第二十三話 風
・・・体が、動かない。
理由は簡単。目の前の、不定形のバケモノに捕われているから。
野々香達がどうなったのかは分からない。・・・うまく逃げおおせただろうか?
それにしても、こいつは異常だ。殴ろうと蹴ろうとぴんぴんしてるし、なにより、捕まったとたん抵抗も出来なくなった。
俺を捕まえてどうしようと言うのか。・・・これも、考えたくは無いが恐らくは簡単だ。
さっきから何度も舐め(こいつに舌があるのかも不明だが)回されてる。まぁ、喰うつもりなのだろう。
しかし参った。こんなことなら、もっと鍛えておくんだった。・・・自分の死が直面している事はさして問題ではない。それよりも、野々香が泣くだろうなぁ、とか、ムイ達はどうしようとか、葉山がここぞとばかりに野々香を抱きしめようとしたら、例え地獄の底からでも這い上がって阻止してやろうとか、そんな事ばかり考えてしまう。
バケモノが、大口を開ける。
どうやっても、体は、動かない。
巨大な牙のような物が、ズラリと並んだ口が、せまって、
指一本、動かせない。
せまって、
ああ・・・・・・
せまって。
俺は、なんて・・・・・・
がぶり。
「あむあむ・・・あむ・・・。」
「・・・・・・・・・。」
で、目が覚めた。一番最初に目に入ったのは、間近に迫っているムイの顔。なぜか、首に手を回す形で抱きついて、人の頬をあむあむと甘噛みしてくれている。
「ごひゅじんひゃま・・・おいひいね・・・。」
それは、俺と一緒に美味しいものを食べている夢を見ているのか、実際俺が美味しかったのか。・・・頼むから前者であって欲しい。切実に。
「って、痛い痛い痛い。」
実際それほど痛い訳でもないのだが、とりあえず引き離す。と、体が持ち上がったからか、ムイがうっすらと目を開ける。
「う〜・・・?あ、ごしゅじんさまぁ・・・ぺろぺろ・・・。」
「う、うわ、ちょ、ムイ。舐めるなって・・・!」
寝ぼけているのか、甘えているのか。あるいはその両方かもしれないが、ぺろぺろとムイが舐めてくる。
「んちゅ、ちゅ・・・ぺちゃ・・・ちゅぱ・・・ごしゅじん、さまぁ・・・。」
「こらこら!ぎ、擬音が変というか本格的というかエロティック?に!?」
「ぺろ・・・ぺろ・・・ふにゅ・・・くぅ・・・。」
「・・・・・・ふぅ。寝た、か。」
びっくりした。男としては朝っぱらからこんなことされると色々とまずいのである。
ましてや、こんな所野々香にでも見られようなものなら、
「・・・(じーーっ)。」
・・・・・・いや、野々香は寝ている。あいつがこんな早くに起きる訳が無い。野々香は寝ているのだが。
ばさ。 とことこ。 ばさ。 もぞもぞ。
「・・・ユイ?」
「おはようございます。ご主人様。」
「あ、ああ。おはよう。で、なんでわざわざ隣のベッドからこっちに来たんだ?」
「・・・いえ。ムイが気持ちよさそうに寝ていたので。」
「自分も気持ちよく寝れるんじゃないかなー、とか?」
「ええ、まあ。」
確かに、ムイは幸せそうな顔で寝ている。良い夢でも見ているのだろう。
「ムイの約束は昨日までですから、別にかまいませんよね?」
「そりゃ、かまわないが・・・。」
「じゃ、僕はもう少し寝ます。おやすみなさい。」
そう言って、目を閉じる。しばらくすると、すうすうと寝息が聞こえてきた。
「んー・・・。」
ユイの寝顔をじっと見つめる。これまた気持ち良さそうな顔をしている。
「一緒に寝たいなら、そう言えばいいのになぁ。」
「っつ!!・・・ぐ、ぐぅぐぅ。」
「・・・動揺を隠し切れてないなぁ。」
しかもすこし顔が赤くなってきている。まぁ、あまりいじめるのもなんだし、俺ももう一眠りする事にしよう。
