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第一話

 彼女――ルト=シグナレスは現在いま、とてつもなく機嫌が悪かった。


 またクビになった。今年に入ってまだ半月も経っていないというのに、既に三度目の解雇通告である。

 内心の苛立ちをそのまま地面にぶつけるように、どすどすどすと重い足音を立てつつ歩を進め、ルトはぐつぐつ煮立った頭で考える。

 今回の解雇理由もまた、例によって例の如く「対機甲械獣砲戦略上における見解の相違」とのことだった。

 ルトの担当するポジションは、『アントワーカー』の花形――『砲撃手ガンナー』である。

 自分で言うのもなんだが、多少は腕に覚えもある。ギルドから発行される個別詳細戦績スコアシートを見た砲戦猟団コロニーの連中も、まずは記載された命中率の数値を疑い、実際に射撃訓練でやってみせると、手の平を返したように態度を改めたほどだ。

 だが。

 現状、対機甲械獣砲撃戦略の主流は「索敵限界の見極め」、「相対距離の充分な確保」、「弾幕による目標殲滅領域キルレイヤーの展開」でほぼ確立してしまっている。

 要するに「相手に気付かれないようにこっそりと」、「すぐには反撃されないような場所に位置取り」、「兎にも角にも撃ちまくれ」という、なんとも消極的かつ浪費の激しい戦法なのだ。

 それでもまぁ、前者二つは理解できる。いくら短気なルトとはいえども、ミルメコレオと西部劇よろしく真っ向から撃ち合いなんざしたくはない。勇気と無謀の違いぐらいは理解しているつもりだ。

 それにしても、最後の一つはいかがなものか。

 いくら反撃が怖いからといって、過剰砲撃オーバーキルではこちらの出費も嵩むし、こちらの戦利品とりぶんである外殻装甲や内部回路の価値も激減する。

 たった三発の砲撃で倒せる相手に、何十発もぶち込む必要は無い。

 そう提言したところ、今回契約したコロニーのリーダーは、苦笑を浮かべてこう言った。

 ――なるほどなるほど、こいつァ噂通りのドケチ”だな。

 カチンときた。確かに女だてらのアントワーカーは珍しいし、数少ない同業の友人からも噂になっているとは聞いていたが、面と向かって言ってくる奴はそいつが初めてだった。

 気が付いた時には、口が勝手に動いていた。

 ――ヒトのケチにケチ付ける前に、テメェのノロマな操脚技術でも磨いたらどうですか?

 あとはもう売り言葉に買い言葉、切った張ったの大立ち回りの末に、クビを切られて一巻の終わりである。

 ああもう、思い出しただけでも血圧が上がる。すれ違いざまに肩がぶつかったチンピラ風の男が何か悪態をつきかけ、ルトの凶相を見た途端一目散に逃げ去っていった。

 フン、と鼻息一発。まぁいい。あんなコロニー、こっちから願い下げである。ああいう手合に限って、機体整備に小銭を惜しみ、些細なミスを連発、自ら招いた万が一の果てに事故って全滅したりするのだ。ざまぁみやがれ。

 しかし。

 頭に上っていた血が下がってくると、今度は現実を直視せねばならない。

 食費や光熱費など生活費に加えて、延ばし延ばしにしている例の支払いもある。友人知人への借金返済もあり、家計もはや火の車どころの騒ぎではない。

 一刻も早く安定した収入源を確保せねば、と心に決めて、どうにかこうにか契約までこぎつけたのに。たらればを振り返るような性分ではないが、今度ばかりは己が短気が恨めしい。

 身が細るような深い溜め息をひとつ吐き、思いっきり吸ったところで、はたと気付く。

 どこからか漂ってくる、暴力的なまでに濃厚なソースの匂い。ルトはスンスンと鼻を鳴らしつつ、獲物を狙う肉食獣が如く周囲を見回す。

 見つけた。人波の向こう、中央公園の外周を取り囲むようにしてずらりと屋台が並んでいる。タコ焼き、焼きソバ、お好み焼きなどなどなどなど、蠱惑的な文言がそこかしこに踊っている。きゅぅ、と腹の虫がか細い悲鳴を上げる。思えば、節約のため昨日の昼から水しか口にしていなかった。

 フラフラと広場へ足を踏み入れ、ハッと我に返る。道中、どうもいつもより賑わっているな、とは思っていたものの、改めて一体全体なんの騒ぎかと原因を探る。

 理由は、すぐに判明した。

 広場のど真ん中、派手な飾り付けの下に鎮座する巨大な機体。言わずもがな、アントリオンである。

 機体側面に描かれた三日月の意匠から察するにビショップ級。どでかいクモに角を生やした奇天烈なナリだが、装備がもの凄い。特徴的な角にあたる部分――聳える尖塔の如き大口径の主砲の他にも、側部には並列三対の半球砲塔、前脚の砲撃肢にもミサイルポッドが増設されている。腹部に接続されたカーゴキャリアもやりすぎなぐらい拡張されおり、小型のミルメコレオならそのまま載せて運べそうだ。

 どうやらコイツがお祭り騒ぎの原因らしい。機体を背に、きわどい格好をしたコンパニオンが場違いなまでに明るい声でスペックを読み上げている。なるほど確かに、史上初の三大工房共同開発を謳っているだけあって、何から何まで高品質な豪華に過ぎる武装内容だ。価格はなんと三億タラント。アホか。誰が一般的なワーカーの生涯年収に近い額をポンポン出すいうのか。造った奴の顔が見てみたい。

 ――まぁ、アタシにゃあ一生縁の無ぇ話か。

 こちとら今夜の飯にも困っている一文無しである。かれた餅見て腹が膨れる訳でもなしと、ルトはぐるりと踵を返す。

 当面の資金繰りに頭を悩ませつつ、広場を後にしようとした所で――

「んなっ!?」

 突然、視界が揺れた。

 すわ地震か、と身を低く即応できるよう身構えた直後、更なる衝撃が広場を襲った。


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