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第十六話


 目の前を、死神が横切っていく。

 虎鋼鉄ここうてつ製の四つ足に、胴体部以上に長い首。迷宮天井付近にまで届くほどもあるその姿から“歩く尖塔”とも言われるミルメコレオ、起重きじゅうジラフである。

 切断マンティスと同じく迷宮深層を根城とし、非戦闘時の悠々とした挙動とは裏腹に、いざ戦闘となると巨体を支える強靭な脚を用いての蹴撃、長い首を鞭のようにしならせ強烈な叩き付けを見舞ってくる難敵であった

 はるか格上の相手に対し、アルゴスは柱の影に潜んだまま、息を殺してじっとしている。

 カーゴキャリアにどかんと積み込まれた熱・光・音・複合迷彩(ウィル・オ・ウィスプ)がフル稼働、機体が発する熱と光、音と波を誤魔化し、ひたすらに隠れ続ける。

 他にも、機体各部に増設した電磁波吸収体、ただでさえ悪い燃費を補うための予備電槽等、積載重量の殆どをステルス関係の装備に割り振っているせいで、ろくな武装を積んでいない。現状、戦闘に入ったが最後、ルトたちには逃げる以外の選択肢は無いのだ。

 心の中で、こっちくんなあっちいけと囁き祈り唱え念じる。

 一歩ごとに落雷の如き足音を立てながら、起重きじゅうジラフがゆっくりと遠ざかって行き、レーダーから反応が消え、さらに十秒の間を置いてから、コクピット内に深い溜め息が重なった。

 迷宮に入ってから、既に八時間も命懸けの「かくれんぼ」を続けている。

 ここだとあたりを付けた各所を点々と、戦闘はおろか発覚すらも避けての徹底した隠密機動。ルトはともかく、平時と比べ輪に掛けて入念な索敵を求められるステラ、水澄ましのように慎重な脚運びを要求されるクレアにかかる負担は、ことほか大きい。二人とも、態度にこそ出さないが相当に疲弊しているようだ。

 ――ダメ、か……。

 ルトが諦めかけた、その時であった。

【来ます】

 サキの呼び掛けに、全員が息を詰める。

 一機の警報クロウが、フロアへと侵入してきた。

 センサーをぐるりと巡らし、侵入者がいないか確認。ばさりばさりと羽撃ちその場に滞空する。

【もう一機】

 サキの報告通り、もう一機の警報クロウが現れる。

 体力的にも、これが最後のチャンスだ。これまで以上に気配を殺し、息を潜める。

 ウィル・オ・ウィスプは絶賛稼働中で、少しぐらい声を出したところで外部には漏れはしないのだが、コクピットに充満する重々しい沈黙を察してか、サキも音声によるガイドからテキスト表示に切り替える。

 耳障りな鳴き声を上げながら、二機の警報クロウは空中を飛び回っている。一向にフロアを出て行こうとしない。

 そうこうしているうちに、一機、もう一機と、警報クロウの数が増していく。

 フロア中央、ぐるぐると円を描き旋回する警報クロウの数が、ちょうど八機に達した時、異変は起こった。

 いつもの音割れした鳴き声とは明らかに違う、ホワイトノイズのような無音の唱和。ヒトの耳には聞こえぬ声が、響き重なり共鳴し、迷宮内に広がっていく。

 ――来た!

 ルトが内心で快哉を叫ぶのと時を同じく、警報クロウたちが成す円環の真下、迷宮の床が、左右に割れ開いていく。

 ぽっかりと空いた五十クービット四方の大穴から、まずは無数の警報クロウが飛び出してくる。

 続けて、穴の奥深くからゆっくりとエレベータしょうがせり上がってくる。床の上にずらりと居並ぶのは、夥しい数のミルメコレオの群れ。低層で見かける掘削モール、監視かんしオウル、中層から現れ始める絶縁ぜつえんリザードや杭打くいうちウルフ、深層でも滅多に見かけぬ大砲たいほうライノの姿もある。




 ヒントになったのは、クレアとサキの会話であった。

 警報クロウが発する、四種類の集合波パターン。クレアの言葉を借りるところの、「みっけた!」、「こっちだー!」、「にげろー!」、「いじょーなし!」のうち、『異常無し』の部分が妙に気になったのだ。

 他のミルメコレオと連携を取るため。それは分かる。だが、このフロアだけに限れば、別の意味もあるのでないか。そう思い、同階層の開拓済みマップに戻り、警報クロウを追っ掛け回して鳴き声をサンプリング、サキに解析を頼んだ所、やはり波形に微妙な差異が見受けられた。

 ルトの立てた仮説はこうだ。倒しても倒しても何処からか現れる大量のミルメコレオ。それはつまり、誰も奴らが出現するその瞬間を見ていないということになる。

 もし、それが輸送の条件だとすれば。

 このフロアに徘徊する警報クロウが、「邪魔者の姿は無し」、「今ならば安全に輸送が可能」と仲間に報告する機能を持っていたとしたならば。

 推測は的中した。

 しかし、まさかこれほどの数が運ばれてくるとは思わなかった。エレベータ床に乗っていたミルメコレオが、器に注いだ水が溢れるようにフロアに氾濫する。まるで地獄の釜の底が開いたような有り様。発見されたが最後、秒と経たずにあの世行きだ。

 猛獣の詰まった檻に丸腰でほうり込まれたような、胃に穴があくような時間が一分もの長きに渡り続き、

 ――やべえ、閉まる!

