第二十五話 予選、開始。
「はい、ありがとうございました。それではこれより予選の説明を行います。」
クレアから拡声器を受けとった葉山が再びしゃべり始める。・・・しかし、まいった。着ている服こそ違ったが、あれは間違いなくクレアだ。どこかのお偉いさんだろうとは思っていたが、まさか王女だったとは・・・。
「予選はバトルロワイヤル形式で行われます。本選に進めるのは一組四人。戦闘不能になるか、リングから落ちた場合失格となります。戦闘不能になった場合、速やかに外に逃げるか、放り投げてください。なお、予選ではこちらが用意した武器以外は使用を禁止します。」
説明を続けながら葉山が移動する。移動した先には、恐らく実況席だと思われる一角が。
・・・なぜ分かったかって?なぜならその場所には筆ででっかく
『りんぐあな
by葉山』
と書かれた垂れ幕のような物が掛かっていたからだ。・・・あいかわらずアホだ。
「戦意を喪失した者への過度な攻撃は禁止します。こちらの指示を無視した場合、失格になる場合もありますのでご注意ください・・・とまあ、こんな所ですかな。」
葉山が実況席につく。と。
「フ・・・ンフッフッフッフッフ!!とうっ!!!」
突然、自分の左肩をがしっ!と掴んだかと思うと、今まで着ていた服をばさぁっ!と脱ぎ捨てた。そこには。
『レディーーーーーース!アーーーーーンドジェントルメン!!アーーーーーンドお父っつぁんおっかさんその他大勢―――――――っ!!!』
なぜか黒いスーツにネクタイ、サングラス、鼻の下にひげ、金髪オールバックのかつらをかぶった葉山が。・・・うわぁ。
『これより!グラベ一武闘会予選第一組をはじめます!用意はよろしいですかぁー!?それでは!ガンダモファイトーーーーッ!!!レディーーーーーーッ!!!』
いやガンダモファイトて。天○一じゃ無いの?あ、単にやりたかっただけか。
『ゴォォォーーーーーーーーッ!!』
はたしてこれが開始の合図だと分かる人間がどの位いるのだろうか?あ、でも何だかんだでなんとなく言葉じりで反応してる人間が何人かいる。
葉山のアホな開始の合図のせいで呆けていた男の頬に綺麗に一発入り、慌てて反撃を開始する。瞬く間に会場は大乱戦の様相を呈した。
『うわ〜、すげぇすげぇ。スマッシュでブラザースな感じの大乱闘だぁ!』
またマニアックな。ていうかお前はこの国の人にも分かる実況をする気はないのか?
「隙有りぃ!」
「ぬ。」
こっそり心の中で一人突っ込みを入れていたところで、選手の一人が俺におどりかかってきた。
「キェェェッ!!」
獲物は木刀。予選では刃物は使えないらしく、基本は木で出来た武器を支給されたようだ。・・・まぁ素手の俺にはなんら関係は無いが。
「よっと。」
上段から繰り出された一撃を十分な余裕を持ってかわし、地を叩いた木刀を左足で踏み抜く。そのままの勢いで、右足で相手の顎をかち上げる。
「ごっ・・・!」
綺麗に入った。恐らく相手は白目をむいて気絶しただろう。・・・気絶した奴は、外に放り投げるんだったよな、確か。
「ふっ・・・!」
間合いを詰め、相手の右腕を掴んで一本背負いの要領で持ち上げる。当然だが、地面に叩きつけるわけではない。力ずくで横に振り回し、
「おおおりゃぁぁぁ!!」
適当な方向に投げ飛ばした。
「!?」
「うわぁ!?」
