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第十五話


 本格的に探索を始めるにあたって、ルトたちはまず情報収集に奔走した。

 幾分か落ち着いてきたとはいえ、祭りは未だ現在進行形で続いている。データの確度など期待できるはずもなく、必要最低限の情報を集めるのにまるまる一日を費やした。

 状況はこうだ。

 切断マンティスが開けた大穴は、迷宮第五層『砂鉄ノ丘』の未開拓区域へと繋がっていた。すぐさま先遣隊が出動、周辺を精査し、現在判明しているエリアとのトンネルを確保した上で、穴は塞がれた。ここまでは、ルトたちもリィから聞かされていた通りである。

 そこからの二週間、数多のコロニーが引っ切り無しに未開拓区域へと雪崩れ込んでいった。当然、内部にはプラントによって造り出したミルメコレオが所狭しと犇めいていたのだが、欲に目が眩んだ野蛮人ども《ワーカー》の敵では無かった。なにしろ現在ギルドに登録されているコロニーの内、実に四割近くが一カ所に集中しているのだ。古の軍記に登場する将軍も言っている。「戦いは数だよ兄者」と。至言である。

 第六層『伽藍ノ虫籠がらんのむしかご』――第七層『錆色ノさびいろのいずみ』――第八層『硝子ノ坑道がらすのこうどう』と破竹の勢いで探索は進んでいき、もはやプラント発見も時間の問題かと思われた。

 だが、快進撃もそこまでだった。

 第九層『八岐ノ交差路やまたのこうさろ』南西部、a3区画の新規開拓エリア「うわばみの胃袋」において、完全に行き詰まってしまったのである。

 どこをどう探しても、下層へと続く道が見つからない。無論プラントも見当たらず、ついには当該エリアのマップが完成してしまった。

 同階層の開拓済みエリアでは滅多に見かけぬ下層近辺のミルメコレオも出現することから、必ず奴らが通ってきた抜け道なり隠し部屋なりが存在するはずなのだが、未だにそれらしきものは発見されていない。

 とまぁ、他の同業者たちには悪いが、ルトたち後発組にとっては有り難い話であった。

 マップをロードし兵装を整え準備万端、三人は意気揚々と探索に向かった。


 それが、もう十日も前の話となる。

 残す所あと四日。アルゴスのモニター契約が切れるまで、たったそれだけの時間しか残っていなかった。


  ◇ ◆ ◇


「――クソ、またかよ!」

 ルトの悪態は、空中から降り注いでくるけたたましい鳴き声にかき消された。

 頭上を旋回する複数の影。小型のミルメコレオ、警報けいほうクロウの群れである。

 このミルメコレオ、名前通りにカラスそっくりのナリをしているのだが、一つだけ本物と大きく違う点がある。頭部にあたる部分が、まるまる拡声器の形状をしているのだ。

 黒光りする翼でもって迷宮内を飛翔、侵入者を発見するや自慢のラウドスピーカーでもって大音量で鳴き喚き、他のミルメコレオを呼び寄せる。警報クロウ自体はそれほど脅威ではないのだが、ぐずぐずしていると多数のミルメコレオに簀巻きにされて一巻の終わりである。

