第十三話
王城をぐるりと取り囲むように乱立する格納庫群から程近く、城下一番の繁華街がある。
迷宮が発見される以前から、王城目当てに立ち寄った旅行者相手にそこそこの賑わいをみせていたのだが、発見以後は更に倍率どん、迷宮の噂を聞き付け訪れた国内外の観光客は言うに及ばず、運良く生き残り財布の紐が緩んだワーカーを当て込んだ商店が集中、飲食店や酒場はもちろん、遊戯施設やら映画館、宿泊施設や風俗店までもが並び犇く、世界有数の歓楽街として知られるまでに発展したのであった。
そんな目抜き通りを端まで歩き、第一工房区との境目辺りまで行った所に、華鈴飯店『角端亭』はある。
隣国テビアを抜けて、大砂海を越えて更に東方に在る華鈴共和国の料理を出す店で、馬にでも食わせるつもりかと言いたくなるような量の多さと、塩っぱい酸っぱい甘い辛い、すべての味付けが無闇矢鱈に濃いぃのが特徴である。
若いワーカーに人気の店とのことで、セン爺に薦められるがままに来てみたはいいものの、店先に吊るされた正体不明の肉の塊やらどぎつい配色のどでかい魚やらがどうにも男臭く、女三人で入るには少し場違いな気がしないでもない。
えいやっと度胸一発。年季の入った暖簾をくぐれば、即座に威勢のいい「らっしゃっせーい!」の声が響き重なる。
夕飯にはまだ早いせいか客の数も疎らであった。厨房では仕込みに追われてあくせく働く従業員の姿が見える。
隅の一席に陣取り、どう見ても子供の落書きか略式符号にしか見えない共和国語で書かれた品書きに目を通しつつ、ルトは尋ねる。
「なんか、食えないモンとかあるか?」
無言でふるふると首を横に振るステラに、四本足なら椅子でも食うぜと言わんばかりに張り切るクレアを見、「んじゃ、適当に頼むわ」と従業員を呼ぶ。
華鈴の伝統衣装なのか、髪を左右に団子に纏め、きわどいスリットの入ったドレスを身に着けた店員の女性にオススメを尋ね――余談だが、彼女の服を見たステラが僅かに眉を顰めた。何か嫌な思い出でもあるのだろうか――料理が出て来るまでの間に、ルトは前口上を済ませてしまおうと思う。
「まず、先に確認しときたいんだけど……」
いつになく真剣な声音での問いに、ステラもクレアも何事かと姿勢を正す。
「今日まで組んでみて、正直、これ以上は一緒にやれないって奴はいるか?」
尋ねられた二人は、揃ってきょとんとした顔をする。
やがて、訝るような表情を隠そうともせず、
「……私は、特に問題は無いと考えている」
「同じく、だにゃう……」
どこか恐る恐るといった感じの返答に、ルトはそっか、と安堵の息を吐く。
「その、あれだ。私も、出来ればお前らとやっていけたら、と思ってる……」
口早にまくしたて、照れ隠しにえへんおほんと咳払いまで挟んで、
「それを踏まえて、だ。明日から、本格的に『製造工場』の探索を始めようと思う。今んとこ発見されたって話は聞かねえから、まずは情報収集からだな」
この二週間、周囲のワーカーたちは上へ下へのお祭り騒ぎであった。
不倶戴天の仇敵であるミルメコレオ――その悪魔の尖兵どもの揺り篭であるプラントには、発見しただけでも相当の報酬が支払われる。
当然、いつもは深層近辺を主戦場としている腕自慢の大手コロニーから、普段は低層でゴミ拾いに精を出している弱小コロニーまでもが、血眼で迷宮内を駆けずり回る。
東でプラントが見つかったという噂が上がれば我先にと殺到し、西でプラントを守る特異機甲種を見かけたというデマが流れれば大規模な討伐隊が組まれる。おひれバリバリの流言飛語が氾濫、平時ではまずありえないミスが頻発し、事故率が何かの冗談みたいに跳ね上がっている。
ルトが期限の半分を割いてまで慣らし運転を優先したのも、この馬鹿騒ぎがある程度落ち着くのを待つため、という意味合いが強い。
「で、だ。探索を始めるにあたって、今のまんまじゃ危ない場面も出てくると思うんだ。この二週間でお互い大体の感じ《・・》は掴めただろうけど、詰めれるとこは詰めておきたい」
前菜として出された根菜の漬け物を、どう使うのやら二本の木の棒で――東方の食器で“ハシ”というらしい――ぐさり、こりこりと咀嚼してごくんと飲み込み、
