第三十三話 謎の館探索
ぎしり。ぎしり。
かなり古めかしい造の屋敷の中を、トウマ達一行はおっかなびっくり歩いていた。元はとある貴族の別荘だったらしいこの建物は、その貴族の没落と共に無人の廃屋へと化していた。何年も誰も入っていないせいだろう、埃は積もり、掛けてある絵画は皆斜めをむいていたりおちていたりしている。最早ここに人が生活していたであろう時の優美さなどカケラも無く、幽霊屋敷と呼ぶにふさわしい有様である。
「「「「・・・・・。」」」」
トウマを先頭に、その背中にユイ、ムイ、野々香がぴったりと張り付いて歩いている。屋敷は昼だというのに薄暗く、いかにも何か出そうな雰囲気であった。
何故彼等はこんな所に来ているのか。
事の発端は、トウマが葉山に呼び出されたことから始まった。
「実はちょいと頼みがあるんだ。」
今だ怪我が治らないらしく、相変わらずの包帯姿でそんな事を言ってきた。
「頼み?」
「うむ。おーぃ、シェラ。」
傍らの女性が書類を差し出した。
「はいッス。どうぞでス。あ、私大佐の秘書をやってるシェラでス。以後お見知りおきをっス。」
「ありがとう。ムイからきいてるよ。仲良くしてもらえるとありがたいッス。」
「えぇ。それはもう是非によろしくでス!」
書類を受け取り、笑顔でシェイクハンド。うむ。良い子のようだ。
「ほれ爆弾ペンギン共。話を続けるぞ〜。」
葉山の頼みというのは、とある屋敷の調査だった。その屋敷はすでに何年も使われていなかったのだが、最近になってその屋敷にかなり価値のたかい魔導書があるのではないか、という情報がはいった。
「で、それを探してこいと?」
「そういう事だ。別に見つからなければそれでも構わない。給料も払うし、魔導書を見つけられればボーナスも出そう。当然魔導書は引き取るが、な。」
少しだけ考えて、トウマは口を開いた。
「で?その心は?」
「ん?」
「何故俺なんだ、って事さ。お城の兵隊にも暇してる奴位いるだろう。」
と、葉山は急に苦い顔をする。
「あ〜・・・実はな、いわくつきなんだよ。その屋敷。」
「いわく?幽霊でもでるのか?」
葉山は更に渋い顔をして、
「いや、出るのはなんと吸血鬼らしい。」
と言い出した。
「はぃ?」
「それだけじゃない。魔法で作られたゴーレムだの合成獣だのゾンビだの妖怪人間だの。不思議生物のオンパレードだ。」
「おいおいおい。そんな馬鹿げた話が・・・・。」
そこまで言って、トウマは自分が今何処にいるのか思い出した。
「無い、とは言い切れないだろ?実際そこの持主だった輩はかなりの変人で通ってたらしくてな。夜な夜な怪しげな実験を繰り返してたらしい。この辺りじゃ最早御伽噺クラスさ。そのせいで気味悪がってだれも行こうとしない。それにこれは個人的な話でもあるから、お前に頼みたいんだよ。」
今の所魔導書の話は秘密になっているが、万が一漏れないとも限らない。夜盗でも入れば事だ。
「まぁお前なら何が出ても平気だろ。」
しばらく悩んだが、結局トウマはこの話を引き受けた。
その後家に戻り、夕食の席でついしゃべってしまった。その結果目を輝かせて付いて行くとムイが言い出し、ムイだけに行かせるのは不安だとユイが言い出し、皆が行くなら私もと野々香まで言い出した。まぁ探し物をするなら人手は必要だし、とトウマは了承し、全員で行くことになったのだ。
次の日に家を出て目的の屋敷につくまでまるでピクニックに行くかのような勢いだった一行だが、到着するなりユイとムイの様子が一変。
「ご主人様・・・ここは、その・・・色々とダメです。」
「ここ怖い・・・。帰った方がいいよぅ。」
と言い出した。しかし仕事を任された身でもあるのでこのまま何の探索もせず帰るわけにはいかない。ここで2人で待ってろと言うと、ここでトウマと離れる方が嫌だと言って付いて来たのだが。
「こわいよぉ・・ごしゅじんさまぁ・・・・。」
「・・・・・・・・・。(ぎゅっ。)」
2人ともがっちりとくっついて歩く為トウマ的には歩きにくいことこの上なかった。そんな2人の様子を見て恐怖心が沸いてきたのか、野々香までしがみついて離れなくなってしまった。
「やっと着いた・・・書斎はここか?」
そんな調子で歩くこと数分、やっと本がありそうな場所にたどり着いた。
「お兄ちゃん、ここに、その魔導書が?」
「わからん。が、まぁとにかく入ってみよう。」
ギュギィィィィ、と、開けたらそのまま壊れるんじゃないかという音がする扉を開ける。そこはトウマの言う通り書斎だった。他の場所とかわらず荒れ放題ではあったが、大きな机とその背後にある更に巨大な本棚は、荒れ放題の中にあって異様な存在感をはなっていた。
「よし、皆手分けして探そう。足元に気をつけてな?」
「うん。わかった。」
「了解です。」
