第二十七話 本選、開始
・・・こうなる事は分かっていた。
こうなる事は予想できていたはずだ。
・・・でも、仕方なかった。防ぎ様が無かったんだ。気付いた時には、もうどうしようもなかった。
「あむ・・・あむあむ・・・。」
「ぺろ・・・ぺろ・・・。」
「んぅ・・・おにぃ・・・ちゃ・・・。」
「・・・動けん・・・。」
ユイに右腕、ムイに首、野々香に左腕をガッチリホールドされ、まったく身動きが取れないトウマくんであった。ちなみに顔面はすでに舐められつづけてべたべたである。
無論、力づくで引っぺがせば事は済む。だが、
「えへへ・・・ごしゅじんさまぁ・・・♪」
「すぅ・・・すぅ・・・。」
「ん・・・くぅ・・・。」
三人とも非常に気持ち良さそうに寝ている為起こすには忍びないと思い、どうにか起こさず抜け出そうと試みてはいるのだが、なかなかうまく行かない。
一番問題なのは野々香だった。両腕を絡ませて自分に抱き寄せるようにしがみつき、おまけに両足で手首を挟むようにしている。これではそう簡単に抜け出す事が出来ない。また、この体制でいる為に違う意味でも厄介な事があった。しかたない、といえばしかたがないのだが、どうしても、あたってしまうのである。
「んー・・・。」
むに。ふにふに。
「・・・ううぅ・・・。」
ほんの数年前までほとんど自分と同じような体つきだったと言うのに、いやはや時というのは恐ろしいものですなぁ、とか感慨にふけっている場合ではない。早いとこ脱出しなければ、兄として、男として、色々と不味い。
「・・・・・しかし、本気でどうしよう・・・。」
とりあえず今度からは寝床は別にしよう、と固く誓ったトウマであった。
「あ〜、やっと抜け出せたか・・・。」
どうにか野々香達を起こさずに抜け出すことができたが、もうかなり日が高くなってきている。本戦は午前中にはもう始まるはずだ。急がなければ、間に合わない。
「むぅ・・・。ま、いいか。」
時間も無い。三人は起こさず、書置きだけ残して一人で先に行くことにした。必要なことだけ簡潔に書いて、テーブルに置いておく。
「んじゃ、行ってくる。」
眠る三人の頭を軽く撫で、トウマは部屋を後にした。
「う・・・ん・・・。」
むくり。
「ん・・・ふぁ・・・。」
可愛らしい大きなあくび。トウマがいなくなって最初に目覚めたのは、ユイだった。ふるふる、と顔をふるって眠気を覚ます。
「・・・あれ?ご主人様・・・?」
ベッドにトウマがいないことにはすぐに気が付いた。残り香が割りと強く残っているため、先ほどまでいたのは間違いない。
もぞもぞとベッドから抜け出て、あたりを見回すが、見当たらない。恐らくは、部屋にはいないのだろう。
「ご主人様・・・どこに行ったんだろう・・・?」
と、いつも皆で食事をとるテーブルの上に、何か紙切れが置いてあるのに気が付いた。
「これは・・・。」
その紙には、こう書いてあった。
ユイかムイへ。
眼が覚めたら思っていたより寝過ごしたみたいだったから、先に一人で闘技場にいってくる。
応援には来ても来なくてもいい。来てくれるなら嬉しいが、その時はなるべく野々香を起こしてやってくれ。
トウマより。
「え・・・!?」
慌ててベッドに駆け寄り、ムイを揺する。
「ムイ、ムイ!起きて!」
「んふふ・・・ごしゅじんさまぁ・・・もうたべられなぃよう・・・。」
「ムイ・・・!ご主人様は、もう行っちゃったよ!」
「ふぇ・・・?・・・あれ??ごしゅじんさまは?」
「だから・・・!」
「えええっ!ほんと!?」
「うん。早く野々香さんを起こして、応援に行こう?」
「うん!ののかちゃん、のーのーかーちゃーーーん!!おーきーてーーーー!!!」