4〜5人を巻き込んで場外に吹き飛ばされて行った。観客が一斉に沸きあがる。
『おおっと!?あれは・・・日野・トウマ選手!派手な攻撃だぁ!!』
「何だあの兄ちゃん!?ものすげぇ力だ!」
「いや、力だけじゃねぇ・・・!」
葉山の実況と同時に、観客の注目が集中する。・・・ちょっと恥ずかしい。が、それより問題が起こった。
「な・・・なんだアイツ・・・。」
「こりゃ面倒な奴が出て来たらしいな・・・!」
選手たちの注目まで集まってしまった。少々減ったとは言え、まだ二十人近く残っている。
目配せをしあい、選手たちが一様にこちらを向く。
・・・まいったな・・・。こういう多勢に無勢な喧嘩のような状況は、しばらくぶりだ。
つい、口元が緩んでしまった。
・・・おもしれぇ。やってやる。
両腕をゆっくりと広げ、両拳を打ち鳴らし、構えを取る。
「ッシャァ!行くぞ!!」
一気に突撃。こういう時は受けに回るべきじゃない。近場にいた適当な奴をひっ捕まえて殴る。掴みかかって来た隣の男の顔を裏拳で弾き飛ばし、ふらついた所でわき腹に左フックを叩き込む。
「おおおっ!!」
崩れ落ちる男を踏み台にして飛ぶ。突っ込んでこようとしていた数名を思いっきり蹴り飛ばし、着地する。
『トウマ選手、目にも止まらぬ早技で次々とノックアウトしていくーーー!!!』
「ご主人さまーー!!すごいすごーーーいーーー!!!」
「・・・すごい・・・です・・・。」
「・・・うん・・・!」
葉山の実況に、ムイ達の声が聞こえる。と、ふ、と少しだけ視界が暗くなる。
「・・・!!!」
ほとんど直感だけで全力で横っ飛びに飛ぶ。と、凄まじい轟音と共に、今いた位置が粉砕された。
「くっ・・・!」
「ほう・・・いまのを避わすか。小僧、なかなかやりおるな。」
低い、年季の入った声。舞い上がった砂埃が晴れると、そこにはとんでもなく巨大な木製の戦斧を担いだ、これまたとんでもない巨躯の男が立っていた。
「しかし・・・その齢でそれほどの力を持っておるとは・・・お主、なかなか高名な兵法者と見受けるが?」
短く切りそろえられた白髪。深く掘りこまれた皺には相応の年季が感じられる。しかし、その身体は見た目の年齢からは考えられない程引き締まり、堅牢さを保っている。
「・・・いーえ。ただの一介の若造ですよ。」
「・・・ふ。我が名はライオード。お主は?」
「トウマ。日野、トウマだ。」
ライオードと名乗った大男が、ゆったりと腰を落とし、戦斧を真横に構える。
「ヒノ・トウマ、か。・・・その名、憶えるに値するか試させて貰う。・・・参るぞ。」
それに答えるように、トウマも拳を握る。
「おう。なるべく忘れられないように尽力しよう。」
「ぬう・・・おおおおおおおっ!!!!」
身の毛もよだつような咆哮と共に、戦斧を真横に薙ぎ払って来る。いくら木製とはいえ、まともに食らえば普通の人間なら場外まで吹き飛ばされるのは必死だ。
「ふっ・・・!」
その一撃をとにかく後ろに飛んでかわす。これだけ超重量級の攻撃だ。一発を気を付ければ隙はいくらでも・・・!?
「ふぅん!!」
「なっ・・・!」
止めた。巨大な戦斧を、俺が避わしたわずか数十センチで停止させ、しかも。
「おおおりゃああああっ!!!」
一歩踏み込み、右斜め上方向に切りかえした。ミチミチ、としなう音が聞こえる。
回避は・・・間に合わない・・・!!!
