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第四話


 彼――リィ=イーハトーブは現在いま、心の底から退屈していた。


 前方、アンチョコ片手にスペックを読み上げているコンパニオンの尻をぼんやりと眺めつつ、込み上げてくるあくびを噛み潰す。

 この一年の間、リィは自身の背後に鎮座している武装多脚砲台、登録番号TRI-K/800FC-ALG、機体識別名称「アルゴス」の開発主任を務めていた。

 我ながら、よくもまぁ完成までこぎつけたものだと思う。

 リィの地獄は、ドラグネイム王家の一言から始まった。

 曰く――迷宮発見から三百年を記念して、信頼と実績の業界最大手である〈イリアス・インダストリアル〉、三輪車から戦車まででお馴染みの老舗〈岩動いするぎ重工〉、薄利多売がなんぼのもんじゃいを地で行く新進気鋭の出世頭〈メガリス・コーポレーション〉からなる、いわゆる『三大工房』からそれぞれ最高の技術者を選出し、一丸となって当代随一のアントリオンを造り上げよう――と云うのだ。

 その発想自体は否定しない。たとえそれが五歳児が思い付きそうなアイディアだとしても、そんな無理・無茶・無謀を成し遂げてきたがゆえに、現在いまの『砲台工房ファクトリー』があるのだから。

 だが、やはりというか、お上は現場というものがまるで分かっていないのであった。次代を担う若手の代表というお題目のもと、〈メガリス〉に所属するリィに白羽の矢が立った時点である程度は予想していたのだが、設計段階から資材発注、機体製作、性能試験とほぼ全ての行程において、各工房間で激しい意見の衝突が起こったのだ。

 そもそも、である。腕に覚えのある職人というものは、多かれ少なかれ「オレサマが一番だコノヤロウ」という自負、矜持、誇りが根幹にあるものだ。世間的には「こだわり」などという綺麗な言葉で美化されているが、要はテメェの考え、好みが一番にあり、他人に譲る気など毛頭もないのである。

 まして、普段は血で血を洗う熾烈なシェア争いを繰り広げているライバル同士である。自分の手の内はなるべく晒さず、しかし相手の技術は出来るだけ盗みたい。王家から支給される莫大な予算を使い、普段は出来ないあんなことやこんなことも試してみたい。

 そんな情熱情念希望欲望、権謀術数入り乱れる蛇の巣の中で、リィは西へ東へ奔走した。角突き合わせがなり立てる職人たちの間に割って入り、宥め、賺し、時には諭し時には叱って、先達からは「これだから最近の若いモンは」と文句を言われ、後輩からは「ウザったいよねあの人」と疎まれ、同期には「お前はどっちの味方なんだよ!」と詰られる生活が、一年もの長きにわたって続いたのである。

 平均睡眠時間は二時間を割り、胃は荒れ果て消化に良いものしか食べられやしない。ただでさえ少ない友達とは連絡も途絶え、後頭部に一デナリウス硬貨ほどのハゲができていたのを発見し、リィは心に決める。

 たとえ万金を詰まれたとしても、たとえ一族郎党を人質に取られたとしても、二度とやるものか。

 さらに報われないことに、そうして出来上がった血と汗と涙の結晶は、あろうことか〈王国守護騎士団ロイヤルガーズ〉に寄贈されるという、お寒いオチまでついていた。

 王城直下、迷宮入口の警備を務める〈ロイヤルガーズ〉は、“機動要塞”と名高き二機のクイーン級を始め、ルーク級十数機やビショップ級五十機、城下の各所に配置されたナイト級まで含めれば、総数五百機を数えるやり過ぎなまでの戦力を有している。

 気持ちは分からないでもない。迷宮内のミルメコレオが地上に侵攻してきた場合、この王城こそが人類の護りの要となるのだ。どれだけ戦力を増やしても過剰ということはないだろう。

 だがしかし。これまでミルメコレオが大挙を成して地上に現れたという話もまた、皆無であった。下水やら地盤の工事の際、誤って迷宮内部に繋ってしまう事故もあるにはあったが、大抵は低層の雑魚が数匹現れるのみで、功名心に飢えたガーズの連中に簀巻きにされて一巻の終わりである。

 そもそも。

 前人未踏の人外魔境に強襲、潜行。不倶戴天の仇敵どもをバッタバッタと討ち倒し、未知なる財宝をたんまりと持ち帰る。アルゴスは、ただそれだけのために特化した専用機なのだ。手塩に掛けた愛娘が、愚にもつかない主戦防衛を旨とするガーズ風情の手に亙り、格納庫の隅っこで誇りをかぶる羽目になるだなんて、どっちらけもいい所である。

 尻を眺め続けているのにも飽きて、リィは身が細るようなため息をつく。

 疲れた。

 本当に、疲れた。

 毎日毎日血の小便が出るような苛酷な仕事をこなした分、王家からは慰謝料込みで十年は遊んで暮らせるだけの報酬をぶんどっている。ここいらで長い休暇を取るのもいいかもしれない。昼間っから酒をかっくらって、泥のように寝て暮らすのだ。おお、なんと素晴らしき怠惰な生活であることか。

 ――つってもなぁ……。

 憧れこそするものの、こちとら浮いた話の一つもない独りやもめである。これで仕事すらも手を抜いてしまえば、それこそ引かれ者の小唄も歌えやしない。

 それに、あくまで、あくまで喉元過ぎればの前置きつきではあるが、いい勉強にはなったと思う。自分ほどの年齢で、これほど大規模なプロジェクトをこなした者はそうはいない。矢でも火炎放射機でも持ってこいや。それぐらいの優越感は持っていても良いはずだ。

 そう無理矢理気味に気分を入れ替え、這い寄ってきた睡魔を飛ばそうと伸びをしたところで――

「――なっ!?」

 突然、視界が揺れた。

 椅子から転げ落ち、尾てい骨を強かに強打した直後、更なる衝撃が広場を襲った。

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