第二話
彼女――ステラ=ファゼーロは現在、深く反省していた。
またクビになってしまった。今度こそ、と細心の注意を払っていたのにもかかわらず。
思考に脳のリソースの大半を割いているため、足取りはこれでもかというぐらいに遅く、ふらふらと頼りない。ともすれば、行き交う人波に押し流されてしまいそうである。
今回の解雇理由もまた、例によって例の如く「情報伝達における搭乗員との意識齟齬」とのことだった。
ステラの担当するポジションは、『アントワーカー』の攻守の要――『監視者』である。
今は亡き父が小規模ながらコロニーのリーダーを務めていたこともあり、幼い頃からアントリオンに触れる機会には恵まれていた。おかげで電子情報戦における各種高速操作に加え、極々短時間ではあるが三百六十度死角無しの『全天球視界』まで展開できる。
だが。
自分にはいかんともしがたい悪癖があった。いざ迷宮探索の段となると、それがどんなに取るに足らぬ情報であっても、逐一同乗者に報告しなければ気が気でないのだ。
結果、ミルメコレオとの交戦中に十重二十重に情報表示枠を展開された仲間たちは盛大に混乱、危うく被弾するところであった。
幸い、既に確保してあった六つの退路のうちの一つから脱出できたからいいものの、仲間たちからの非難はひどいものだった。経験上、一旦こうなってしまっては関係修復は難しい。
しかし、ステラにも譲れぬ線というものがある。
注意一瞬、怪我一生。たとえどんなに些細な情報であっても、それが原因で致命的な事故に繋がるかもしれない。
そう提言したところ、今回ステラを仲間に加えてくれたコロニーのリーダーは、困ったように眉を寄せてこう言った。
――アンタ、本当に“心配性”なんだねぇ……。
そうざっくりまとめられては、こちらとしても返す言葉も無かった。
――短い間でしたが、お世話になりました。
反射的に辞意を伝えると、リーダーは渡りに船とばかりに別れの言葉を口にしたのであった。
ふぅ、と小さくため息をついた直後、前方、何者から逃げるように走ってきた男に突き飛ばされた。硬い石畳に打ち付けた尻の痛みに耐えつつ、謝りもせず駆けていく男の背に、たっぷりと呪詛の念を送りつける。
衝撃でズレた眼鏡の位置を直しつつ立ち上がり、己が不覚を恥じる。先程リーダーに進言した主張を、さっそく我が身でもって証明してしまった。
同時に、やはり自分は間違ってはいないと強く思う。咄嗟の判断が生死を分ける迷宮内部でこそ、ありとあらゆる事態を想定して行動せねばならない。それこそが、搭乗員全員の命を預かる『オブザーバー』たる者の矜持ではないか。
しかし。
やはりというか、物事には程度というものがあるのかもしれない。口下手な自分の代わりに、八方手を尽くしてコロニーを紹介してくれた先輩の顔まで潰してしまった。
近いうちに謝罪に行かねば、と思う。思うのだがしかし、考えただけで気が重くなる。またぞろ誠意という名の御題目をたてに、過度に肌を露出した、ヒラヒラした妙な格好を強要、写真撮影を行いつつ「もえ」だなんだとはしゃぎ回るに決まっている。
とはいえ、あれこれ世話を焼いてもらっているのもまた事実。甘んじて受け入れざるを得ない。
そこまで考えたところで、ふと顔を上げる。
どうやら思考に没頭しているうちに人波に流されてしまったらしい。自宅に戻るつもりが、気付けば大勢の人出で賑わう中央公園にいた。
はて、と疑問に思う。つい先日収穫祭も終わったばかりだというのに、他に時節の祭などあっただろうか。
理由は、すぐに判明した。
広場中央、準待機態勢で伏した巨大な機体。言わずもがな、アントリオンである。
機体側面に描かれた三日月のシンボルから察するに僧正級。巨大な蜘蛛に無理矢理角を生やしたような奇妙な外見だが、よくよく見れば装備が凄いことになっていた。頭部中央に配された巨大な独立瞬眼のほかに、カタログでしか見たことがない散式七眼球。その他にも、機体のあちこちから産毛の如く各種センサー群が生え出しているが見て取れた。
どうやらこれがお祭り騒ぎの原因らしい。機体の前面で、やたらと露出の多い格好をしたコンパニオンの女性が機体性能を読み上げている。なるほど確かに、史上初の三大工房共同開発と謳っているだけはあり、何から何まで最新式の、豪華に過ぎる性能であった。プライスはまさかの三億タラント。狂気の沙汰だ。そもそも、三億も稼げる奴は命を賭して迷宮に潜る必要などないではないか。
――どちらにせよ、私には関係のない話……。
憧れこそするものの、こちとら行く先々のコロニーを転々とする根無し草である。一人でアントリオンを動かせるはずもなし、とステラはぐるりと踵を返す。
兎にも角にも先輩に謝罪せねばと思いつつ、広場を後にしようとした所で――
「……っ!?」
突然、視界が揺れた。
王都では珍しい直下型地震か、と周囲に視線を走らせた直後、更なる衝撃が広場を襲った。