 エレベータが下降を始め、割れた床が元の位置へと戻っていくのを見、ルトは叫ぶ。

「クレア!」

「はいにゃっ!」

 即座の応答と共に、アルゴスが跳ぶ。空中でありったけのデコイをばら蒔いて着地、脇目も振らず大穴を目指す。

 異変を察知したミルメコレオどもが反転、瞬く間に偽装デバイスを八つ裂きに、まだ動いている奴がいるとアルゴスを補足する。

「うにゃにゃにゃ――!」

 殺到する足音。振り返る余裕など皆無。ブースターをキック、全身の体液が背に集まる。津波の如く押し寄せるミルメコレオを背後に、ギリギリ穴の内側へと滑り込む。

 ごうん、と音を立てて天井が塞がれ、視界が暗闇に塗り潰される。

 どくどくと跳ねる鼓動を宥めつつ、ルトは呟く。

「……逃げ切った、か? どこだ、ここ?」

【ミルメコレオ輸送に使われる射行エレベータのようですね。たった今第十層を通過、第十一層へと入りました】

「……つ、疲れたにゃー……」

「――周囲に敵の反応は無い。しかし、警戒を緩めるべきではない」

「同感。全武装のセーフティ解除。気休めにもならねえだろうけど、ステルス・エフェクトもこのままで行くぞ」

 再度、胃に悪い時間が続く。

 帯電したようなピリピリした空気の中、五分が経過した所で、

「――うにゃあ!」

 いきなり響いたクレアの悲鳴に、ルトは危うくトリガーを引きそうになった。

「っだよ、クレア!」

「こ、これ、勢いで乗ったは良いけど、帰りはどうすんのさ!」

 問いに、ルトはぴしりと石化する。

 ひたすら潜り込むことだけを腐心していたせいで、脱出に関してはまるで考えていなかったのだ。

 あわわわわ、と盛大に狼狽する二人に、ステラはむふう、と鼻で息、

「こんな事もあろうかと、さっきの共鳴波を録音しておいた。サキと解析してアレンジを加えれば、アルゴス単機でも昇降は可能」

 データフレームに表示される圧縮ファイルを見、ルトもクレアも共に涙声で、

「うおおおグッジョブ! 超グッジョブ!」

「た、助かったにゃー! 詰んだかと思ったにゃー!」

「っぱねーっス! ステラさんぱねーっス!」

「そこに痺れる憧れちゃうにゃー!」

 手放しの賛辞に、ステラは一見無表情に、しかし小鼻を膨らませつつ、

「それほどでもない」

 傲岸不遜に応じた直後、ずん、と音を立てて下降が止まった。

 一気に現実へと引き戻され、三人は緩んでしまった緊張感をかき集め、

「着いた、みたいだにゃ……」

【第二十三層『不動ノ天秤ふどうのてんびん』、未開拓区域です。どのデータベースと照らし合わせてみても、このエリアのマップは存在しません。正真正銘、私たちがここに踏み入る初めてのワーカーです……】

 サキの言葉に、三人は改めて自分たちが置かれている状況を再確認する。

 兎にも角にも、進まなければ話にならない。

「――とりあえず、センサーの範囲内に敵の反応は無い」

「おっけ。索敵重視、潜行機動で出来る限りマップ埋めてこう。会敵したら即離脱。上昇までのタイムラグもあっから、そのつもりで」

 エレベータ床を下り、そろそろと歩を進める。

 だが、難航を予想していた探索は、至極あっさりと終了した。

 潜行機動の牛歩でもって、わずか五分とかからずに一本道の端まで突き当たったのだ。

 そこにあったのは、天井まで届く巨大な両開きの扉。

 過去の殲滅作戦の際にも確認されている、最後の難関。プラントを守護する特異機甲種ガードナー棲処すみかを意味する、“庭園への扉(ガーデンズゲート)”である。

【――危険です、ルト】

 サキに忠告いわれるまでもなく、ルトも痛感していた。

 閉ざされた扉の向こうから漏れ出てくる、触れられそうなほど濃密な死の気配。

 こうしてただ扉の前に立っているだけで、百の銃口に狙われたような気分だ。

「分かってる。こりゃ、私らだけじゃ手に負えねえや」

 言い置き、ぐるりと踵を返す。

 残された時間は、あまりにも少なかった。

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