「ごっ・・・!」
戦斧の先端部分が横っ腹に突き刺さり、そのまま吹き飛ばされる。とっさに両手で戦斧を受け止めたから致命傷にはいたらなかったが、かなりきつい。
「が、はぁっ、〜〜〜っ!」
「うわっ!お、おい。大丈夫か?」
ごろごろと転がりまわり、参加者の一人にぶつかって止まる。どうやらなんとかリングアウトせずに済んだようだ。
「お、おい?」
「っ、ああ、すまないな。懇切丁寧に礼を言いたいところだが、離れておいた方が良い。じゃなきゃとばっちり喰らうぜ?」
「へ?う、うわぁぁっ!」
男が慌ててその場を離れていく。トウマが吹き飛ばされてきた方向から、戦斧を肩に担いだライオードが、ずん、ずん、と音を立てながらゆっくりと近づいて来ていたからだ。相手を威圧し、圧倒する雰囲気を放っている。まるで鬼、だ。
「ごしゅじんさまー!むー!!ご主人様いじめちゃだめーーー!!!」
「きゃあああ!?む、ムイちゃん!心配なのは分かるけど落ち着いて―!!」
『うおー!?なぜか突然突風が!!ああっ!ヅラが、ヅラが飛ぶ!!!』
「・・・。(はらはら)」
・・・なんか緊張感をぶち壊してくれそうな事が外野で起こっている気がするが、気にしている場合じゃない。立ち上がり、体制を立て直す。
「どうした。その程度か?」
「へ・・・まだまだ。しかしまぁ、とんでもない力技だな。」
「ふ。獲物が軽いからよ。普段の装備ではこうはいかぬ。」
そう言って、野球のバットでも回すかのように戦斧を振り回す。・・・いくら木製とは言え、相当に重いはずなんだが。
「それに脆い。もうそう何度もぶつけられまい。」
「なるほど。・・・じゃあ、早めに決着付けねぇとな。」
「話がわかるな。我が戦斧の錆となれ。小僧。」
「あいにく、そうもいかなくてな。俺はまだまだ強くならなくちゃいかん・・・!」
ライオードが戦斧を上段に担ぐ。・・・一気に勝負を決める気か。
「はぁぁぁぁ・・・。すぅぅぅぅ・・・。」
大きく息を吐き、吸う。そっちがその気なら、こっちもその気だ。
「はぁっ!!」
一息に飛び込む。狙うは一点・・・!
「ぬぅん!!!」
雷のごとく振り下ろされる戦斧。その一撃を紙一重にかわし、同時に戦斧の刃の付け根部分を全力で踏み抜く!
ミキミキミキ・・・!
戦斧が、悲鳴を上げる。だが、
「甘い、わぁっ!!」
まだ、折れない。力技でトウマごと戦斧を引き抜き、その勢いを利用して回転する。
「く、うっ!」
予想外に戦斧が硬い。しかもこちらはバランスを崩してしまった。次の一撃は、避けられない。
「これで、終わりだ!!」
ライオードが吼える。右斜め下への回転切り下ろし。迷っている暇は無い。・・・避ける術が無いのなら、迎え撃つしか、無い!
「あああああああっ!!」
崩れた体制のまま、全力でふんばり、持てる力を総て右拳に込めて放つ!
ライオードの戦斧と、トウマの右拳が、重なる。
そして、砕けた。
「・・・・・・なんと。」
「はぁっ、はぁっ。・・・へ、どうだ。」
ライオードの戦斧は、もはやただの木の棒と化していた。先端部分が叩き折られてしまったためだ。
「あんたの負けだな。武器が折れちまった。」
「・・・素手でもかまわんが?」
「それで勝てると思うか?」
「・・・・・・いや、思わぬ。だがな。」
ライオードが何か言いかけた瞬間、
『そこまでー!予選第一組終了〜!!』
「・・・うん?」
葉山の終了を告げるアナウンスが聞こえてきた。
『本選出場はアルガリィ選手、トウマ選手、レイド選手、ライオード選手の四名です!』
どうやら戦っているうちにライオードの攻撃に巻き込まれたり棄権したりで順調に数が減っていたらしい。で、最後に飛んでいった斧に数名が吹き飛ばされ、丁度四人生き残ったようだ。
「ふ。運が良かったな。こぞ・・・いや、トウマよ。」
「どっちが。・・・もし次があるとしたら本選、か。」
「本選は武器の使用も自由だ。今回の様には行かぬぞ。」
「おう。望む所だ。」
軽口を叩き合いながら外へと出る。
「では、私は用があるのでな。」
「ああ。それじゃあな。」
「・・・そうだ。お主の身内に謝っておいてくれ。御主人様をいじめて悪かった、と。」
「律儀だな。・・・ま、伝えとくよ。」
そう言い残し、ライオードは何処かへと消えていった。
「さて、それじゃ俺も野々香達の所に戻るとしますかね。」
VIP席が何処だったか思い出しながら、トウマも歩き出していった。