「おっでかっけおっでかけ〜♪ごっしゅじっんさっまとおっでかけ〜♪」
「たのしそうだな、ムイ。」
「実際、楽しいんでしょう。ムイは、機嫌が良いときしか歌いませんから。」
「ふぅん。憶えとこう。・・・それにしても、入り組んでるなぁ。」
時刻は昼前。トウマ、ユイ、ムイの三人はグランベルドの町を散策していた。というのも、朝方葉山が、
「おーいトウマー?起きてるかー?野々香ちゃんはどこだー?」
と懐をまさぐりながら部屋にやってきた。何かを取り出し、続ける。
「・・・んだよ。人がせっかく惰眠をむさぼってるっつうのに・・・。」
「例の武闘祭の件なんだがな。」
「聞けよ人の話を。」
葉山は隣のベッドに近づき、懐から出した小さな水晶球のような物を、野々香に向ける。
「正式に登録しといたんで、後は当日受付に出てくれれば良い。・・・くれぐれも逃げんなよ?」
「あーはいはい。わかったわかった。ムイ達が起きちまうから、用件それだけならはよ帰れ。」
野々香に向けられた水晶球が、薄く輝く。
「なんだよ、つれねぇなぁ。後、武具に関しては中町にある『洲派路簿』っつー武器屋に一任してっから、そこに行ってくれ。」
少しして、輝きが消えた水晶球を懐にしまう。と、
「・・・ふにゅう・・・だれぇ・・・?」
トウマの上で丸まって寝ていたムイがもそもそと動き出した。
「ああもう、言わんこっちゃない。ムイ、もうちょっと寝てていいぞ?葉山が来ただけだから。」
「・・・はにゃやま・・・?」
「は・や・ま・だ。残念ながら俺は人並みの握力しかないんでな。」
「おいおい。」
「ま、とにかく。伝えることは伝えた。そんじゃまたな。」
そういって、そそくさと帰って行った。で、しばらくして結局寝付けなかったムイと途中から起きたユイと一緒に、散歩ついでに『洲派路簿』を探す事にしたのだ。ちなみに野々香はまだ寝ている。なれない長旅で疲れたのだろう。起きる気配がまったくなかったので、とりあえず置手紙だけ残しておいた。
「あー!アルルの実だー!」
ムイが通りがかった果物屋に走る。と、
どんっ!
「きゃうっ!」
「いってぇ!」
どうやら誰かにぶつかってしまったらしい。
「ご、ごめんなさ・・・。」
「アンタ、どこ見てあるいてるアルカ!?この私を武闘祭の優勝候補にして謎の大陸人アイカーワと知っての狼藉アル!!?」
・・・何やらずいぶんと変な輩にぶつかったみたいだ。
「アウチ!イタ!?イタタタ!これは大変アル!小娘がぶつかってきた部分が異常に痛むアルヨ!?粉砕骨折で全治一週間アル!」
「え、ええ?あの、大丈夫・・・。」
「なわきゃねーヨ!どうしてくれるアルカ?今すぐ直せアル!できなきゃ治療費として有り金置いてくネ!」
て言うか粉砕骨折は一週間じゃ直らねーだろ・・・。
「ふ、ふぇぇ・・・あの、その・・・。」
「さあ!さあさあ!!」
自称大陸人の異様な(色んな意味で)雰囲気に押され、後ずさりを始めるムイ。さすがに、そろそろ助けるか。
「あのー、すんません。」
「ナニヨ!いま取り込み中ネ!」
「ご、ごしゅじんさまぁ・・・。」
「ご主人様ぁ?アンタ、この犬娘の飼い主アルカ!ったく、どういう躾をしてるアルか!?」
「いや、あはは・・・。あの、本人も反省してるみたいですし、許してあげてもらえませんか?お金が必要でしたら、こちらを・・・」
念のためにいくらか持って来た紙幣をひったくる様にうばう謎の以下略。
「・・・ふん、しけてるアルネ。イイヨ、今回は見逃してやるアル。」
「あの、ごめんなさい・・・。」
「るせーアル!お前にもう用は無いアルヨ!」
どん!
