プロローグ
まずは、昔話から始めたいと思う。
天下に名だたる大国、ドラグネイム王国、王城地下に巨大な空洞が発見されたのが、もう三百年も前の話になる。
宝物庫の改築の際発見された空洞は、思いのほか深く、大きく広がっているようだった。
君子危うきに近寄らず、とはけだし名言ではあるものの、そうもいかないのが人情というものであり、当時の王もまた、人の子であった。
王命によりすぐさま調査隊が組まれ、地下空間へと送り出された。
だが。
総勢二十名を数える調査隊のうち、誰ひとりとして戻ってきた者はいなかった。
いったい、彼らに何があったのか。
王の興味はいや増し、精強を誇る王国守護騎士団の中でも選び抜かれた精鋭たちを護衛に付け、再度調査隊が結成された。装備も資材も十二分に整えた、百名からなる大所帯であったと記録されている。
数日後、調査隊は帰還した。
大盤石の備えで望んだにもかかわらず、生き残ったのはわずか十数名であった。
彼らは語った。
地下空間内部は途方も無く広大で、迷路の如く複雑に入り組んでいた、と。
不思議な形の建物が並び、そこら中に見たこともない材質の器具や設備が転がっていた、と。
そして、なにより。
侵入者に対して容赦なく襲いかかる、巨大な怪物が犇めいていた、と。
後世に重装機甲械獣――『ミルメコレオ』と呼称されることになる人類の仇敵との、それがファーストコンタクトであった。
続く調査は当然の如く難航した。なにせそこら中に鋼の装甲を纏った化け物がうろうろしているのである。いかな騎士団の精鋭とはいえ、剣と盾、気合と根性では荷が重い相手であった。
しかし、それでも。
幾度目かの無謀な挑戦の後、夥しい犠牲と引き換えに生還した調査隊が迷宮内から持ち帰った資材や技術は、当時の文明レベルを遥かに凌駕したものばかりであった。
いかな圧力にも折れず曲がらぬ堅牢な金棒。引鉄一つで龍の火を発する短筒。空間距離を無視して時差無く会話可能な護符……。
秘法を前に、王は悩んだ。
このまま探索を続け、首尾よく迷宮技術を手に入れることが出来れば、王国はますます発展する。このまま秘法を手にすることでができれば、神代に謳われる千年王国も夢ではなく、希代の名君として歴史に名を刻むことも……。
さりとて、これ以上虎の子である騎士団を費やすワケにもいかない。いかな天下泰平の世とはいえど、いつ乱世の炎が燃え上がるかもしれぬのだ。一か八かの賭けに、むざむざ手札を消費する訳にはいかない。
伸るか、反るか。
悩んだ末に、王は国中に御触れを出した。
『求ム探索者』
『性別、年齢、経歴問ワズ』
『持チ帰ッタ素材、技術、情報ノ質、価値ニヨッテハ、望ミノ褒美ヲトラス』
この号令を、昨今の史家連中は口を揃えて大英断であったと評す。いくら国庫に余裕のあった時期とはいえ、最悪国が傾く可能性もあったのだから、と。
とにもかくにも、この号令を皮切りに、人類史上何度目かの大冒険時代が幕を開けることとなる。
巨万の富、勇者の栄誉、妙なる神秘――かつて人類が欲し、焦がれ、一度はあらかた食い尽くしてしまった御馳走が、さらなる未知と危険を孕み、おいでおいでと手招きしているのである。
世界中から命知らずの冒険家が集結し、ただでさえ賑わいに満ちていた王都は混沌の坩堝と化した。
日に何百何千という途方もない数の冒険者が迷宮へ潜り、その大半が二度と帰ってくることはなかった。
それでも、試行回数の増加に伴いぽつぽつと当たりを引く者も出始める。名も無き冒険者から一躍、吟遊詩人の奏でるサーガの主役となる者が現れだすと、後はもう火に油で突撃ススメである。
迷宮の噂は国を越え、地の果てまでも届くに至り、冒険者の数は爆発的に膨れ上がった。
そうして、生と死の熱狂と共に月日は流れ――
現在。
迷宮は、三世紀が経った今もなお、底無しの暗黒に満ちた口腔を晒している。
現在、王国直営ギルドで確認されている最下層は第六十層。
単純計算すれば五年で一層という、迷宮を知らぬ者からすればお世辞にも早いとは言い難いペースである。
だが、少しでも迷宮についての知識を持ち合わせている者ならば、口が裂けても遅いなどとは言うまい。迷宮内部は潜れば潜るほどその広大さを増し、悪夢の如く複雑さを増していくのだから。
加えて、決して無視出来ないのがミルメコレオの存在である。
この迷宮内部に巣食う怪物どもはどいつもこいつも筋金入りの難物で、生半可な攻撃では傷一つ付けることも出来やしないのだ。剣と盾、気合と根性ではにっちもさっちもいかない。
そこで、ひ弱な人類は知恵をふり絞った。
溯ること王国歴六百三十五年、露出狂の大天才として名高いアル=ジェラード博士が提唱した「相手が鋼の化け物ならば、自分たちも鋼の化け物になっちゃえばいいじゃん」という、目眩がするほど単純明快なコンセプトの元、開発は始まった。
にっくきミルメコレオからぶん奪った鋼の装甲と、迷宮内部で発見された高度な技術を用い、幾多の機械技師たちが寝る間も惜しんで造り出した、対重装機甲械獣用決戦兵器、武装多脚砲台――『アントリオン』である。
その大々的なキャッチコピーとは裏腹に、当初の性能はそりゃもう酷いものであった。それこそ、歩行可能な棺桶程度の性能しか発揮できなかったのである。
だが、ある程度の時が経ち、それまで用途不明とされていた迷宮技術が解明されていくに従って、アントリオンもまた、ある種デタラメな勢いでもってその機体性能を向上させていった。
ほどなくして、アントリオンに搭乗して迷宮探索を行う酔狂な輩が現れる。はじめこそ複雑怪奇な操作方法に戸惑い、一時的に搭乗者の死亡率が上がったものの、七転び八起きを合言葉に、血で血を洗う試行錯誤が繰り返された結果、どうにかこうにかある程度の立ち回りが確立された。
かくして迷宮攻略は飛躍的に効率を上げ、「馬鹿な真似を」「無駄なこと」をと静観していた連中も、格段に跳ね上がった撃破数と生存確率を目の当たりにして、こぞって真似をし始めた。
そんなわけで。
現在、アントリオンは迷宮攻略に欠かせぬ存在として、確固たる地位を築いている。
そんな迷宮攻略を生業する者たちを、人々は最上級の敬意と皮肉を込めて『アント・ワーカー』と呼んだ。
これから語るのは、三人の若き『アント・ワーカー』たちの物語である。