 ワーカーたちの間でもその危険性は知られており、理想は鳴かれる前に撃墜おとすす、発見されても出来るだけ短時間で掃討するのがセオリーとされている。

 平時ならステラが接近を見逃したりはしないのだが、今はサキと共に隠し通路を炙り出さんと音響測定にかかりっきりである。

 数は五、可及的速やかに連中を排除し、離脱する。

「――クレア!」

「おっけいにゃ!」

 即座の応答と同時、アルゴスが大加速。飛び矢の如く一直線に壁面へと向かい、壁を蹴っての三角飛びで空中の敵性目標へと躍り掛かる。

 一際大きなノイズを合図に群れが散開するも、ルトは構わずファイアリング・ワークスを開始。

 エイミングに合わせてターゲットサークルが出現。ステラの無言のサポート。心配性の仲間に胸中で感謝すると共に、引き金を絞る。

 機体側部の半球砲塔から発射されたのは、リィにテストを頼まれた〈メガリス〉製の試作弾、ドーマウス・ニードルワーク弾である。

 発射された砲弾が宙を裂き、標的に目前で炸裂。内包された三千発の多針広汎散弾フレシェットを撒き散らす。

 空中、円錐状の有効範囲内にあった五機全てが鋼の豪雨に貫かれ、三機が爆散、残りが地に落ちて活動を停止した。

「うひゃあ……。すんごい威力だにゃあ……」

「僚機がいるときゃ使えないのが難だが、すばしっこい奴には良いかもな」

 ちなみに、ルト個人の感想としてはイマイチどころかイマサン、といった感想である。どうもこの手の数撃ちゃ当たる系統の弾は気に食わない。オマケに一発が高価たかいときたもんだ。二度と使うことはないだろうと思う。

 穴だらけになった残骸を回収し、ルトはううむと唸る。カーゴは既に、警報クロウの残骸でいっぱいなのだ。あまりに同じ素材ばかり持ち込まれるので、城下うえでも値崩れが酷い。積載量ギリギリまで詰め込んでも、雀の涙程度の儲けにしかならないだろう。

 このエリアに徘徊する尋常ではない数の警報クロウが、まだ見ぬ抜け道と関係あるのでは、とはもっぱらの噂なのだが、未だに謎は謎のままだ。

 溜め息が出そうになるのを堪えて、ルトは尋ねる。

「ステラ、サキ。結果は?」

「――ダメ。壁にも床にも、隈無くアンチエコー処理が施されている」

【警報クロウの鳴き声による妨害も酷いですね。ノイズまみれで測定結果が海苔みたいになってますよ……】

 解析班の報告を聞き、今度こそ溜め息が漏れた。

「……しゃあない、出直そう」

 ぐるりと回れ右、戦闘回避重視の準高速機動でもって出口を目指す。

 道中、数機の同業者とすれ違いつつ、ルトはいつになく愚痴っぽく呟く。

「しっかし、喧しいことこの上ねえなアイツラ……」

「同意する。最近は夢にまで出てくる」

「にゃんて言ってるんだろうにゃあ、あれ」

【しばしお待ちを】

 クレアの素朴な疑問に、サキはわざわざ過去数戦の傍受履歴を検索、結果を見やすいよう一覧にまとめて表示して、

【基本的には音声・電磁複合式の集合波ですね。パターンとしては「発見」、「召集」、「散開」、「報告」の四種が確認されています】

「にゃるほどにゃあ。『みっけた!』、『こっちだー!』、『にげろー!』、『いじょーなし!』のよっつかー」

 雑談を聞き流しつつ、ルトは眉間にしわ寄せ次の一手を思案する。

 気合を入れて望んだ今日の探索も空振りに終わり、残された時間はあと三日。最悪の場合、一度アルゴスを諦める選択をも想定して話し合ってはいるものの、せめて糸口ぐらいは掴んでおきたい。

 八つの小部屋からなる「うわばみの胃袋」の特殊な構造と、徘徊する夥しい数の警報クロウ。倒しても倒しても何処からか沸いてくるミルメコレオに、未だに見つからぬ下層への道……