「野々香さん、起きてください!」
ムイが渾身の大声を出し、ユイがゆさゆさと体を揺する。が。
「くぅ・・・すぅ・・・。」
眠り姫を起こすには少々火力不足なのであった・・・。
「はやくはやく、急いでーーー!」
「ま、待って、お願い待って、急ぐからそんなに引っ張らないで・・・!」
顔をつねったり大声をだしたり、仕舞にはマウントポジションをとって暴れたりと、とにかく使える限りのありとあらゆる手段を行使してどうにか野々香を起こしたムイ達。それでも軽く一時間は掛かってしまったが、寝ぼけ眼の野々香を引っ張り、やっとの思いで闘技場まで辿り着いていた。しかし、大まかな結果報告用の簡易掲示板の前で、野々香がへたり込んでしまった
「はぁ、はぁ。も、もうだめ・・・。」
「むぅー・・・。えぇと・・・。びっぷ席、どこだっけ・・・?」
「あ・・・。もう一回戦は終わってます。ご主人様は・・・うん、勝って二回戦に進出してるみたいです・・・。」
三者三様の様子をみせていると、誰かが大手を振りながら近づいて来た。
「お、いたいた。おーい。」
「・・・?あ、ハヤマ!」
「・・・こんにちは。」
近づいてきたのは葉山だった。必要以上ににこにこしながら挨拶をしてくる。
「おぅ、こんにちは。ムイっち、ようやく俺の名前を覚えてくれたか。」
「えっと、美味しい物を、いっぱいくれたヒト!」
「・・・・・・食い物に絡めなきゃ憶えてないのか・・・。いや、いいけどね、それでも。」
「どうしてここに・・・?」
「お、そうだった。トウマに頼まれてな。ひょっとしたら来てるかもしれんから、案内してやってくれってな。」
人使いが荒いよな、と愚痴りながら葉山がこたえる。
「ふぅ・・・。それで、お兄ちゃんは・・・?」
ようやく息を整えた野々香がたずねた。
「ん?あいつなら控え室だよ。といっても一般人は入れないから行けないけど。ていうかさ、なんなのアイツ。予選のときもそうだったけど、アホみたいに強くなってるじゃん。1回戦なんか開始三秒でKOだぜ?」
「あ、あはは・・・。ちょっと色々ありまして・・・。」
「ふぅん。ま、いいや。それよりもさっさと行こう。確かもうすぐ二回戦が・・・。」
『これより武闘祭第二回戦、トウマ選手対キルロー選手の試合を・・・』
「む。始まるな。急がないとあっさり決着ついちまうかも・・・。」
「ええー!早く行こうよぅ!」
「はいよ。んじゃ、こっちだ。」
葉山達は小走りに会場席へと走り出した。
どぐぅ・・・!
「ぐが・・・はぁ・・・。」
トウマの重い一撃が腹部に突き刺さる。それが決め手になり、キルローは崩れ落ちた。
『し、勝者!トウマ選手!!』
勝者を決めるアナウンスが入り、舞台袖に待機していた救護班が相手選手を担架で運んで行った。
「・・・ふむ。だいぶなじんできたな・・・。」
ぐ、ぱ。と右手を握ったり開いたりしてみる。強すぎる力ではあるが、ようやくその扱いにも慣れて来た。
「とはいえ、まだ身体の力には、ってだけだが・・・。」
現時点でもまだ振り回される事があるというのに、竜眼を開放したときはこの倍以上の能力がトウマに宿る。おまけに鍛えればもっと強くなるらしい。今更だがトウマは己の手にした力に少々戦慄に似た物を感じていた。
「しかしまぁ、扱いこなせなきゃ困るのは俺だろうしなぁ・・・。はぁ。」
考えても仕方が無い。今は、やれる事をやるだけだ。
「ごしゅじんさまーーー!!」
「・・・ん?」
声のした方に振り向く。と、二階席の中ほどのに、ぴょんぴょん飛び跳ねながらちぎれんばかりの勢いで手を振っている赤毛のわんこがいた。残りの二人もすぐ隣にいる。
