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第十七話


 地上へ戻るや否や、ルトたちは行動を開始した。

 自分たちだけでは、あの扉の向こうに待ち構えているであろうガードナーを倒すことは出来ない。

 ならば、どうする。

 簡単だ。こちらも仲間を募り、火力を底上げすれば良い。至極単純な話である。

 問題は、誰に声をかけるかであった。

 戦力は多いに越した事はない。しかし、頭数を増やせば増やすほど報酬は分配され、ルトたちの取り分は少なくなる。

 残り時間は二日。もはや手段を選んでいる場合ではない。

 ステラの知り合いが所属しているという大手コロニーを筆頭に、セン爺のツテを頼り、リィに腕利きに心当たりはないか尋ねて回った。

 多過ぎず、かつ腕に覚えのある者。声を掛けるにあたってルトが提示した参加条件はなかなかに厳しいもので、加えて決行は明日ときたもんだ。何から何まで急な話で、旗を振るのは問題児揃いの新米コロニーである。我ながら胡散臭いことこの上なく、最悪、人が集まらず時間切れという可能性もあった。

 だが。

 ルトの予想に反し、半日とかからず人員は集まった。

 一獲千金のチャンスに名乗りを上げたのは、ナイト級一機、ビショップ級四機、ルーク級二機の計七つのコロニー。

 明日の決行に際し、『角端亭』にて顔合わせ兼打ち合わせが行われる運びとなった。


  ◇ ◆ ◇


 二階の一室をまるごと貸し切りに、室内には男女合わせて二十一名のワーカーが集まっていた。

 初めに、各々のリーダーが己がコロニーの簡潔な紹介を行うことになったのだが、ここでアクシデントが発生した。

 ぐるりと番が巡った最後、この会合の言い出しっぺであるルトたちにお鉢が回ってきたのだが、忙しさにかまけ、未だコロニー名を決め兼ねていたのだ。

 さぁ弱った。いつものクソ度胸はどこへやら、こういう場面でアドリブに弱いルトは、懸命にこの難局を乗り切らんと頭を捻り、捻りに捻った挙句、見るからに切羽詰まった感じで、

「……ネ、〈ネームレス〉、です。ヨロシク」

 力いっぱい、「名無し」であると名乗った。

 場に、なんとも微妙な空気が満ちる。皆、互いに互いを盗み見て、ここは笑ってもいい所なのか探っているようだった。

 パニック寸前のルトが助けを求めて両隣に視線を向ければ、ステラは目を覆い天を仰ぎ、クレアも隠そうともせず溜め息をついていた。なんという薄情な。

 この恨みはいつか必ず、と復讐を誓いつつ、半ばヤケクソ気味に概要説明に移る。

 ルトはまず、自分たちが発見した警報クロウの特異行動と斜行エレベータについて、包み隠さず説明した。

 予め、サキを含めた全員で話し合って決めた事である。これといった交友も実績も無い自分たちの誘いに乗ってくれたコロニーに対する、ルトたちが示せる精一杯の謝意であり誠意であった。

 ルトたちに取ってはなけなしの切り札である。それなりのリアクションを期待していたのだが、反応は「あ」と「う」の中間といった感じの溜め息であった。

 聞けば、警報クロウ云々に関しては薄々感付いている連中がいるらしく、一部のコロニーでは既に解析を始めているという。当然と言えば当然だが、ルトと同じようにな推測をした連中が結構な数いるのだ。遠からずネタは割れ、全ワーカーに野火の如く知れ渡るだろうというのが、座を囲むコロニーの見解だった。

 それでも、今現在ルトたちが一歩リードしているのに変わりはない。

 話題は対ガードナー戦に移り、過去確認されたあらゆる特異種のデータを参照し、この場にいる全員のスコアシートを公開した上で、白熱した議論が交わされた。

 大まかな戦術が決まり、持ち込む弾種や弾数に始まりセンサーやデバイス等の兵装バランス、いざという時の退却の段取りまである程度まとまった所で、飯でもつまみながら細部を詰めようという事になった。

