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名無しの物語  作者: こめ
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第五話 過去


何だこいつは。


ナンだこいつは。


何なんだこの生物は!



ドシン・・・とソレは着地する。言葉では表すことの出来ない脅威が、そこに、具現していた。



ソレが、三度、吼える。





ギュアアアアアアアアオオオオオオオオオオォォォォオオオオオオオォォォォ・・・・・・・





大気が、震える。ソレが何なのかわからない。ただ、敵わない。圧倒的に。どうして良いかもわからない。存在の規格が違う。ヤツにとっては正に、自分達はただ少し大きいだけの羽虫同然だ。




・・・震えている。背中越しに恐怖が伝わってくる。それではっとした。自分には、何が何でも守らなきゃいけないものがあったんだ。俺は、そのために、自分を鍛えてきた。基礎しか教えてもらえなかったが、武術だって仕込んでもらった。



・・・ここで何も出来なけりゃ、あの時から何も成長していないのと同じだ!


「あ・・・ああ・・・。お・・・おにぃ、ちゃ・・・。」

「野々香。」

「あ・・・。え?」

「壁際まで、下がってろ。」


・・・声が上ずって無いか心配だ。


「で・・・でも、」

「いいからさがれっ!!」


ゆっくり。本当にゆっくり背中から手が離れる。そのまま、またゆっくりと、後ろへと下がっていくのを感じる。その間、凶悪で、馬鹿げた、目の前の巨大で理不尽な暴力から、眼が離せない。・・・狩人の余裕だろうか。時々うなってはいるが、仕掛けてこない。


大きく息を吸って吐く。まずはヤツの注意を俺だけに向けなくては。


ぐっ、と。拳を固める。手のひらは確実に今までに無い位びしょびしょだった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


自分に出来る最大級の叫び。さっきのヤツの咆哮に比べればあまりにも脆弱だ。





だが、それでも。




ヤツに向かって走り出す事くらい、できた。












・・・本当に唐突な話だが。



俺達兄妹は、昔誘拐された事があった。

後になって聞いた話だと、身代金目的の誘拐だったそうだ。・・・最初は。

まあ、そんな事はどうでもいい。

寒い、月明かりしか明かりのない薄暗い倉庫に。二人で閉じ込められた。

最初の内は出せよ出せよと叫んでいたものの、一向にその気配もなく。

しゃくりあげて泣く野々香をどうにかなだめるのに手一杯になってしまった。


「ひっく、うっく・・・帰りたいよぅ・・・。おにいちゃぁん・・・。」

「大丈夫だって。俺がどうにかするから。」

「ほんと・・・?」

「ああ、ほんとだ。だからもう泣くなって。」

「・・・うん。」


とは言え、どうにかできる訳も無い。本当はこっちが泣きたい位だった。


しばらくすると、男が一人、入って来る。手には電話らしきものを持っていた。


「・・・!!出して!お願い、ここから出して!!」


野々香はすがりつかんばかりの勢いで懇願した。相手は自分を誘拐した男にもかかわらず。


が、男は満足げに笑うと、電話機に向かってしゃべりだした。もともと通話中だったようだ。


「お願い!お願いだからぁっ!」


本当にすがり付く。と、うるさそうに野々香を突き飛ばした。


「ひきゃっ・・・!」


突き飛ばされて、尻餅をついて、転がる。慌てて駆け寄った。


「野々香!大丈夫か!?」

「いっ・・・たぁ・・・っ。」


頭にきた。よくも、野々香を。


「おまえぇっ!!」

「・・・・・・?」


電話を中断してこちらを見る。


「僕の妹に何すんだぁっ!!」


言って、殴りかかった。が、ひょいと避けられる。勢いあまって転んでしまった。


「くっ、このぉっ!!」


立ち上がって、再び殴りかかろうとして、・・・止まった。


・・・とても。とても冷たい眼で。アイツはこちらを見ていた。


「んん。そうだ。イイこと、思いついた。」


電話の向こうの相手にか。それとも俺にか。アイツはそうつぶやいた。

にやぁぁ、と、イヤな、ワライを、うかべて。





数十分後。部屋にはボロボロの状態になった少年と少女が横たわっていた。

体中が痛くて、気を失いそうになる。が、痛みのセイで目が覚める。・・・その繰り返し。

アイツは、狂ったように笑いながら俺を殴った。蹴った。壊そうとした。

泣きながら止めに入ろうとした野々香を、・・・同じように殴った。

俺はそれが許せなくて、なんとか止めようとして、また殴られる。・・・その繰り返し。


「あ・・・ご、はが・・・ぁ。・・・の・・・の、か・・・?」


ひゅー、ひゅー、と息をしている音がする。良かった。とりあえずは、生きている。


「だい・・・じょ、ぶ・・・か?」


大丈夫な訳が無い。が、これ以外に聞きようも無かった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「・・・のの、か・・・?」

「は・・・ぁ。・・・だ、いじょう、ぶ。・・・まもって・・・くれた・・・か、ら・・・。」


良くは憶えていないが、最後の辺りは何とか野々香の上になって、振り下ろされる暴力に必死に耐えていた。・・・よく死ななかったものだ。


「ごめん・・・ごめん、ね。・・・私の、せい・・・で。」

「ば、か。きに・・・す、・・・ごっ」


血を、吐いた。もうそこらじゅう血や嘔吐物が散乱していた。


「げはっ、げはっ、ごぼっ!!」

「お、おにい、ちゃん・・・!」


まずい。このままでは本当に死ぬ。・・・直感的に、そう思った。


「やだ、やだぁ・・・。しっかり、してよぉ・・・。」


泣きながら、野々香が這って来る。・・・動くのも辛いだろうに。


「しんじゃ、やだぁ。・・・いなくなちゃ、やだぁぁ。おにいちゃん、おにいちゃぁぁん。」


ずる、ずる。左腕だけで、這って来る。右腕は、・・・曲がるはずの無いポイントで、有り得ない方向に捻れていた。


「ぅ、ぇ。・・・ふえぇぇぇん。おに、ぃ、ふぅ、ちゃぁん・・・。」


泣いてる。野々香が、泣いてる。なら、慰めて、やらないと。


ぼろぼろ泣きながら、どうにかたどり着く。


「うっく、お、にぃ、ひっく。」


慰めないと。僕は、お兄ちゃん、なんだから。


なんとか動く両腕で野々香を抱きしめ、頭を撫でてやる。 鋭い痛み。見ると、撫でている右手の子指がおかしな方向へ曲がっていた。


「ふぐ、ぅ、ぇ・・・。」


野々香は泣き虫だったが、こうすればいつも泣き止んだ。友達にからかわれたりもするが、この位で泣き止んでくれるなら安い物だった。


「だい、じょ・・・ぶ。おにい、ちゃんが、ま・・・もって・・・。」



・・・あ、


・・・・・・まずい。



視界が、白む。閉じていく意識の中でなんとなく憶えていたのは、どたどたとした何人かの足音と、パァン、と言う破裂音だけだった。




後日。病院のベッドで目覚めた。結局警察が踏み込んでどうにかしてくれたらしい。犯人は抵抗した為射殺。僕ら二人は全治三ヶ月以上の大怪我。怪我自体は寝ていれば治ったのだが、野々香には少し深刻な問題が残った。しばらくの間僕から離れられなかったのだ。一人になるのが嫌なのではなく、僕と居ないとおびえてまともに動けなくなってしまったのだ。最初の内は体の一部が触れていないと恐慌状態に陥るほどだった。







その状態からも何とか立ち直り、傷も完全に癒え、一年が経とうとした頃。・・・両親が事故で亡くなった・・・。





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