「お、来たのか。じゃ、ちゃっちゃと戻りますかね。」
軽く手を振り返し、トウマは控え室へと戻っていった。
「さすがだな。トウマよ。」
控え室にもどると、巨躯な男に話し掛けられた。ライオードだ。
「おう、ライオード。あんたもな。確か次だろう。」
「うむ。そしてこれに勝てば・・・トウマ。お主との再戦だ。」
「勝てれば、な。」
「ふん。問題無い。こやつもあるからな。」
そう言って、背に担いでいる物を指差す。その巨体にそぐわぬ、巨大なハルバートだ。
「それが、あんたの武器か。」
「うむ。国王陛下よりたまわった、相棒だ。」
よく見れば、大小様々な傷が付いている。本当に長いこと使っているのだろう。
「それでは、ワシは行くぞ。首を洗って待っておれ。」
「へ。そっちこそ。」
軽口を交し合い、ライオードはリングへと向かって行った。
「さて、俺もさっさと行きますかね。」
ライオードの試合開始のアナウンスを背に聞きながら、トウマは野々香達の待つ観客席へと向かって行った。
「野々香ー?ムイー、ユイー。」
「ご主人様ー!こっちこっちー!!」
「お、いたいた。」
どうにか迷わず野々香達の所にでれた。三人の下へと足早に向かう。
「お兄ちゃん、お疲れ様。はい、お水。」
「おぅ、悪いな。・・・ん?葉山は?」
周りを見渡すが葉山の姿はない。案内兼いざという時の盾役をまかせていたはずなのだが。
「葉山さん、用事があるって言ってどこかへ行ってしまいました・・・。」
「む。そうなのか。まぁ、多忙なのかもな。あいつも。」
アナウンスの仕事は別の奴がやってるっぽいんだが。
「そういや、試合はどうなってる?もう決まっちまったか?」
「あ、・・・それが・・・。」
ワアアアアアアァァァァァァァァ・・・・・・・
沸き起こる歓声。慌ててリングの方を見ると、なんと、ライオードが肩膝をついて相手選手を睨んでいた。
「な・・・どういうこった、あのライオードが・・・!」
「試合開始からずっと押されてて・・・。相手は、炎や氷を出したりしてて・・・。」
「炎や氷・・・?魔法使い、ってやつか・・・。」
と、ふらつきながらも立ち上がり、渾身の力を込めてハルバートを振るう。だが、その一撃は明らかに見当違いの方向に振るわれていた。
「アイツ・・・なにやってんだ・・・?」
「試合開始直後は普通に戦ってたんですが・・・なんだか途中から急にあんな風に・・・。」
「どうなってる・・・?おい、ライオード!!しっかりしろ!!!」
大声で声援を送るが、まるで聞こえていないらしい。と、相手選手の攻撃であろう、幾重もの氷の刃が、ライオードに突き刺さり、鮮血が舞う。
「っ!」
「ライオード!!」
とっさに急所はかばったようだが、もう限界だったのか、ライオードはその場に仰向けに倒れ伏した。
「・・・んな、馬鹿な・・・。」
相手選手のほうが、圧倒的に強かったのかもしれない。きっと相性も悪かったのだろう。だが、あの男がこうもあっさりとやられるとは・・・。
『勝者・・・。』
勝利者を決めるアナウンスが流れようとした、その瞬間。
確かに見えた。
相手選手の顔が、薄く、歪むのを。
「・・・!」
「ごしゅじ・・・。」
直感だった。考えるよりも、先に。
「ぐ・・・ぬぅ・・・。」
「私の勝ち、ですね。まぁ、当然の結果でしょう。」
「貴様・・・。」
氷の刃をまともに受けたのがまずかった。身体が言う事を聞かない。だが、それ以上に。
「一服盛りおったな・・・?」
「・・・さて、何の事でしょう?負け惜しみにしてももう少しまともな事を言って下さいね?」
