第十九話
事前の打ち合わせ通り、ルトたちが発見したポイントに陣取り、かさ張る荷物も物ともしないルーク級二機がステルス・エフェクトを全開に、集合波を発信し昇ってきたエレベータ内に溜まっていた有象無象をやり過ごした上で、一同は改めて呼び戻したエレベータに乗り込んだ。
巨大な扉の前に、計八機のアントリオンが並び立つ。
【ユニオン・リンク確立。今作戦のナビゲーターを務めさせて頂きます、対機甲械獣砲戦独立型汎用支援ユニット、パーソナルネームをサキノハカと申します。各参加コロニーのリーダーは、コロニー名と機体識別名称をお願いします】
【〈クリス・クレスト〉、了解。踊るよ、アイリス】
中央のルーク級、巨体とは裏腹に優美ささえ感じさせる白銀の機体が軽やかに応じ、
【〈斬鉄〉、委細承知。刈るぞ、八葉七花】
左翼前衛、唯一のナイト級ながら、触れるもの全てを斬り伏せんばかりに鋭角的なフォルムの機体が答え、
【〈フルメタル・コロッサス〉、了解した。進撃せよ、ダークスティール】
中央後衛に鎮座するルーク級、八機の中で最も巨大且つ堅牢な装甲を誇る機体が号令を発し、
【〈クゥ・ルー〉、オッケイ。気楽にいこうか、タスラム】
右翼前衛、ビショップ級、玉虫色の装甲と流線型のシルエットが特徴的な機体が返答、
【〈プラグマ〉、あい・さー。仕事だ、ローレンテック】
同じく右翼後衛のビショップ級、カニを模した子供向けのオモチャのようにどこかユーモラスな外装の機体が踵を鳴らし、
【〈スパルトイ・ボックス〉、合点だ。暴れんぜ、ドラゴン・トゥース】
中央前衛、ビショップ級、見るからに火力重視の武骨な機体が気炎を上げ、
【〈ナイト・シェイド〉、I・C。稼ぐぞ、シャドウ・チェイサー】
左翼中衛、ビショップ級、暗がりに溶けて消えるような宵闇色の機体が主砲を掲げる。
そして、隊列中央、最前線に位置するグレイブルーの機体が一歩目を踏み出して、
【……〈ネームレス〉、了解。行くぜ――アルゴス】
雪崩れ込むように前進を始めた一行の最後方、〈フルメタル・コロッサス〉有するダークスティールだけがその場に止まり、
【戦端を開く。歩みを止めるなよ】
五つ脚を踏ん張り、束ねた煙突の如き三連砲を扉へ向ける。
どぅん、と下腹に響く発射の号砲はほぼ同時、一番足の速い楔形のグリフォン・ウォーピック弾が扉の中心部に突き立ち、次に届いた円筒型のサイクロプス・モノハンマー弾が、楔を深く、根元まで打ち込む。
びしり、と亀裂の入った扉に、最後に到達した巨大なベヒモス・トランプル弾が着弾、分厚い扉を粉々に粉砕した。
【ゲートの開放を確認。ドローン、射出】
サキの指示に従い、スカウトが放たれる。コクピット内では、各々のオブザーバーが解析を開始、ドローンの収集した情報はユニオン・リンクを介して全機に共有され、凄まじい勢いでマップが埋まっていく。
扉の向こうには、どうやら半円状のフロアが広がっているらしい。天井は高く、ドローンのセンサーではそれ以上の情報が入ってこない。
とりあえず奇襲や待ち伏せは無いと判断、全機がフロアへと進入する。その間にも、先行するドローンは着々と歩を進めており、
【――敵性反応有り!】
サキの報告に、全員が即座に臨戦態勢に入る。
【映像、出ます!】
テクノギアに、ミルメコレオの群れが映し出される。
全長はおよそ三十クービット。赤銅色の平べったい胴体に、ぷっくりと膨らんだ腹部と、外装こそ中層に広く分布する束縛スパイダーによく似ているのだが、大きさが二倍近くもある。これが九機。
そして、何より目を引くのが、
【……おいおい、こりゃあ何の冗談だ?】
誰かの独白が、リンク内に響く。
驚くのも無理は無い。折れ曲がった八つ足、膨らんだ腹部、ここまでは他の機体と同じ。しかし、決定的に違う箇所が一つ。蜘蛛の頭部に当たる部分から、巨大な女性の裸身が生え出しているのだ。
晒された青醒めた肌は、アルゴスと同じ灰霊蒼穹色。頭部にあるべき鼻や髪などの造形は無く、顔の大部分を占める巨大な血色の眼球と、真紅の唇があるばかりである。
【――ブリード・アーカイブスに該当する種別無し。ギルドの命名規則に従って、従属個体を「拘束スパイダー」、指揮個体を「絡新婦ノ后妃、アラクネ」と識別します。機体性能、所持武装、行動類型、一切が不明。各員、ご注意ください】
サキの警告を受け、俄にリンク内が騒がしくなる。
【この土壇場で、新種発見ときたもんだ】
【運が良いやら悪いやら……】
