第二十四話 武闘祭、開催。
・・・まぶしい・・・。
強烈な日差しが眠気を奪う。ぼんやりと、意識が覚醒していく。
「ん・・・ぅ・・・。」
もぞもぞ、と野々香が寝返りを打つ。・・・あれ?隣にいるはずの温かくて抱きごこちの良いぬいぐ・・・いや、ユイちゃんがいない・・・?
「あう・・・?」
まだ少し焦点の合わない眼を開く。薄ぼんやりと景色が写り、少しづつはっきりしてくる。・・・やっぱり、いない。
もしかして、隣のベッドに移っているのかも知れない。昨日、少しさびしそうに隣を見ていたから、こっそり移ったのかも。
むくり、と上半身を起こす。まだ頭がぼ〜っとする。寝起きは、いつもこうなのだ。それでも、いつもよりずいぶんとましな気がする。
「う〜・・・・・・ん?」
いない。それどころか、隣のベッドにはお兄ちゃんとムイちゃんの姿すらない。お兄ちゃんが、いない。その事を認識したとたんに、急に不安になってきた。
「おにーちゃん・・・どこ・・・?」
もそり。もそもそ。緩慢な動作で、ベッドから降りる。ずる、ずる、と歩く。なんだか妙に体が重い。だが、そんなことよりも兄がいない、と言う事の方がはるかに重要だった。・・・もし、野々香がいつもの状態だったなら、もしかしたら散歩にでも行ったのかもしれない、と考えることも出来たのだろうが、脳がまともに機能していない現状では、それも無理だった。
がちゃ、と扉を開ける。そこにも、兄の姿は無い。
「うぅ・・・どこ・・・?」
ぼーっとした状態のまま、もそもそと探す。が、見つからない。不安と同時に、さびしさもむくむくと首をもたげてくる。
「おにーちゃん・・・おにぃちゃん・・・うぅー・・・。」
さびしい。どこにもいない。こわい。また、視界がぼやけてくる。
ドタドタドタ・・・・・・・・・
けれど、不思議な事に。昔からいつもそうだった。自分が、さびしかったり、怖い思いをしているときは、どこからともなくやって来て慰めてくれた。
がちゃり、と勝手に部屋の入口のドアが開く。
「ぜーはー。ぜーはー。や、やっと帰ってこれた・・・て、あら?野々香、どうした?」
「・・・おにーちゃん!」
とことこ。と近づき、ぼふ。と抱きつく。
「うお?どうした?・・・あ、もしや俺がいなくてさびしかったか?」
「・・・うー。」
お兄ちゃんの感触に、お兄ちゃんのにおい。すごく、安心する。と、隣から声が聞こえる。
「ご主人様。野々香ちゃん、どうしちゃったの?」
「ああ、寝ぼけてるんだよ。いつもの事さ。しばらくしたら元に戻る。」
「・・・なんだか、すごく嬉しそうです。」
・・・あれ?ユイちゃんのと、ムイちゃんの声・・・?それに寝ぼけてるって、私が?
徐々に、意識がはっきりとして来る。状況を再認識。ええと、ユイちゃんがいなくて、起き上がったらお兄ちゃんたちもいなくて、もしかしたら隣にいるのかもと思って隣の部屋に行って、探したけどいなくて、さびしくて、で、
「ん?何だ、野々香、泣きそうな顔して。」
「・・・あれ?わ、私・・・?」
「お、目が覚めたか?うお。寝癖がすごいな。」
くしくし、と髪を解かすように指を立てて頭を撫でてくれる。凄くうれしくて気持ちが良い。・・・のだ、けど。
「あ〜っ!ご主人様、ボクも!ボクも!!」
「後で、な。」
私、寝ぼけてお兄ちゃんに抱きついた?
