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第二十一話


 放たれた砲弾が、今まさにシャドウ・チェイサーの装甲に食い付かんとしていた拘束スパイダーの頭部を、根元から吹き飛ばした。

 砲音の残響が波紋の如く広がっていく中、ぴたりと群れ全体の動きが停止する。

 止まってしまった時間の中で、唯一、アラクネだけが動く。

 巨大な眼球が、こちらを見据えた。

 頭部から生え出した裸婦が、しなを作り、口元に手をやって楚々と笑う。

 ついで、主に追従するかの如く周囲の拘束スパイダーが顎門を鳴らし始め、

 がち。

 がち。がち。

 がち、がち、がち。

 がちがちがちががち。

 がちがちがちがちがちがちがちがち――!

 時雨になって降り注ぐ顎門の哄笑が、下腹に響く騒音と化してルトたちを叩く。

 アラクネまで、直線距離にしておよそ五百クービット。行く手を阻むのは百機を越える夥しい数の拘束スパイダー。彼我の戦力差はいっそ比べるのも馬鹿らしいほど。加えて、雨霰と降り注ぐ糸の一本にでも掠ったらそこで終わりという、涙が出るような悪条件。

 わずか一秒の休息も、ほんの一瞬の瞬きも、たった一度のミスも出来ない――刃の上を全力疾走するような無謀な賭けだ。

 それでも。

 深呼吸を一つと半、今や百を超える群れの最奥に位置するアラクネを睨み付けながら、ルトは叫ぶ。

「行くぞ!」

 号令と共に、アルゴスが地を蹴った。

 ステラが全センサーをフル稼働でブン回す。フロアに存在する全機体の位置情報・射程距離・砲戦範囲を把握した上で、サキの援護を受けて最短ルートをリアルタイムで演算、表示する。

 常軌を逸した速度で消えては現れ消えては現れるルートに、クレアは一切の躊躇いも無しに突っ込んでいく。眩暈がするほどの速度で減っていく推進剤を歯牙にもかけず、稲妻の如き連続跳躍で電撃強襲機動ペネトレイトを繰り返す。

 囲いの最前線に突入。ルトは最も手近に存在する拘束スパイダーを狙い、撃つ。撃破。射撃反動を逃さず旋回した先に再度敵機。狙う、撃つ、撃破。加速した先にターゲット。狙う。撃つ。撃破。

 索敵をステラに、進攻をクレアに任せ、ルトはただ一撃で敵を仕留めることだけを考え、トリガーを引き続ける。

 狙う。撃つ。撃破。

 狙う。撃つ。跳ぶ。

 狙う。撃つ。躱す。

 狙う。撃つ。装填。

 狙う。撃つ。進む。

 狙う。撃つ。旋転。狙い、撃つ、前へ。

 狙い、撃つ、損傷。狙い。撃つ、軽微。狙い、撃つ。前へ。

 狙い、撃つ、撃破。狙い。撃つ、前進。狙い、撃つ、撃破。狙い、撃つ、前へ、前へ、前へ――!

 未だ捕縛されたままのワーカーたちが、異常に気付く。

 熾烈極まる蜘蛛糸の奔流の中、しかしアルゴスは襲い来る全てを回避、撃破しながら、確かに前進していた。

 たとえ機体は動かせずとも、センサーの類は生きている。少しでも三人に掛かる負荷を軽減せんと、各コロニー総出で情報取得の補助へと回る。

 僚機の援護を受け、アルゴスの機動が目に見えて加速。

 遂に、アラクネの刃圏内へと踏み入る。

 即座に飛来する右手指、五連の刃を、アルゴスは地を這うようにして潜り抜けた。

 無論、それで終わるはずもない。アラクネが残る左手を薙ぐように振るい、返す動きで右手の先行分を背後より追わせる。

 前後左右上下、十の死線から成る三百六十度不可避の檻に捕らわれたアルゴスは、それでも進撃を停めようとせず、

「――ううぅぅっ、にゃあっ!!」

 クレアが雄叫びと共にコマンド。六角孔造ハニカムブースターを全開に、アルゴスが斜め前方へと跳躍する。緩い右回転の掛かった機体の右の前脚、左の後脚を半ばから切り飛ばされながらも残った四つ足で着地、左手の返しが来る前に最後の大加速。

 もはや遮るものは何も無い。無防備な統率個体目掛け、ルトが照準を合わせる。

 だが。

 蜘蛛の女王は、まだ鬼札を隠し持っていた。

 倒れ込むように前方へと身を投げ出し、三日月の如く前進を撓ませる。

 空中、身動きの取れぬアルゴスに対し、アラクネの腹部から射出された単分子モノフィラメントの網が、放射状に解け広がる。

 目に見えぬ死神の網を前に、クレアが驚愕に目を見開き、ステラもまた回避不可能と判断し身を強張らせる。

 ただ一人、ルトだけが引き金に指を掛けたまま、

「お、」

 撃つ。

 放たれた弾丸が、肉眼では視認さえできないはずの微細なワイヤーを捉えた。

 銀、と澄んだ音を立てて、糸が弾ける。

「おお、」

 間髪入れず撃つ、撃つ、撃つ。

 銀、銀、銀と次々にワイヤーが弾かれ、

「おおおおおお――」

 絶対に、負ける訳にはいかない。

 自分を信じて命を預けてくれた皆の為に。

「――っりゃあッ!!」

 ――駕銀ッ!

 最後の一本が弾け飛ぶ。

 機体が突破できるだけの範囲に限定したとはいえ、一瞬で、しかもシステムアシストも無しに数十のターゲットを漏らさず打ち抜くという気違い染みた難度の射撃を決めてアルゴスは着地。

 過度の集中の対価として、脳に幾本もの釘を打ち込まれるような激しい頭痛に苛まれながらも、ルトは構わず照準を開始。

 色が失せ、音が消える。

 呼吸さえも止まり、世界と隔絶される。

 ――否。

 隔絶された世界の中で、ルトは確かに仲間の鼓動を感じる。

 残弾数、一。

 電磁投射雷砲テスラレールをマウント。

 高分子複合体フォルトゥナが膨大な電力を供給。

 網膜に画かれる必中の軌跡。

 青褪めた胸部、アラクネの心臓に狙いを付けて、

「――釣りは要らねェ。とっときな」

 発射されたケースレス・バジリスク弾が、アラクネの胸部ジェネレーターに風穴を空けた。

 一瞬の静寂、

 後、

 長い金切り声を決着の合図として、死闘は幕を下ろした。

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