第三話 強制送還
最寄の商店街で夕食の買い物を済ませた二人は、骨董屋「卍屋」へ向かっていた。
「大丈夫?お兄ちゃん。重くない?」
「平気だよこの位。野々香のも持とうか?」
「さすがに手ぶらじゃ悪いよ。私の趣味にも付き合ってもらうんだし・・・あ、あそこだよ、卍屋。」
商店街の角にぽつんと、古めかしい建物が建ある。そここそが妹の行きつけである卍屋だ。店の前にある大きな狸の焼き物が特徴的だった。来たのは初めてだが、いかにも、と言った感じのお店だ。
「ごめんくださーい。・・・わあ。本当に色々入ったんですねぇ。」
「おお。お嬢ちゃんか。どうじゃ、たいしたもんじゃろ。」
野々香はきょろきょろと店中を見回している。店主らしき爺さんはその姿を嬉しそうに眺めていた。確かに店内は古そうな物のオンパレードで、刀らしき物まで飾ってある。・・・真剣、なのだろうか。なんだか興味が沸いてきた。
「おじゃましますよっ・・・と。あの、ちょっと荷物置かせてもらってもいいでしょうか?」
「ん?ああ、別にかまわんよ。・・・お前さん、見ない顔じゃな。お嬢ちゃんの彼氏かなにかか?」
「あははは。ええ。そうです。」
「お、お兄ちゃん!?あの、違います!お兄ちゃんは私のお兄ちゃんで、あの、その。」
「かかかか。いわずともわかっとるよ。仕事柄物を見る目は養っとるんでな。」
「あうう。も、もう!お兄ちゃん!!」
「怒るな怒るな。物を見るのが先だろう。」
まだ何か言いたげではあったが、あきらめたのか骨董品に目を移した。小さくぶつぶつ言ってるあたり、後で何か言われそうではあるが。
しばらくじっくり品を見ていたが、中々にバリエーション豊富だ。日本の古い調度品から民芸品、武具や人形、はたまた西洋アンティークまで、左程広くない店内ではあったが、世界中から集めたのではないかと思われる程様々なものがある。店主の好みなのだろうが、どれも落ち着いた色合いで、店内はまるで不思議な別空間の様だった。ちなみに、飾ってある刀は真剣らしい。ちょっと抜いてみてもいいかと尋ねたが、買ってくれそうな人じゃなければダメ。だそうだ。
色々と店内を物色していたが、一つだけ、妙なものを見つけた。黒い塊が一つ、角の方にぽつん。と置いてあった。
「あのー。これは何なんですかね?」
「んん?ああ、それかい。それはなぁ、わしにも分からんのじゃよ。」
「分からない?おじいさんがですか?」
野々香は目をパチクリさせている。先程物色していたとき説明してもらったりもしたのだが、年の功か、その博識ぶりは大したものだった。常連の野々香は、それを良く解っているのだろう。
「いやのぅ。どうも業者が間違えて持ってきたものらしくてな。壁掛けみたいじゃから飾ろうかとも思ったんじゃが、どうも店の雰囲気とは合わんでのぅ。」
「なら業者に引き取ってもらえば良いじゃないですか。」
「馬鹿者。こういうものは役得として貰っておく物じゃ。」
ちゃっかりした爺ぃだ。
「あの、ちょっと広げてみてもいいですか?」
「おお。構わんよ。」
黒い塊を広げてみる。広げてみた大きさは丁度人一人分、といった所か。真っ黒な布地。その中央に、
「・・・なんだこれ?」
妙な模様が書いてあった。何かの絵のような、字のような。色が霞んでしまっているのか、元は何が書いてあったのか全くわからない状態であった。
「ん〜〜〜。・・・解らん。全く解らん。何なんですかね。これ。」
「じゃからわしも知らんと言うとるじゃろうが。こんなに真っ黒じゃ壁に掛けるのもなんじゃからのう。」
「・・・・・・・・・。」
「?・・・野々香?どうした?」
「あ、・・・うん。何か・・・不思議な感じがして・・・。」
「なんじゃお嬢ちゃん。それが気に入ったのか?・・・変わっとるのう。」
「え?あ・・・いや、その・・・。」
「おいおい。」