 先程の議論を上回る勢いで注文が乱れ飛び、待つことしばし。峻厳な山岳地帯を連想させる大量の飯と酒が並んだ所で、ワーカーたちは飢えた野獣の如く御馳走に躍り掛かった。

 あらかた山を崩し終え、各々一服がてら好き勝手に席を立ち雑談に興じる中、ルトたちの元にも訪れる者がおり、

「やぁ、子猫ちゃんたち」

 断りもなく空いていたルトの隣に座ったのは、銀髪の青年であった。長身痩躯に、まるで好みではないが女性に人気のありそうな整った顔立ち。葡萄酒の入ったグラス片手に、ばちん、とこちらにウインクを飛ばしてくる。

 見れば、ステラの隣にも妙に艶やかな美女が着席していて、

「ボクの名はカロン。“弓張月の射手サジタリウス”のカロンの方が、通りは良いかな?」

「同じく“瞬くは月のルナティック”のリンよ」

 なんとも芝居がかった自己紹介を受け、三人は顔を見合わせる。

「知ってっか?」

「さっぱり。聞いたこともにゃいにゃ」

「……知ってはいるが、まるで興味が無いと言った方が正確」

 呟き、ステラは身が細るような深い溜め息を前置いて、

「こちらの、ちょっと残念な感じの女性が、私の先輩」

 隣に座る美女を示しての言葉に、ルトはやべ、と大慌てで背筋を伸ばす。

 席を立ち、リンと名乗った美女に深々と頭を下げつつ、

「こ、このたびは急なお願いを快諾して頂き、まこ、真に有難う御座います……」

「あらあら、お礼を言うのはこっちの方よぅ。ちょっと前に機体のオーバーホールしたおかげで懐が寂しかったし……」

 それに、と心底嫌そうな顔のステラにずずいっと身を寄せて、

「誰あろう私のエトワールの頼み事ですもの。万難排してでも駆けつけるわ」

 「私の?」「エトワール?」と首を傾げるルト、クレアの視線を受け、ステラは貝の如くだんまりを決め込む。

「リン姐の言う通り。こんな可愛らしい子猫ちゃんたちの願いを無下にするなんて、嗚呼、ボクには出来ない――」

 きっちり斜め四十五度のキメ顔でポーズを取るカロンを華麗にスルーし、雑談に花を咲かせることしばし――予断だが、リンの漏らした「貴女たちも美味しそうだわぁ……」という意味深な台詞を耳にした瞬間、ルトとクレアは揃って原因不明の悪寒を感じた――リーダーである長髪の優男の招集を受け、二人揃って腰を上げる。

「それじゃ、明日はよろしくね?」

「チャオ、子猫ちゃんたち」

 別れ際に投げ寄越されたウインクをひょいと躱した拍子に、ふと思い出す。

 カロン・“ザ・スピットファイア”――ここ数年に亙りギルド公式の技能値番付ランキング上位にランクインしている一流のガンナーだ。まさか、あんな妙なノリの男だったとは。

 あんなでも、やはりというか腕は確からしい。〈クリス・クレスト〉の呼び掛けに応じて集まったコロニーは、誰も彼もベテラン揃いであった。ナイト級を操り深層を狩場とする凄腕コンビ〈斬鉄〉や、バウンティハンターランキング常連の大手コロニー〈フルメタル・コロッサス〉、同じく上位ランカーの〈クゥ・ルー〉、名うての傭兵団である〈プラグマ〉の姿もある。ルトたちだけの募集では、絶対に集まらなかったであろう豪華に過ぎるメンツだ。