その事を認識した瞬間、今まで血の巡りが悪かった頭に物凄い勢いで血が流れた。
「お〜、赤くなってきた赤くなってきた。よし、これで完全に目が覚めたな?」
「ち、違うよ!?その、これは、単に寝ぼけていただけで、その、別に他意はないというか・・・っ!」
「あ〜、いいからいいから。お前もいい加減毎度の事なんだから慣れなさい?」
その、慣れた方が問題だと思うのは私だけ?と、ふっ、と抱擁が解かれる。
「うし。野々香も目を覚ました事だし、そろそろ昼飯にするか。」
「え。お昼・・・?」
「そ。お昼。相変わらずというか何と言うか、よく寝るな、お前は。」
「わ〜いごはんごはんー♪」
で。あたふたと着替えた後、宿屋のおばさんに頼んで作ってもらった昼ご飯を食べながら、私が寝ている間に起こったことを大まかに説明してもらった。
「・・・えっと・・・それで、結局武器屋は見つかったの?」
「いんや。と言うか、それどころじゃなかったし。まぁ、また今度探すさ。」
「別に、武器要らないんじゃない?お兄ちゃんが何か持って修行してるとこ見たこと無いよ?」
「いやまあ、そりゃそうだが・・・一応篭手位あった方がいいかなー、と。」
「ふーん。お兄ちゃんにしては殊勝な考えだね。」
「にゃにおう。それだと俺がまるで鎧もつけずに敵陣に突っ込んでとりあえず殲滅できればOK!みたいなただの筋肉馬鹿みたいじゃないか。」
「・・・違うの?」
「酷い・・・。」
そんな他愛無い(?)会話をしながら食事を続ける。ムイちゃん達が起こしたと言う風も、実際に目の前でやってもらった。いわく『なんだかよくわから無いんだけど使い方が分かる力』なんだそうだ。・・・そんなアバウトにこんな能力が使えて大丈夫なんだろうかと思ったけど、お兄ちゃんも特に何も言わないし、問題ないんだろう。
そしてそのまま何事も無く一日は終わり、結局お兄ちゃんも武器屋に行く事もないまま、三日の月日がながれてしまった・・・・。
『それでは、竜神祭の開催にあたりまして、実行委員会委員長からのお言葉です。』
武闘祭関連の司会に抜擢された葉山の真面目な声が会場内に響き渡る。グランベルド王城のすぐ隣にあるすさまじく巨大な建物。この建物が武闘祭の会場だった。会場は朝から超満員。何千人と言う人間がすし詰め状態でわいわいと蠢いている。それでも入りきれなかった人も多いらしく、大体は壁によじ登って座っているか、外にある巨大な水晶球(どうもこれに映像が映し出されるらしい。原理は不明。)の周りに群がっている。
「ふぅむ・・・。まいったな・・・。」
トウマは野々香達と一旦別れ、出場登録を済ませていた。予選が始まるまでは自由行動なので、再度合流しようと野々香達の所に探している。皆は葉山がどうやってか用意してきたVIP席にいるはずなのだが・・・。
「・・・ここはどこだ・・・?」
またしても道に迷っていた。彼の名誉のためにも説明しておくが、トウマは決して方向音痴なのではない。この建物が広大で複雑なのだ。それに今は人も多い。とはいえ、道が分からないにも関わらず勘を頼りにずんずん突き進んでいくトウマも問題ではあるのだが。
「・・・右だな。なんとなく。」
つかつかと十字路を右に曲がる。先程まで溢れるほど居た人間がどんどん少なくなってきている。恐らくは一般人は用がないエリアに来つつあるのだろう・・・その先がVIP室かどうかはまた別だが。と、
「ん〜・・・ん?」
「ぬ?おう、お主はいつぞやの。元気にしておったか?」
見覚えのある金髪の少女に鉢合わせた。
「お。そういうお前は木登り少女。そっちこそ元気だったか?」
「妾は猿か!その話はあまり公に言うでない。よいな?」
「え〜。」
「よ・い・な!」
「分かった分かった。で、ちょっと悪いんだけどまた道教えてくれないか?」
金髪の少女がキョトン、とした顔をする。
「なんじゃ、おぬしまた迷うておったのか。しょうがないのう。」
「ぬ・・・。まあ事実だから反論の仕様も無いが。」
「うむ。素直でよろしい。」
ふふーん、と勝ち誇った笑みを浮かべる。・・・意外に根に持っていたらしい。
「で、どこに行きたいのじゃ?」
「たしか、VIP席があるところらしいんだが・・・。」
「なに?丁度妾も行こうと思っておったところじゃ。一緒に行こうではないか。」
くるり、と背を向けて歩き始める少女。それを慌てて追う。
「しかしアレだな。お前さんやっぱりお偉いさんだったんだな。」
「お前ではない。クレアじゃ。クレア、でかまわん。」
「お、こりゃ失礼。あ、俺はトウマだ。」
「うむ。トウマか。しかしトウマ。妾に対してお偉いさんとは。妾のことを知らんのか?」
「ん〜・・・。済まん。最近この国に来たもんでな。」
「そうか・・・。妾もまだまだじゃのう。」
「そんなもんだろ。クレアがいくら有名でも、ちょっと遠くに行けば知らない奴なんてゴマンといるさ。」
「む・・・。それはそうじゃが・・・。言いにくい事をはっきり言うのぅ。」
「そうか?」
「そうじゃ。・・・ふふっ、やはりおもしろいの、お主は。」
