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エピローグ

 アラクネとの死闘から、一週間が過ぎた。


 迷宮第八層、『硝子ノ坑道』c5区画。

 そこかしこから生え出した剣山の如き硝子の塊の影に、六つ脚を折り畳んだアントリオンが蹲っている。

 機体側面に描かれた三日月の意匠はビショップ級の証。巨大な蜘蛛に角を生やしたかのような奇妙なシルエット。

 言わずもがな、アルゴスである。

「ひー、ふー、みーの……。ああ、クソ忘れてた! キング・ネーブルの支払いも今月か!」

 機内、ルトはガリガリと乱暴に頭を掻きつつ、データフレームをとっかえひっかえ試算をやり直す。眉根を寄せてぐるぐると唸るその姿は、空腹の猛獣そっくりであった。

 そんな不機嫌極まりないリーダーに対し、ドライバー・シートから眠たげな声が上がる。

「ねールトぉ、いーじゃんさもーささっと奥潜ってばばっと稼いじゃえばさー」

 暇を持て余したクレアの提言に、ルトは「アァ!?」と泣く子も黙るような低い声音でいらえを返し、

「ンな簡単に稼げる額じゃねえっての! ったく、維持・管理メンテナンス費だけでも火の車じゃねえか。オッサンの野郎、ンなこと一言も言わなかったってのに……」

 パチパチと架空の算盤を弾きながら舌打ちを連打するリーダーに対し、ステラは毎秒ごとという神経質しつこさで熱・波・磁の三重索敵を行いつつ、

「当然と言えば当然。三大工房の粋を極めた特注品。気安く扱える代物ではない」

 冷ややかかつ正論極まりない切り返しに、ルトはううむと唸る。

 確かに、セン爺を筆頭とする腕っこきのコンストラクター・チームでなければ、アルゴスを連日のように運用するなどという無茶は出来ないだろう。

 現状、迷宮に潜るだけでも金がかかる。一度潜ったからには最低限メンテナンス費だけでもひりださにゃあならぬ。

 何か根本的な解決方法はないものか、とルトは考え、考え、長い黙考の末、ぽつりと、

「……今からでも、返品するってワケにゃいねえかな……?」

 直後、レシーバーから「ガーン!」というなんとも分かり易いSEが鳴り響く。

【ひ、酷い! 散々私の身体を玩んだ挙句、飽きたらあっさり捨てるつもりなんですか……!?】

 よよよ、と泣き崩れるサキをスルーし、ルトはでっかい溜め息を前置き、

「――ああもう面倒臭え。クレアの案を仮採用」

「にゃひ! そうこなくっちゃ!」

「つっても、そんな奥まで潜らねえぞ? ステラ、サキ。残り目標額と安全マージン照らし合わせて、潜れる限界は?」

 指示に、瞬きの間に返答が来る。

「第三十三層『歯車墓所』を提案」

【先のプラント殲滅戦以後、管制かんせいレディバグ、爆撃ばくげきホーネット等の航空系資材が足りないらしく、城下うえでも高騰傾向にあるようですね】

 相も変わらず撃てば響くような応答に、若干ながら気分も上向いてきた。

 不景気な数字ツラしたソロバンをうっちゃり、うっしと気合一発。

「おっけ。それでいこう!」

「にゃっしゃら脚上げんよー!」

 アルゴスが立ち上がる。がっしゃがっしゃと多脚を動かし、己が狩場へと向かう。

 

 こうして、彼女たちはアルゴスとの出会いを果たした。

 しかし、物語はまだ始まったばかりである。

 幾多の激戦の果てに、いずれ前人未到の迷宮踏破を成し遂げるかもしれない。

 研鑽を積み、知識を高め、幸運の女神に愛されて、それぞれの目標を達成するかもしれない。

 はたまた、ほんの些細な失敗で全滅の憂き目を見ることになるかもしれない。

 実力が足りず、無知が災いし、疫病神に付きまとわれて、夢破れる日が来るかもしれない。

 つまりは、人類が今日まで行ってきた日々の営みと同様に。

 明日の事は、誰にも分からない。

 だが。

 思いを胸に歩み続ける者にしか、望む未来を得ることはできないのだ。

 いずれ来るその日まで、彼女たち――“働き蟻たち《アント・ワーカーズ》”の戦いは続く。


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