「おっと。失言じゃったな。すまんすまん。代わりと言っては何じゃが、それを持っていってくれてかまわんよ。もちろんお代など取らん。」
「ええ?良いんですか?」
「うむ。どうせここにあっても使い道に困っとった所じゃしの。」
驚いた。金銭関係には結構がめついのかと思っていたが、意外に太っ腹らしい。
「その代わり、又ここに来ておくれ。お嬢ちゃんみたいな若い常連さんは中々おらんでの。」
「あ・・・、はい。ぜひ!」
バスに揺られながら家路に着く。思わぬ収穫に野々香はすっかり上機嫌だ。
「しかし、その壁掛け?のどこが良いんだ?さっぱりわからんのだが。」
「う〜ん。良い物って言うか、とにかく何か不思議な感じがしたの。」
「ふぅん。ま、いいけどな。」
家に帰り着く頃には辺りは暗くなり始めていた。買って来た材料は、夕飯に必要なものを除いて冷蔵庫に収める。野々香が上機嫌なこともあり、夕飯はいつもより豪華なものとなった・・・。
夜。後片付けも終わり、お風呂もしっかり入った。私は、自分の部屋で昼間骨董屋さんで貰ったあの黒い布地を広げてみていた。
「うん。やっぱり。何だろう、この感じ。」
上手く表現出来ないけれど、確かにこの布地からは妙な力というか何と言うか、を感じるような気がする。あ、先に断っておくと、私には霊感とかそういう類の能力は無い。・・・と思う。
「それに、この絵?かな。・・・不思議だなぁ。」
骨董屋のおじいさんもお兄ちゃんも首を捻っていた。でも私には、この不思議な力のようなものは、この絵に原因が有るような気がしていた。
「でも結局これがなんだか解らないし・・・。むう〜。」
一生懸命考えてみるけど解らない。ふと時計を見ると、もう零時になろうとしていた。これ以上考えてもしかたがない。それに、寝るのが遅くなるとまたお兄ちゃんに迷惑を掛けてしまう。私は考えるのを諦めて、部屋の電気を消した。と、
偶然、カーテンの隙間から漏れた月光が、黒い布の絵に降り注いだ。すると、
突然布が輝きだした。それどころか、絵の消えていた部分にも光が走り、円形の複雑な図のようなものが浮かび上がった。
「・・・なに、これ?・・・光ってる。」
不意に、輝く図形へと手を伸ばした。瞬間。
「きゃあああああっ!!」
図形に手が吸い込まれた。それどころか、すごい力でぐいぐいと野々香を吸い込もうとする。必死で踏ん張ろうとするが、耐えられない。
「くっ、ううっ・・・。お兄ちゃん、たすけて・・・」
悲鳴はトウマの部屋にも聞こえてきた。ベッドから跳ね起き、一目散に野々香の部屋を目指す。
「どうした!何があった!!!」
部屋に飛び込むと、トウマは自分の目を疑った。今日骨董屋で貰った黒い布に、何かのゲームで似たようなものを見た事がある、確か魔法陣、と呼ばれていたようなものが描かれており、それに・・・野々香が飲み込まれようとしていた。
「お、お、にい、ちゃ、たす、け・・・」
考えるよりも先に動いていた。すぐさま野々香の体を掴み、渾身の力を持って引き上げようとする。
すでに体の半分近くは陣に飲み込まれようとしていた。
「ぐああああっ!!!待ってろ、すぐに引っ張り出してやるからな!」
だが、いくら力を込めても引っ張り出せない。それどころか自分まで陣に飲み込まれていく。野々香はもはやかろうじて顔が出ているだけの状態である。
「私は、いい、から、逃げ・・・」
「馬鹿!!そんなことでき・・・う、うわあああっ!?」
急激に吸引が強くなる。ついに耐えられなくなり、二人とも陣に吸い込まれてしまう。
「うああああああああっ!!!」
「きゃあああああああっ!!!」
堕ちているのか昇っているのか解らない。目を開けることすら出来ない状況で、トウマはそれでも野々香を抱きしめていた。何としても野々香だけは、そう強く想いながらも、彼の意識は急速に薄れていった・・・。