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第十二話


 一夜明け。

 とうとう決戦の日が訪れた。


 対機甲械獣砲戦仕様独立型汎用支援ユニット「サキノハカ」は、人工知能《AI》である。

 そんじょそこらのAIとは物が違う。迷宮技術と現代科学が造り上げた極点の一つ、『光学神経集積回路オプティクラスタ』だ。

 思考する。学習する。言うに及ばず感情もあるし、機嫌の良い時はジョークの一つだって飛ばしてみせる。

 アントリオンに支援ユニットが搭載されるようになってまだ五十年と少し、未だに「機械にものが考えられるのかよ」と否定的な意見を持つワーカーは多い。サキにしてみればちゃんちゃらおかしい。所詮ヒト脳も神経細胞の塊であるのだから、「ヒト」と「モノ」にどれほどの差があるものか、と言い返してやりたいところだ。

 閑話休題。

 初機動のっけから緊急発進指令スクランブル、ヒトで溢れる城下市街にて。

 燃料も兵装もほぼ空っぽの状態で深層のミルメコレオと対峙するという、百戦錬磨のワーカーでさえ裸足で逃げ出す最悪の状況下で、サキは彼女たちと出会った。

 ガンナー、ルト=シグナレス。

 オブザーバー、ステラ=ファゼーロ。

 ドライバー、クレア=カンパネルラ。

 三人の優秀なワーカーは、初めて搭乗するアルゴスを卓越した技術で操り切り、見事、切断マンティスを撃破してのけた。

 なまじ賢いが故に、この世に作り出されたその時から〈ロイヤルガーズ〉の薄暗い格納庫で一生を終える己が未来を予測していたサキノハカにとって、彼女たちとの出会いは思いがけない幸運であり、以後、生涯を通して身を苛むであろう特大の不運であった。

 初陣の後、機体の精密検査を受けている間中ずっと、サキは物思いに沈んでいた。

 ――自分とアルゴスは、二度とあの時のような戦いには参加出来ないだろう。

 二度と触れられぬのならば、いっそ知りたくなかった。

 一度知ってしまったのならば、もはや願わずにはいられなかった。

 本来、AIに祈るべき神はいない。

 だからといって、何も望まず、何も求めず、何も願わないわけではないのだ。

 サキは祈った。

 ――願わくば、彼女たちのようなワーカーと共に、迷宮へ。

 偶然か、必然か。それとも電子の神様の気まぐれか。

 サキの願いは、間を置かず叶うことになる。

 開発主任であるリィから、〈ガーズ〉への納品はキャンセル、一カ月の期限付きながら彼女たちと共に迷宮探索を行えると知らされた時、サキは物言わぬアルゴスと共に喜びを噛み締めたものである。

 それからの二週間、陰に日向に彼女たちの補佐に徹してきたサキは、改めて自分の目に狂いはなかったと確信していた。

 速い。巧い。強い。

 なにより、彼女たちはまだ成長段階にある。

 多少一芸に秀で過ぎて他が疎かになりがちなものの、そんなものは自分がフォローすれば良いだけの話である。このまま行けば、いずれキャノンボール・クロニクルに載るような偉業を成し遂げる名コロニーになるかもしれない。

 いくらなんでも身内贔屓に過ぎるとも思うが、サキにしてみればこれが初めてのコロニーである。欲が出るのも致し方なしというものだ。

 そんなサキであるから、探索を開始してすぐに、どうもワーカーたちの様子がおかしいことに気付いてはいたのだが……

【集中してください、ルト。先程から『照準・弾道・反動・統合演算ファイアリング・ワークス』周りのミスが目立ちますよ?】

「わ、わりぃ。ちょっと考え事してた」

【ステラ、その解析情報は第三層のものです。現在、私たちがいるのは第二層です】

「……直ちに修正する。申し訳ない」

【予定のルートを通り過ぎました。今の角を右です、クレア】

「ご、ごめんにゃ、すぐ戻るにゃ!」

 と、まぁこの調子である。

 いつもの目を見張るような高速入力コマンドはどこへやら、各搭乗員間の連携もぎこちなく、まるで初めて迷宮に挑戦する新米ワーカーの如くちぐはぐである。こんな有り様では、いつ撃破されてもおかしくない。