【さァて、どうする?】
【どうするもなにも、戦るっきゃないっしょ!】
【作戦は?】
【セオリー通り、指揮個体の動きに注意しつつ従属個体を優先的に処理する】
【まずは手足をもいでから、ってか】
【いぎなーし!】
【了解!】
【従属個体のナンバリング完了!】
【各々方、油断めさるな!】
応答と共に、全機が動く。指揮個体と従属個体の群れを取り囲むように、鶴翼陣形・突撃砲戦を展開。対するミルメコレオも、指揮個体が、文字通り指揮者のように両腕を掲げ、
【――行くぞ!】
号令と共に、死闘の火蓋が切って落とされた。
直後、拘束スパイダーがゴム毬の如く跳躍した。
ワーカーたちが空中、無防備な獲物に照準を合わせるも、トリガーを引くより速く、拘束スパイダーが機体を撓める。
腹部先端から放射状に射出された糸は、もちろんただの糸ではない。迷宮素材を原料とする合成繊維で、弾性、強度に優れ、特殊な粘着物質を含みよく粘る。触れたが最後、大幅に機動性を削ぐ死神の糸だ。
幾筋もの蜘蛛糸が殺到する中、ワーカーたちは構わず砲撃を敢行。砲火が轟き、爆炎が視界を埋め尽くす。
【従属個体、05の撃破を確認】
僚機の被害を歯牙にも掛けず、噴煙の中からなおも伸び来る糸を躱し、アルゴスは手近な拘束スパイダー、さらには背後に位置するアラクネに狙いを付ける。
ずだだだだだ、と猛烈な勢いで左右の五指感圧式操縦盤を操作しつつ、ステラは言う。
「迫撃砲戦を推奨。ルート甲、乙、丙を提示」
「うにゃにゃ!」
応答と共にクレアが踊る。獲物を前にして猛り狂う野獣の如く、異国の祭事にて乱れ舞う踊り子の如く、四肢を駆使してアルゴスと同化する。
一歩を踏み出した次の瞬間には、線だけで構築された世界に引きずり込まれる。ブラックアウト寸前の電撃強襲機動。急激に狭まる視界の中、ルトはありったけの集中力をかき集める。
色が消える。音が消える。直線だけで象られていた風景が実像を取り戻し、時間が蜂蜜の如く粘性を帯びる。
視線の先、彫像と化した拘束スパイダーに照準を合わせる。事ここに至っては、もはや雑魚に用は無い。一撃で仕留め、続く二の矢で背後の本命を狙い撃つ。
一撃必殺の戦意を燃やし、引き金に手を掛ける。
瞬間、ぞわ、と正体不明の寒気が背を走り、
「――下がれ!」
咄嗟の叫びに、クレアは即応してみせた。
胸部に折り畳まれた機外作業用隻腕を地面に叩きつけるようにして無理矢理慣性をねじ曲げ着地、機体が軋むほどの急制動を溜めとして後方へ大きく飛び退く。
直後、閃光が発生。爆音、衝撃、熱風の順に機体を叩き、
――今のは……!
集中が解ける刹那、ルトは確かに見た。
レティクルの中、背後に位置するアラクネが払うように右腕を振るった次の瞬間、拘束スパイダーが輪切りにスライスされていた。
――あれは、多分――
ルトの推測を、ステラが引き継ぐ。
「……おそらく、単分子フィラメント。アラクネの人体部、両手の五指から射出されたと思われる」
線全体が単一分子で構成されたこの糸は、肉眼は勿論センサーに依っての視認も難しく、十力金剛と同等の強度を誇る。切れ味は見ての通り、いかにアルゴスとはいえど、無事では済まない。
もうもうと上がる噴煙の中から、追撃の死線が飛来。ステラの警告を浮けたクレアが左方へと跳躍、紙一重で回避するも、これでは迂闊に近付くことさえ出来ない。
【足止めさせて、手下諸共ってか?】
【ずいぶんと仕え甲斐のねえお姫サマだ】
【だが、その慢心が命取り】
【ちぃっとばかし時間稼げるか? ルーキー】
尋ねに、ルトはトリガーを引く事で応答とする。
アラクネの頭部、巨大な眼球を狙った弾丸はしかし、射線に割って入ってきた拘束スパイダーに命中し不発に終わる。
【従属個体、02の撃破を確認】
【ヒュウ!】
【なっかなかやるじゃねえの】
【ルーキーに遅れを取るな!】
【こやつら、数は多いが――】
【大した脅威では無い!】
頼もしい言葉通り、ワーカーたちが攻勢に転じる。
流石は一騎当千の猛者と言うべきか、砲火が轟く度に撃破の声が響き連なり、ついには九機いた拘束スパイダーを残らず平らげて、
【さァて、残るは!】
【――親玉一匹!】
全機の照準がアラクネに集中する。ルーク級を含むアントリオン八機によるオーバー・クロス・ファイア。いかに堅牢なミルメコレオであろうとも、無事で済むはずがない。
誰もが勝利を確信した、
――その時であった。
【上方より敵性反応!】
サキの警告に、全員の動きが停止する。