「……その、リーダー自体初めてだかんよ。なにすりゃ良いのかさっぱり分からんっ――てのが本音だ。だから、なんだ、良いことも悪いことも、一回全部ぶっちゃけてみようってまぁ、そーゆー話だ」
そこで一度言葉を区切り、ルトはがっしと腕組み足は肩幅、逃げも隠れもしねえとばかりにどん、と胸を張る。
「んじゃ、言い出しっぺの私からだ。何か注文はねえか? どこそこが悪いとか、ここはこうして欲しいだとか」
威風堂々と尋ねるも、二人は困惑したように顔を見合わせて、
「……特には」
「アタシも、特にはないかにゃー」
返答に、ルトはあのなぁ、と溜め息を置いて、
「……何でも良いんだっつの。ここで遠慮して、いざって時にヘマやらかしたら目も当てられねーだろ?」
再度の後押しに、ステラは見慣れぬものと遭遇した小動物そっくりの慎重さでもって、おずおずと口を開く。
「――強いて言えば、敵機の射程ギリギリまで引き付けるのは、その、精神衛生上宜しくない」
「オッケーオッケー。その調子でどんどん来い」
「……そうだにゃー。ジェネレーター狙いにゃのは良いんだけど、装甲ビートルとか硬いヤツ相手に一撃必殺狙い過ぎて、結果的に時間掛かって本末転倒にゃ時があるにゃ」
「分かった。気ィ付ける!」
うむ、と渋く頷くルトを見て、これはもう少し突っ込んでも大丈夫だと判断したのか、二人は言葉を続けて、
「電線スネークに代表される、売値が低いミルメコレオに対して演算速度が落ちるのを改善して欲しい」
「発条バタフライとかもにゃ。分かりやすいよにゃー、あれ。明らかにテンション下がってるもんにゃあ」
「逆に、査定額が高いミルメコレオと遭遇した際、安全マージンを越えて深追いする癖も何とかして欲しい」
「分かる分かる。あの時のルト、目が血走ってて鼻息荒くて、恐いんだよにゃあ」
「こちらの指定したターゲットサークルを敢えて無視する時がある」「積載量ギリギリまで戦利品積むのはどうかと思うにゃー」「あれだけ注意したのに未だに反動計算を間違える」「機動慣性警告に対してのレスがびっくりするぐらい遅い時があるにゃ」エトセトラエトセトラ……。
最初の遠慮はどこへやら、いつ終わるともしれない意見・要望の波状攻撃に、
「……オッケー、分かった。よぉく、分かった」
呟いた直後、どこからか、ばき、と不吉な音がした。
発生源はルトの手元。木製のハシが二本とも、真っ二つに折れており、
「そんじゃあこっちも言わせて貰うけどよぉ――!」
その顔に浮かぶのは、笑み。
事情を知らぬ青少年が見れば、一目で恋に落ちてしまいそうな、それはそれは天晴れな笑顔であった。
「ステラ。複数機・混成型の群れが現れた時、初動がまごつくのはなんでだ?」
「……それは、個体毎の行動制御乱数表を参照しているからで、」
「それを補佐する為の支援ユニット《サキノハカ》だろォが! なんでもテメェでやるのが確実なのは分かるが、裏っ返しゃあテメェラの仕事は信用なんねえって言ってるようなもんだぞ。ちったァ他人に頼る事を覚えやがれ」
ぐ、と息を詰めるステラから照準器をずらし、クレアに狙いをつける。
「クレアもだ。テメェ、本気出してねえだろ」
鋭い語調で断定し、なおも続けて、
「この二週間の機動訓練で、ただの一度も、切断マンティスとドンパチやらかした時の最高速に達してねえのはなんでだ? ま・さ・か・たァ思うが、私たちに気ィ遣ってんのか?」
詰問に、にゅーんと眉を八の字にして言い淀むクレアに対し、ルトは口元に笑顔、額に青筋浮かべた世にも奇妙な凶相でもって、
「訓練段階で手ェ抜いといて、いざって時に私らが失神てたら意味ねえだろが! 二度とナメた真似すんじゃねえぞ! 次やったら、ソッコで首だ!」
「……了解にゃのにゃ」
それっきり、場に互いを牽制するような重い沈黙が立ち籠める。
と、そこに、計ったようなタイミングで注文した料理が運ばれてきた。
さして大きくもない円形のテーブルに、色とりどりの皿が所狭しと並んでいく。
不意に、きゅう、と可愛らしい腹の虫の鳴き声がして、一同の視線が発生源へと向かう。
視線の先、ルトは茹蛸の如く顔を真っ赤にしつつ、バツの悪さをごまかすように口早に、
「まぁ、なんだ。まだまだ夜は長え。適当につまみながら、じっくり煮詰めていこうや」
ガリガリと後頭部を掻きながら、折ってしまったハシの替えを頼むのであった。