「・・・・・・・。」
皆離れて探し始める。が、何故かムイだけはしがみついたまま離れない。
「どうした?」
「・・・どうしてもはなれなきゃ、だめ?」
「じゃないと探せないだろ?」
「うぅ〜。はぁい。」
しぶしぶ、と言った感じでトウマから離れる。そんなに怖いのだろうか。そう思いながらも、とりあえずトウマは閉めっぱなしの窓を開ける事にした。
「う〜ん、見つからないね・・・。」
探し初めて小一時間程経っただろうか。書斎の中は粗方探し回り、少し休憩してお昼を食べる事にした。しかし魔導書こそ無いものの怪しい本が出るわ出るわ。文字が分からないので内容こそ分からなかったが、ここを使っていた者がもともな神経をしていなかった事はよく分かった。ユイとムイには本の内容はみせず、どこかに落ちたりしていないか探させたり遠くの本を持ってこさせたりしていたが、そうして本当に良かったとトウマは思っていた。
ちなみにどうやって探しているのかと言うと。
魔導書とはいくつか種類があるが、正確には書物ではなくある種の魔法であるらしい。自分の
知識や残したい事、魔法そのものであったり、その使い方、相殺方法であったり。ともかく様々な魔術関係のモノをを別の魔法でもって書物の形に仕上げた物。それがこの世界における魔導書、という物らしい。この書の形にすることが出来る魔法はある特定のパターンの波長のようなものを放つらしく、それを探知する道具を葉山から借りたのだ。
「そうだな・・・。もしかするとここじゃないのかもしれないな。」
魔導書とはすなわちそれを作った魔法使いの遺産であり、その生涯そのもの、と言ってもいいものらしい。そんな大事な物を、こんな所にポンと置いておくものだろうか。
「やっぱり隠し部屋とか秘密の宝物庫とか、そういうのを探さなきゃいけないんかな?」
「そうなると私達だけじゃ辛いね・・・。」
ふぅ、とため息をついて野々香は書斎のイスに腰掛ける。
「もぐもぐも・・・ぐ?ふぇーふぇーほしゅひんはまー。」
口一杯に野々香お手製のおむすびを頬張りながら、ムイが話しかけて来た。
「ん?どした?後ちゃんと飲み込んでからしゃべりなさい?」
「むぐむぐ・・・ごくん。ねぇねぇ。アレ、なんだろ?」
ぴっ、と、野々香を。いや、野々香の前にある机を指差した。
「机がどうかしたのか?」
「んとね、ココ。」
トコトコと歩いて、ぴし、と指差す。そこには。
「・・・なんだこりゃ?」
机の裏側。正面からは見えない位置に、円柱のような突起物が3cm程飛び出していた。
近づいて確認して見る。左右対称に作られている机の中で、明らかに異質な突起だった。引き出しがついていたようにも見えないので、ストッパーとも考えづらい。
「これは・・・もしかするともしかするかもしれんな。」
「えへへ。えらい?」
「ああ。えらいぞームイ。」
ひとしきりムイの頭をなでなでしてから、改めて突起物にふれる。
「多分スイッチか何かだな・・・押して見よう。」
トウマがぐっと力をこめて突起を押し込む。すると、
ガキン! ガコガコガコガコ・・・・
「きゃぁ!?」
「お?」「ふぇ?」「・・・?」
声に驚いて後を振り返ると、
野々香が後に傾いていた。
否、野々香が座っていたイスが傾いたのだ。
「え?え?ちょっ、何が」
バタン!!
「しまった、野々・・・!」
「お、おにぃちゃ、っ!!きゃあああああああああああ・・・・・・!!!!」
助けようと伸ばした手は一瞬遅く。
野々香は突如開いた床にジェットコースターの如く飲み込まれて行った。
余りに突然な出来事に我を忘れて呆然とする三人。
「・・・ユイ、ムイ。」
その中で、最初に平静を取り戻したのはやはりトウマであった。
「あ、ぁ・・・ごしゅじんさま、どうしよう、野々香ちゃんが・・・!」
「・・・大丈夫だ。俺が後を追う。」
「・・・僕たちは、どうすれば?」
「いそいで城に向かって、葉山に状況を知らせてくれ。出来れば応援も。」
「わかりました。すぐ戻ります・・・無理はしないでください。」
「フレー、フレー!ごっしゅじんさま!」
「ああムイ・・・。それも嬉しいけどそういう意味じゃなくてだな。」
「大丈夫です。人をたくさん呼んでくれば良いんですよね?」
真面目な顔でユイが言う。こういう時ユイはとても頼りになる。
「ああ。まぁ葉山に言えば大丈夫だと思うから、よろしくな。」
「分かりました。行ってきます。」
「ごしゅじんさま・・・ハヤマを連れて、すぐ戻ってくるからね!」
くるりと後ろを振り向き、即座に駆け出す二人。トウマの言葉だからなのか、そこには微塵の躊躇も無かった。
「さてと・・・・。俺も行くか。」
軽く深呼吸をしてから気を引き締めると。
トウマは野々香が飲み込まれて行った奈落の底へと、飛び込んで行った・・・・。