【……戻り過ぎです、クレア。今の、角を、左です】

【それは第一層のデータですよ、ステラ……?】

【何をどう間違ったら演算結果がゼロになるんですか、ルト……!】

 もう我慢の限界だった。

 現状を行動基準規定に照らし合わせ「搭乗員の生命維持」に問題有りと判断、ステラのコントロールを内的に奪い取りわやくちゃになったデータに電光石火で修正をかける。同時に全搭乗員のバインド・ベルトをぎっちぎちに固定、緊急時の衝撃吸収剤であるジェル・バッグを全て展開すると共に、有無を言わさずドライバーのフットワーク・エリアを凍結。目標地点を迷宮入口へと再設定の後、右前脚を軸に“くるりと回れピボット・ターン”。クレアにこそ劣るものの、かなりの高速機動で出口を目指す。

「お、おい、サキ!?」

 ルトが制止を叫んだ直後、進行方向に敵機の反応。のろのろとした機動から察するにまず間違いなく青銅スネイル。

 反射的に照準を合わせるルトのエレクトリガーに介入し、間違いだらけの砲撃演算に山ほど赤を入れ無理矢理気味に命中させる。

 レシーバーの音量を最大に、サキは叫ぶ。

【三人揃っていったい何なんですか貴女たちは! 集中力散漫だわ終始上の空だわ妙にソワソワしてヒトの話聞きゃあしないわ! 迷宮攻略ナメてんですかっ!?】

 怒鳴りつつも胸部に折り畳まれた機外作業用隻腕ガントレットを操作、一歩たりとも脚を止めずに青銅スネイルの残骸をむんずと鷲掴み、カーゴキャリアへとほうり込む。

 チン、とレジスターのSE付きで表示される見積もり価格をルトの網膜に送り付け、疾風のように斜行路を通過し第一層へと舞い戻る。

【今日はもう中止です解散撤収また明日! まったく久しぶりにお手伝い出来たと思ったらこんな役回りですよ私支援ユニットですよおはようからおやすみまで安全な迷宮探索をお手伝いする独立支援ユニットなんですよ何が悲しくて集団自殺の幇助しなきゃならないんですかそんなに死にたいんなら個々人のプライベートな時間でどうぞ私を巻き込まないでくださいほらボサッとしてないで二時方向会敵まであと三! 二!】

 急き立てられるようにトリガー。進行方向の角からひょっこり触覚を覗かせた屑鉄アントの頭部に命中。

 撃破、捕獲、査定額を表示。その間にもずんずんと歩は進み、もう迷宮入り口が見えてきている。

【これで本日の探索は若干の黒字ですね、ルト。何か問題が?】

「い、いや、無い、けど……」

 迷宮を抜けても一向に速度が落ちる気配はなく、サキノハカは一直線に格納庫へと向かいつつ、

【……“無い、けど”?】

 口調こそ丁寧ながら、明確な怒気を孕んだサキの反問に、ルトは慌てて背筋を伸ばし、

「あ、ありませんすいません!」

【結構。それでは、またの搭乗をお待ちしております】

 けんもほろろにコクピットを追い出され、予定よりも随分と早い帰還に泡食って作業を始めるコンストラクターチームを前にして、三人は呆然と立ち尽くす。

「……滅っ茶苦茶キレてたな、あいつ」

 ルトの呟きに、ステラは斜めにズレた眼鏡の位置を思い出したように直しつつ、

「独立支援ユニットの対応答擬人格キャラクターは、搭乗ワーカーの言動、思考をモデルに、随時最適化が行われていく」

 テキストを暗唱するかのような解説に、クレアは合点が行ったとばかりに深く頷き、

「さっすが最新機、すごい学習速度だにゃー……」

 なるほど確かに、ルトのあらっぽさ、ステラのねちっこさ、クレアのやかましさが絶妙にブレンドされた怒り方であった。

 確かに、サキの言い分はもっともである。本来ならば自分の仕事だという事実が、一層気分を落ち込ませる。

 明日以降もずっとあのキャラだったらどうしよう、と一抹の不安を覚えつつも、ルトはこのチャンスを活かさねばと思う。

 よし。言おう。

 言うぞ。

 言うぞ!

「――っくあー……」

 したくもねえ伸びしてる場合か! 言え。今言わなきゃきっと明日も誘えねえぞ!

 からっからに渇いた喉をこくりと鳴らし、ルトは急き立てられるように口を開いて、

「……な、なぁ、」「――あの、」「ちょっといいかにゃ?」

 不意に声が重なり、三人揃って石像と化す。

 無言のまま、視線だけで牽制と譲歩が行われる中、意を決してルトが先陣を切る。

「その、予定よりだいぶ早めにハネたし……」

 ステラ、クレアの凝視を受け、ルトは視線を明後日の方向へと逃しつつ、

「昨日の分のメシ、これから行かねーか?」

 ぶっきらぼう極まりない口調での誘いを、二人は待ってましたとばかりに快諾するのであった。


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