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第十一話


 探索を終え、クレアは久しぶりに実家に顔を出していた。

 王城から北西に位置する第一居住区の中でも、高台側の居住特区は古くからの貴族や財産家が暮らす高級住宅地である。徒歩で向かうには流石に距離がある。

 適当なところで迎えを寄越すよう連絡を入れ、到着した機甲馬車ライデルに乗り込み揺られることしばし、長く緩い坂を越えた辺りでようやく屋敷が見えてきた。

 住んでる所こそ一丁前だが、カンパネルラ家は所謂いわゆる成り上がりの商家である。曾祖父が隣国であるテビアとの貿易で一発当てて、泡銭を受け継いだ祖父が欲を出して大ゴケ、絵に描いたような栄枯必衰を間近で見てきた父は、無理な冒険をすることなく手堅く地道な商売で現状維持に努めている。

 そんな訳で、豪邸と言うには些か迫力に欠ける生家ではあるが、それでもアルゴスがそのまま格納出来るぐらいには大きな広間にて、月に一度の食事会は行われた。

 どうやら父は、商才の代わりに子宝に恵まれたらしい。父と母、だい兄ちゃん、ちゅう兄ちゃん、しょう兄ちゃんの兄三人に、おお姉ちゃん、なか姉ちゃん、姉ちゃんの姉三人。これだけでも十分なのに、大兄ちゃんのお嫁さんと二人の息子に、中兄ちゃんの婚約者と小兄ちゃんの彼女、中姉ちゃんの旦那さんに小姉ちゃんのクラスメイトと、総勢十六名が一堂に会する実に賑やかな夕食であった。

 食事を終え、リビングに場所を移し、各人思い思いに集まって雑談に花を咲かせる中、クレアは一人、お気に入りの虎の敷物に寝そべってうとうとしていた。

 と、そこに。

 誰かが枕元に腰を降ろす気配があり、

「レアちゃん、今日は泊まっていかないの?」

 聞き覚えのある声に、重い瞼を持ち上げればそこに、タンポポの綿毛のようにほわほわとした女性がいた。

 クレアと同じゆるやかに波打つ獅子色の髪に、琥珀色の瞳。幼さの残る顔立ちとは対照的に、ボディラインは女性らしい起伏に富んでいる。

おお姉ちゃん、久しぶりにレアちゃんと一緒にねんねしたいなぁ?」

 そう言って陽だまりの如く穏やかな笑みを浮かべる女性の名を、レイヌ=カンパネルラという。七人兄弟の中でも最年長、末っ子のクレアとは数えで十も離れているはずなのだが、ゆったり・まったり・のんびりとした性格も相俟って、傍目からは十四、五の少女にしか見えないカンパネルラ家の長女である。

 その可憐な見た目とは裏腹に、長兄と共に父の商社で辣腕を振るっており、先見の明に優れ、機を見るに敏、どんな無理難題に直面しても笑顔でごり押す姿に社内外問わずファンも多いと云う。

 基本的に放任主義な両親であるが、流石に娘が生きるか死ぬかの鉄火場で働くことに良い顔はしない。兄も姉も右に同じで、顔を合わせるたびにしつこくやいのやいの言ってくる中、クレアの生き方を肯定してくれるのはただ一人、彼女だけであった。

 おいでおいでと誘われて、枕を虎の頭部から姉の膝へと変更、クレアはにゅーん、と眉を寄せつつ、

「どうしよっか迷いちゅーだにゃあ……」

 先程から、どうもこちらの様子を窺う父の視線を感じる。おそらく切断マンティスの一件以来、悪目立ちが過ぎる娘に対しまたぞろワーカー引退を勧める腹積もりなのだろう。

 ゴロゴロと喉を鳴らしながら、くどくどお説教される前にさっさと退散すべきか、はたまた今日こそ徹底抗戦といこうか、とつらつら考えていると、

「新しいコロニーの人たちはどーお? いじめられたりしてない?」

 尋ねに、クレアは視線を頭上へ。

 なんというか、たゆんって感じで盛り上がった二つの丘の向こう、のほほんとした笑みに毒気を抜かれつつ、

「二人とも、いー感じだにゃ。ルトは高速機動下でも砲撃精度が落ちにゃいし、ステラも百クービット先で落ちた針の音ですら拾う地獄耳にゃ」

 性格に関しては、その、多少個性的な所があるが、彼女たちのスキルは同年代のワーカーと比べても明らかに群を抜いている。

 最近では、探索が終わるや否やトイレに駆け込むことも少なくなった。ルトは並外れた集中力によって失調を抑制、ステラは位置情報ですら数値として捉えているため症状が軽いのだろう。クレアにとって、タフなワーカーというのはそれだけで逸材である。