「そうか??」
からからとクレアが笑う。う〜ん、お偉いさんってのは嫌味なのばっかりかと思ってたんだがそうでもないらしいな。
「ん、そろそろじゃ。ほれ、そこの入口じゃ。」
「おお。意外と近づいてたんだな。」
入口をくぐって、中に入る。VIP席は観客席の中ほどに十分な広さを持って造られており、なかなかに見晴らしが良い。席には、いかにも金持ちそうな奴や、貴族です、と言わんばかりの奴がズラリと並んでいる。
「あー!ご主人様ー!!」
そんな中に、いつもの元気な声が響いた。そちらを向くと、ムイがたたたー、と走りよって来ていた。
「おームイ。野々香達は?」
「あっちだよ!」
びし、と指差す。その先には、確かに野々香達が。・・・少しだけ恥ずかしそうにしているが。
小走りにそこへ向かう。途中、なんだか妙に視線を集めていた気がするが、まぁ気にしても仕方ない。
「お兄ちゃん。もう登録は済ませたの?」
「おう。後は出場するだけだ。」
「出場・・・?」
「あれ?その子は?」
「お、そうだ。この子は、え〜と・・・道案内してもらった、」
「クレアじゃ。」
「あ、そうなんだ。私は、野々香と言います。お兄ちゃんの妹です。」
「ボク、ムイ!」
「・・・ユイです。」
「うむ。よろしくの。」
にこやかに挨拶を交わす。見た目も近いし、ムイやユイと仲良くなってくれると嬉しいのだが。
「ところでトウマ。お主今出場がどうとか言っておらなんだか?」
「ん?言ってなかったっけ?俺も出場するんだよ、武闘祭。」
「何!?それはまことか!!?」
急に大声をだすクレア。心なしか、目が輝いてきているような気もする。
「そ、そんなにびっくりしなくても。葉山って奴の推薦なんだけど、知ってるか?」
「なに?ハヤマの?そうか・・・そうかそうか!あやつには後で礼を言っておかねば・・・!」
「おい、どうしたんだよ急に。俺が出場すると良い事でもあるのか?」
「やはりこの位面白い男の方が良いからのぅ・・・!うむ、これは面白くなってきた・・・!」
「お〜い?」
「トウマ!」
がしっ、と肩を捕まれる。
「妾は応援しておるぞ・・・!なんとしても優勝するのだ!」
「あ、ああ。ありがとう。」
なんだか妙に力が入っている。いったいどうしたんだろう?
『続きまして、女王陛下よりのお言葉を・・・。』
「む。トウマ。すまぬが妾は少し用があるので行かねばならぬ。おぬしもそろそろ予選が開始されるから、早めに行っておいた方がよいぞ。」
「わかった。そんじゃ、また。」
「うむ。またな。」
そう言い残し、クレアは足早に去っていった。
「ふぅ。しかし、変わった奴だな、クレア。・・・野々香?」
「・・・・・・・・・・。」
「どうした?難しい顔して。なんかあったか?」
「へ?あ、その、な、なんでもない!」
「?」
それはそうと、クレアが言っていた事が本当なら、早いとこ戻らないと。
「そいじゃ、俺もそろそろ行くわ。」
「ご主人様、いってらっしゃーい!」
「お気をつけて。ご主人様。」
「お兄ちゃん・・・無理、しないでね?」
三者三様の返事。
それに、力強く答える。
「おう。じゃ、行ってくる!」
ワアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ・・・・・・・・
割れんばかりの大歓声。参加者が相当数に昇るため、いくつかに組み分けされて予選が行われる。トウマはその予選第一組としてエントリーされていた。一組の面々が、巨大な将棋の台のようなリングに上がる。その数、およそ30人。
「わーーーーっ!!!!ごしゅじんさまーーーーーーーーーっ!!!!!!」
「おにーーーーちゃーーーん!!」
「ご、ご主人様〜、が、がんばって・・・。」
応援の声も聞こえる。気合いが入るというものだ。
『は〜い!お静かに!』
司会進行である葉山の声が響く。
『予選開始の前に、我が国の王女、クレア・ヴァン・グランベルド様からのお言葉です。」
会場がしん、と静まる。
・・・クレア・ヴァン・グランベルド・・・?はて、ごく最近似たような名前を聞いたことがあるような・・・?
王女が葉山から拡声器を受け取り、壇上に上がる・・・?
「は・・・?」
思わず、そんな声が出てしまった。なぜなら、そこに立っていたのは。
「・・・皆の者。今日はよくぞ集まってくれた。もしかすると、この中には妾と共に明日のグランベルドを創ってゆく男もおるかもしれぬ。・・・しかし、今は祭りじゃ。小難しいことは抜きにして、存分に戦い、存分に楽しんでくれ!!」
姫の号令に、ワアアアアアアァァァァァ・・・・・と色めき立つ参加者と観客。しかし、俺だけは呆然としていた。
「それでは!ここに武闘祭の開催を宣言する!!」
沸き立つ観客の中、王女がこちらをチラリと見て、
「にやり。」
と笑った。俺の惚けた顔がおもしろかったのだろう。完全にしてやったりの顔だ。
俺に微笑みかけた、その、王女は。
先ほどまで一緒にいた、クレアその人だった・・・・・・。