいい。
もしもあたしが実家に戻って晴ちゃんをいびろうものなら、吊るしあげを喰らうのは間違いなくあたしだ。
兄とあたしが不仲というわけでもない。
あたしとは年が離れていることもあって、昔から兄ちゃんはなにくれとなくあたしの面倒を見てくれた。
晴ちゃんとあたしも仲良しだ。
就活に全敗したあたしが地元に戻りたいと申し出れば、兄ちゃんも晴ちゃんももろ手を挙げて歓迎してくれるだろう。
でも、だからこそ。
居心地がいいであろう場所に逃げ込むのは、なんか癪なのである。
できればもう少し、都会で頑張ってみたい。女一人、このコンクリートジャングルにしがみついて、踏ん張ってみたいのだ。
だもんで、あたしは派遣登録に行くことにした。
派遣社員も決して安定しているとは言い難いが、アルバイトよりはいくらか体裁もいいだろう。
そう簡単に派遣から正社員になれるとは思えないけど、将来に向けて幾ばくかの希望は持てるというものだ。
派遣登録はパソコンでも出来るそうだけど、実際の雰囲気を確かめたくて、あたしは派遣会社に出向いて登録した。
すっかり体に馴染んだリクルートスーツに身を包み、意外と愛想の良い女性社員に説明を受けて登録を済ませた。
(これで希望に沿った働き口があれば、連絡が来る、と)
一仕事終えた気分で、あたしは家路についていた。
駅を降りてワンルームに向かっていると、なにやら空模様が怪しい。天気予報じゃ降るようなことは言ってなかったのに、気象予報も当てにならない。
あたしは傘を持っていなかったので、少し小走りで家路を急いでいた。
それは───運命だったのか、それともただの偶然?
あたしが傘を持っていたら、そんなに急ぐ必要もなかった。あるいは雨宿りで喫茶店かスーパーにでも寄っていたら、どうなっていただろう。
後からどんな仮定を考えたって、意味はない。
あたしはごろごろと不機嫌な音を立てる雨雲の下、小走りから本気走りに移行していた。
そして─────────雷に打たれた。