試合開始から少しして、急に身体が重くなり始めた。久しぶりに歯ごたえのある男と出会って浮かれていた。こういう事がある、という事はわかっていたというのに。
「ふぅ。やはり魔法も使えない野蛮な人間は嫌ですね。力の差を理解できないのですか?」
「・・・お主、メリアズの者か。」
「ええ。よく分かりましたね。」
「そんな事を言うのはメリアズの者くらいだ・・・。」
魔法大国メリアズ。その優れた英知と魔法技術を持ってた列強に名を連ねる大国である。魔法を使える者を優遇し、能力が高ければ高いほど高い地位が得られるという変わった王国だ。しかし、逆に魔法が使えないものは問答無用で奴隷にされたり、差別されたりする。ライオードの印象的にはあまり好ましくない国だ。
「ま、よく頑張りましたよ。一応、私に傷を付けて下さいましたしね。」
「く・・・。」
男の頬にわずかな切り傷が付いている。といっても、ライオードが振るったハルバートがリングを砕き、その飛沫で付いたものだが。男が傷口に触れると、淡い光と共に傷がふさがる。
「しかし、この傷のお礼はきっちりしないといけませんね・・・。知ってますか?僕の国では、魔法が使えない人間にが魔法を使える人間を傷つけた場合、死罪になる事もあるんですよ?」
男が小さく指を走らせる。と同時に詠唱を始める。
『我が血と肉の契約において命ず。紅き焔の精霊よ、我が呼び声に答えその力を示せ―――!』
詠唱中に描いた小さな魔方陣の中心に炎が顕現し、魔方陣の力で圧縮され始める。
「く、それは・・・!」
「ほう、ご存知なんですか。お察しの通り、かなり簡易式ではありますが高位魔法です。」
生み出された端から圧縮されている為分かりづらいが、少しづつ炎は火玉となり、徐々に大きくなって行く。まともに喰らえばただでは済まない。
「貴様・・・!」
『勝者・・・!』
「ジャッジからは見えません。ま、勝ちを焦った私のミスって事にしときましょう。」
「ぬ、ぐっ・・・!」
火球が拳大の大きさに膨らみ、術式が完成する。今の状態では逃げ切れない。
「殺しはしません。失格になっちゃいますからね。・・・では。」
にやり。と、男が顔を歪め、圧縮火弾が発射された。
・・・だが。
火弾が着弾するよりも一瞬だけ早く、何かが飛び込んできて。
「う、おおおおっ!!!」
火弾は受け止められ、無力化された。
「な・・・に・・・!?」
男が驚くのは無理も無い。彼が放ったのは簡略式とはいえ高位魔法だ。標的に着弾すれば圧縮された炎が一気に開放され、標的を焼き尽くす。少なくとも、何の魔術防御も施していない人間ならば確実に戦闘不能に陥る、そういう一撃だ。それを、
「握りつぶした、・・・だと・・・!?」
割って入った男は、片手で受け止め、握りつぶした。圧縮され爆発寸前だったはずの炎は、まるで飲み込まれでもしたかのようにあっさりと沈黙したのだ。
「ライオード、無事か?」
「と、トウマ・・・。」
「おい、なにしてる!早いとこ担架をよこせ!」
『しょ、勝者、アルストイ選手!!』
突然の事態に動揺しながらも、勝者を決めるアナウンスがながれる。そして慌しくライオードが運ばれていった。
「・・・あなた、何者なんですか・・・?先程のアレ、あんな事はありえない・・・!」
「さぁな。俺はただの流れ者で、お前の次の対戦相手さ。」
そう言って、きびすを返す。
「待ちなさい。私の質問に・・・!」
「ああそうだ。一つ言い忘れてた。」
「え?」
トウマが、振り返らずに言う。
「次の試合、憶えとけ。必ず叩き潰す。」
そう言い残し、去っていく。
「・・・・・・・。」
その後姿を、黙って見送る。そして、ぼそり、と。
「・・・面倒な・・・。」
と、つぶやいた。