「そしたらあれだにゃ、鳴き声コピーしてスピーカーから流せば戦闘回避できるかもにゃ」

「敵味方識別信号《IFF》の暗号化を解析出来なければ意味が無い。僚機から誤射される可能性もある。推奨はできない」

【でも、発想としては悪くはないと思いますよ? 会敵時に出力を絞ってぶつければ、かく乱にはなるかもしれません】

 やいのやいのと好き勝手に騒ぎ立てる三人に、ルトが反射的にツッコミを入れようとしたその刹那、

「……ん?」

 ふと、脳裏をなにかが掠めた。

 わずかな、本当にわずかな気付きの予感。

 その微細な感覚を追って、ルトは猛然と思考を巡らし、

「……サキ、お前……。初めて警報クロウと交戦したのはいつだ?」

【第九層、新規開拓エリアに入ってすぐ、ですね。無論、データは事前にブリード・アーカイブスにアクセす、ロードしていましたが】

 思った通りだ。

 だが、まだ足りない。実際に確認してみなければ判断は出来ない。

「ステラ、クレア。ちょっと寄り道するけど、良いか?」

「……残弾、燃料共にまだ若干の余裕がある」

「にゃににゃに? にゃんか思いついたの?」

「道中話すよ。もしかしたら、いけるかもしれない」

 結局、小一時間ほどで寄り道を終え、ルトは自身の予想は間違っていなかったと確信を得る。

 あとは、実行に移すだけだ。穴だらけの推論を皆に説明し、全員で細部を詰めつつ、アルゴスは地上へと向かう。




 格納庫群ありづかに戻った三人を出迎えたのは、久しぶりに会う顔であった。

 いち早く着替えを終え、更衣室を出たルトを見、彼は片手を上げて愛想よく近付いてきて、

「おう、オッサンじゃねえか」

「だぁから、オッサンじゃねえっての。……三度目ともなると、いい加減もうオッサンでいい気もしてきたがな」

 今日も今日とて糸目に寝癖だらけの髪、アロハシャツに白衣を羽織った悪趣味な格好で現れたリィが、白衣のポケットから缶コーヒーを取り出し投げて寄越す。

 礼を言い、一口で半分を飲み干したルトに対し、リィは気安げな調子で、

「調子はどうだい?」

「からっきし。騒ぎも下火になってきてるせいか、ライバルが減って戦りやすくはなってるけどな」

 ふむ、と頷くリィを見て、ルトは思う。

 リィが格納庫ここに現れたということは、良きにつけ悪しきにつけ何かしらの報せがあるということだ。

 つまり、

「追い討ちをかけるようで心苦しいんだが、残念なニュースだ」

 ごほん、と気不味げな咳払いを前置いて、

「アルゴスの買い手が見つかった。モニターの件、契約更新は無しだ」

「……そっか」

 予想通りの報告に、ルトは一言でもって了承を返す。

 対するリィは、予想外の返答に拍子抜けしたように、

「その、随分とあっさり引き下がるんだな」

「あくまで借りもんだからな。買いたいって奴がいるんだったら、私らが文句付ける筋合いもあるめえよ」

 ふうむ、と再度頷くリィに、ルトはしかし畳み掛けるように続けて、

「ちなみに、もし、私たちが残り期日内にプラントを発見、破壊できたとしたら……」

 尋ねに、リィは一瞬驚いたような顔をして、の顔に笑みが浮かぶ。

 片頬をにやりと上げる、共犯者の笑みだった。

「モニターのよしみだ。それぐらいの融通は利かせるさ」

「あんがと」

 どちらともなく右手を差し出し、パンと弾いて拳をぶつける。互いの武運を祈る、ワーカー式の激励であった。

「なんかしら勝算があるような口振りだな?」

「ちっとばかし試したいことがあってな。明日の装備に、追加で載せて欲しいもんだがあんだけど……」

 ルトの指定した追加兵装に、リィは怪訝そうに眉をひそめ、

「たぶん準備できると思うが……。あんなもん積んで一体どうしようってんだ?」

「なぁに、ちっとばかし童心に帰ってみようかと思ってね」

 リィと別れた後、ステラ、クレアと共に『角端亭』で打ち合わせを行い、各所に連絡、瞬く間に夜は明けて――

 残り三日。

 コロニー存続、アルゴスの所有権を懸けて、ルトたちは迷宮へ飛び込んでいった。

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