 逆に、ルトたちだからこそ参加したという希有なコロニーもいた。

「おう、お嬢、御無沙汰ごぶさた

 そういって話しかけてきたのは、いかにもワーカーでございといった風体の、髭面の大男であった。

 背後には彼と同じくむくつけき野郎どもが雁首揃えており、なんとも暑苦しい絵面である。ルトに面識はなく、ステラも首を横に、クレアだけがぺこりと頭を下げて、

「にゃにゃ。おひさしなのにゃー」

 聞けば、彼らはクレアが以前在籍していたことのあるコロニーらしい。

「お嬢の腕は身に染みて知ってるしな、今回もあんたらの持ち込みだったらってんでノったんだ。宜しく頼まぁ」

 ずい、と差し出されたごつい手を、ルトは遠慮無しに弾き、拳をぶつけ合う。

「それにしてもあんたら、よく平気で乗ってられるな。情けない話だが、俺らぁ一発でぇ上げたもんだが……」

 髭面の感嘆に、ルトもステラも苦虫をダース単位で噛み潰したかのような渋面で、

「平気じゃねえよ。未だに探索の後は、トイレ行って便器抱えて泣きたくなる」

「何事も諦めが肝心。スピード狂に付ける薬無し」

 まるで容赦のない二人の文句に、なぜかクレアはにゃひひと照れ笑いである。

 髭面たちのコロニー、〈スパルトイ・ボックス〉と入れ替わりに、またもルトたちの元を訪れる者があった。

 薄墨色の毛を逆立てた、どこか野良犬染みた印象の見知らぬ青年は、なぜかおっかなびっくりといった感じでルトたちの傍らに立ち、

「……よ、よう」

 呼び掛けに、ルトは彼女にしては珍しく愛想良く、

「初めまして、であってるよな?」

 応じたつもりだったのだが、どうも間違っていたらしい。

 ルトの台詞を聞いた青年は、目を真ん丸にして驚き、

「お、覚えてねえのか!?」

 反問に、ルトはざっと記憶を探る。

 しかし、いくら脳内を検索してみても該当する結果はヒットせず、

「……悪ぃ。どっかで会ったか?」

「ほ、ほら、二週間前! ココでアンタに喧嘩売って一発でノサれた!」

 でかい声で言うことでもないと思うが、言われてみればなるほど確かに、青年の面差しに覚えがあるような気もしないでもない。

「あー……。なんか、うっすら、そんなことも、あったような……」

 あの夜の出来事は、未だに断片的にしか思い出せない。ステラの家で目を覚ました時も、どこをどう巡り巡って辿り着いたのかすら、誰ひとりとして覚えていなかったのだ。

「……つーかアンタ、ワーカーだったのか」

 しかも、この場にいるということはルトが出した参加条件をクリアしているということだ。そこそこ以上に腕は立つらしい。

 だが、疑問は残る。

 朧げにしか覚えていないが、ルトは衆人環視の場で彼を叩きのめしたはずである。一体どんな心変わりをすれば、そんな相手と轡を並べて戦おうなどと思うだろうか。

 ――なにかしら、意趣返しとしての意図があるのではないか。

 そんなルトの警戒に気が付いたのか、青年はわざとらしく咳払いを繰り返し、「いや、その、なんだ……」と言い淀む。

 ついには後ろに控えた仲間に小突かれ、「分かったっての」と散々と毒づいた末に観念したように背を伸ばして、

「一度、きっちりワビ入れとこうと思ってな」

「あ?」

「……この前、久しぶりに実家に顔出したらよ。一カ月前のあの日、うちの家族があの中央公園にいたんだとさ」

 一カ月前、中央公園といえば、ルトたちに取っても忘れたくても忘れられない、始まりの日である。

「息子が入院してるってのに見舞いにも来やしねえ薄情な奴らだが、それでも家族は家族だ。結果的にはだが、アンタらのおかげで助かった」

 礼を言う、と青年は仏頂面で頭を下げる。

「オレもワーカーの端くれだ。この借りは、必ず返す」

 フィンと名乗った青年と、彼の所属するコロニー〈ナイト・シェイド〉との微妙にぎくしゃくした雑談を終え、礼儀として参加者全員に挨拶回りを済ませた頃には、すっかり夜も更けていた。

 最後に集合時間と場所を確認し、解散する。明日の決戦に備え、英気を養うため自宅へ帰る者、必勝を期して酒場に向かう者、最終調整のため格納庫に戻る者を残らず見送って、ルトたちは未だ店の前でまごついていた。

 早々と家に帰る気分ではない。かといって、どこかに寄り道するのも何か違うような気がする。

 要は間近に迫る大一番に、三人揃って浮き足立ってしまっているのだ。

「なぁ、その……」

 呼び掛けに、二人の視線が集中する。

「ど、どっか寄ってっか?」

 ルトの提案に、クレアはうにゅう、と眉を寄せて、

「でも、もう結構いい時間だにゃ。アタシたち未成年だし、入れる店も少ないにゃ」

 尤もである。ここで下手を打って明日に支障がでたりしたら、目もあてられない。

 ううむを腕組みぐるぐると思案するルトの隣で、ステラは何度も声を掛けようとしては止め、声を掛けようとしては止めを繰り返した末に、意を決して顔を上げ、

「……それなら、うちに泊まっていけば良い」

 申し出を、ルトたちは一も二もなく受け入れた。


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