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第三話


 彼女――クレア=カンパネルラは現在いま、そこはかとなく困っていた。


 またもクビである。当初から大丈夫かにゃあ、と不安に思っていたのだが、悪い予感というものは往々にして当たって欲しくない時に限って当たってしまうものである。

 にゅーん、と眉を八の字に曲げた困り顔ながらも、その足取りはあくまで軽く、石造りの階段をすいすいとのぼっていく。

 今回の解雇理由もまた、例によって例の如く「機体運用における耐久限界速度の意識差」とのことだった。

 クレアの担当するポジションは、『アントワーカー』のアキレス腱――『操脚士ドライバー』である。

 そんじょそこらのへっぽこドライバーなどメではない。操脚技術だけに関していえば、ベテランドライバーと比べても引けは取らないという自負がある。事実、スコアシートの数値だけを見れば、毎月頭に発表されるギルド公式技能値番付ランキングでも十二カ月連続でベストテン内に食い込んでいるほどだ。

 だが。

 どうやら、自分の操縦は他のドライバーと比べて些か荒っぽいらしい。

 事前にきちんと忠告して、余裕がある時はなるべく抑えるように意識しているのだが、それでもクレアが操るアントリオンに乗った連中は、探索が終わるやいなや仲良くトイレに駆け込み便器を抱えてげーげーやりだすのである。

 皆は口を揃えて「聞いてないよ」「殺す気か」「訴えてやる!」とブーをたれるのだが、でもにゃあ、とクレアは思う。ああでもしないと撃たれてしまうし、こちらも撃てないではないか。

 そう進言したところ、今回「我こそは」と名乗りを上げたコロニーのリーダーはうっぷ、と迫り上がってくるものを飲み込んでから、

 ――わ、悪いがオレらはギブアップだ。アンタみたいな“速度狂”には付き合いきれねぇ。

 やっぱりにゃー、と馴染み深い落胆を覚えつつも、クレアもいつもの台詞でもって応じる。

 ――ごめんねえ。一応、五割程度に抑えたんだけど……。

 謝罪を聞いたリーダーは、引きつった笑みを浮かべたままそそくさと退散していった。

 むにゅう、と唇をアヒルの如く曲げつつ階段を上り切る。

 直後、何者から逃げるように走ってきた男が、階段の目の前でいきなり足をもつれさせた。

 絶叫とともに階段を転がり落ちて行く不運な男の無事を祈りつつ、クレアは歩みを再開する。

 また乗せてくれるトコ探さないとにゃあ、と思う。面倒だにゃあ、とも。正直なところ、自分はアントリオンに乗れさえすればそれで良いのだが、人間それだけで生きていけるはずもない。食う寝る遊ぶ、なにをするにもお金は要るのだ。

 かくなる上はさらに手を抜くしかないのだが、それで撃破されてしまっては本末転倒のような気もする。誰だって好き好んで死にたくはないだろうし、クレアにも一応のプライドというものがある。今は亡きお婆ちゃん《グラン・マ》も言っていた。『自分を安売りするような女にはなるな』と。

 まぁ、悩んでいてもしょうがない。どれだけ思い煩おうとも、なるようにしかならないのもまた人生である。

 ――にゃんとかなるなる!

 思い、きれいさっぱり気持ちを切り替えたところで、ぴたりと足を止めた。

 左前方より、なんとも騒がしげな雰囲気。生来の好奇心が疼く。人込みをするすると抜けて、騒ぎの中心地、中央公園へと足を踏み入れる。

 理由は、すぐに判明した。

 広場中央、脚を縮めて蹲る巨大な機体。言わずもがな、アントリオンである。

 機体を支える脚部の太さから察するにビショップ級。おっきなクモにぶっといツノをくっつけた可愛らしい見た目だが、装備ついてる獲物がもの凄い。

 兵装重量と運動性能とが芸術的なバランスで組み合わされた六つの脚部は、すべて深層でしかお目にかかれない灰霊蒼穹色グレイブルー磁界反射装甲マグネティカで覆われている。機体背面からのぞく六角孔造ハニカムブースターも馬力がありそうで、この調子だと冷却装置ラジエーター周りも期待できそうだ。

 どうやらこいつがお祭り騒ぎの原因らしい。機体の前で、えっちいカッコのおねーさんがスペックを読み上げている。なるほど確かに、史上初の三大工房共同開発と謳っているだけはあり、何から何まで最新式の豪華に過ぎる内容であった。気になるお値段、ずばり三億タラント。もはや呆れるを通り越して清々しい。どこの誰が、一生遊んで暮らせるだけの大金をアントリオンなどに費やすというのか。

 ――いいにゃー。こんなの全力で飛ばしたら気持ちいいだろーにゃー……。

 憧れこそするものの、こちとら自他共に認める筋金入りのじゃじゃ馬である。金もコネもありゃしない。いつか乗れるといいにゃあと淡い期待を胸に、クレアはぐるりと踵を返す。

 どっかで甘いものでも食べようと、広場を後にしようとした所で――

「――うにゃ!?」

 突然、視界が揺れた。

 全身の毛を逆立てて、弾かれたように警戒態勢を取った直後、更なる衝撃が広場を襲った。


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