 返答に、うんうんと我が事のように嬉しそうに相槌を打つ姉を見、クレアは「でもにゃあ……」と溜め息を前置き、

「ちょっと、期待し過ぎているにゃ。良くにゃい傾向だにゃ」

「あら、どうして?」

「……あの二人にゃら、まだ大丈夫かも、もうちょっといけるかもって、欲が出てきてしまうにゃ。勝手に期待して、勝手に失望してちゃあ世話ないにゃん」

 クレアはここ数年、一度も本気を出したことがない。

 何もクレアに限った話ではなく、多少腕利きのドライバーならば誰もが抱えるジレンマであった。

 ミルメコレオを討つために、ワーカーは迅速、正確、強烈を信条としてアントリオンの機体性能を限界まで引き出す。それがワーカーたる者の本分である。ここまでは良い。

 だが、ドライバーの場合は少し事情が違う。そもそも人間の体は、高Gに耐えられるような構造をしていない。機体性能が上がれば上がるほど、操脚技術を磨けば磨くほどに、同乗者にかかる重力加速度も増していく。他のポジションには無い全力全開への希求が、ドライバーにはあるのだ。

 ――彼女たちなら、全力を出しても大丈夫かもしれない。

 そんな期待と共に、馴染み深い諦観の声もする。

 ――どうせ耐えられない。すぐに壊れてしまう。

 鳴りを潜めていた全力への渇望は、彼女たちとアルゴスに乗るようになってから、日増しに強くなっていく。

 ……或いは。

 彼女たちを殺すのは、ミルメコレオではなく自分なのかもしれない。

 堂々巡りの懸念に囚われ、クレアは再度、深い溜め息をつく。

 そんな不安が伝わってしまったのか、

「大姉ちゃん、あんと・わーかーの事はよく分からないけど……」

 レイヌの手が、す、と髪に触れた。

 むずかる赤ん坊をあやすように、優しく穏やかにクレアの頭を撫でながら、

「期待しているなら、遠慮してちゃ駄目よ? もちろん、妥協しても駄目。お互いに本音をぶつけ合わないと、仲間との絆は深まらないものなの」

 諭され、試しに本音を交えたコミュニケイションというものをシミュレーションしてみる。

 途端、喧嘩上等とばかりに指を鳴らしつつ歯を見せ笑うルトと、瞬き一つせずじっとこちらを見据えてくるステラの姿が浮かび、クレアはぶるると身を震わせる。

「う、ううにゅ……。にゃんだか難しそーだにゃう……」

 早々と音を上げるクレアに、レイヌはからからと笑ってみせる。

「あら、簡単よ。お婆ちゃん《グラン・マ》もよく言ってたでしょ?」

 ぴ、と人差し指を立て、

「“いつでも胸に、誰かを必要とする素直さと”――」

 告げられた台詞に覚えがあった。

 反射的に後を引き継ぎ、

「――“誰かに必要とされる喜びを持て”」

 一拍。

 せーの、と声を揃えて、

『“そうすりゃ人生、なんとかなるなるっ!”』

 その言葉こそ、今は亡きグラン・マが残したカンパネルラ家・家訓、その名も『なるなる十箇条』のうちの一つであった。

「レアちゃんならきっと出来るわ」

 励ましに、クレアは跳ねるように上体を起こす。

 うーん、と両手を上げて伸びをして、気合一発立ち上がって、

「うにゃ! 頑張ってみるにゃ!」

 こちらを見上げ、朗らかな笑みを浮かべる姉の頬にお別れのキスを。父の待ち伏せをするりと躱し、屋敷を後にする。

 ぽっかりと浮かんだ月を眺め、散歩がてらに歩いて帰ることにする。

「今日はこっち優先しちゃったけど、明日にでも晩ごはん誘ってみようかにゃあ……」

 呟き、はてさてどういうアプローチでいこうかと思案しながら、ぶらりぶらりと家路を辿るのであった。

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