「ひゃう!」
「っと!」
突き飛ばされたムイをすんでのところで支える。
「・・・おい。」
「まだ何かあるアルか?ワタシこれでも急がしいアル。」
あー、こりゃだめだ。多少情けなかろうが穏便に済ませようかと思ったが、あったまきた。
「ムイに謝れ。じゃ無きゃ実力行使だ。」
「はぁ?・・・何を言い出すかと思えば。・・・いいある。ワタシも丁度虫の居所がワルイネ。」
広い袖の中に一度手を入れると、中からずるり、と五つの長い爪のような刃が五指に装着して現れる。
短い悲鳴と同時に、人のが離れ、輪が出来上がる。
「武闘祭の為に用意した一級品、『竜頭蛇尾』アル。コイツノ切れ味、試すには丁度イイネ。」
そう言って、右手に装着した刃を、べろり、と
「あいたぁ!?舌切ったアル!」
「・・・・・・二人とも、下がってろ。奴は馬鹿のようだが、それだけに危ないからな。」
「ご主人様・・・。」
「そんな顔すんなって。だぁい丈夫。ちょっと懲らしめてやるだけだ。」
「ムイ。早く。」
「・・・うん。ごめんなさい、ご主人様・・・。」
そう言って、下がっていく二人。何言ってんだか。
「家族に危害を加えられて、黙ってる奴がいるか。」
「キィェーーーッ!大陸六千年の技を受けるがイイネ!」
縦横無尽に腕を振るいながら突進してくるアイカーワ。それを、ひょいと避ける。
「シャア!」
今度は横薙ぎに大きく振るう。それもバックステップでひょいと避けるが、それがたまたまお店の日除け屋根の柱を真っ二つに切り裂く。
「・・・っ!」
驚いた。なんちゅう切れ味だ。その芸当をやってのけた当人は・・・妙にあたふたしている。
「・・・!・・・!!?・・・は!ど、ドウネ!これが大陸八千年の技と、我が愛爪『竜頭蛇尾』の力アルネ!」
なんだか妙に芝居がかった仕草で高らかに宣言する。
「さあ、もう謝っても許してあげないアルヨ!イヤァーーーッ!!」
叫びながら、また突進してくる。トウマは、今度は避けない。爪が振るわれ、トウマの顔が切り裂かれる、直前。
「よっ。」
片手でアイカーワの右手首を掴み、受け止める。一瞬動きが止まり、次の瞬間には巻き込むようにして地面に叩きつける。
「げぁはぁっ!」
「動きに無駄が多すぎる。つーか無駄しかない。後、もうちょっと自分の実力と見合う装備を選ばんと酷い目に遭うぞ?」
手際よくうつぶせの状態のアイカーワの右腕を捻り上げる。
「ったく。なんか阿呆らしくなって来たな。お前さんが優勝候補ってことは、この国の大会ってのはずいぶんとレベルが低いんだな。」
「アイダダダ!な、なにを言うアル!大会に出場する以上、優勝する可能性はワタシにだってあるアルネ!」
「そりゃ屁理屈って言うんだよ。」
とりあえずどうしよう。こちらとしては一言謝らせればそれで良い訳だが・・・。
「やー!離して!」
「離して、ください・・・!」
「っ!ユイ、ムイ!?」
「おっと。動かないでくれよ?」
男が一人、ユイとムイを捕まえて首筋にナイフを突きつけている。・・・しまった。まさか、仲間がいたとは・・・。
「くっ・・・。」
「すまんな。俺もこんな無様な真似はしたくないんだが・・・おいアイカーワ!お前何してやがる!クライアントに届けるはずの荷物を、何勝手に開封してやがる。」
「こ、これはその・・・。」
「言い訳はいい。あとでボスにこってり絞ってもらうからな。」
男が、こちらに目線を移す。
「さて青年。悪いがそいつを解放してもらおうか。そんなんでも、一応仲間なんでな。」
「・・・聞くと思うか?一応こんなんだがこっちにも人質はいるぞ?」
「て、てめぇら人を一応だのこんなんだのと、」
「聞くさ。君にとってこの子達は大切なものだが、こっちは最低その武器が有れば良い。違うかい?」
ぐっ、とナイフを近づける。
「ひう・・・!」
「・・・ちっ。」
アイカーワの右手を離す。と、アイカーワが転がるように離れ、立ち上がる。
「はぁっはっはぁ!形勢逆転アルネ!」
「さて。二人を放してもらおうか?」
「残念ながらそれは出来ない。離したとたん君に襲われんとも限らんからな。」
「テメェ・・・。俺が、そんな男に見えるか?」
「いいや。だが念には念の為、だ。」
男が周りを見渡す。かなりの人だかりが出来ている。治安維持のための警察のような機関があるとすれば、やってくるのは時間の問題だろう。
「アイカーワ、逃げるぞ。」
「まて。二人を離していけ!」
「適当なところで開放するさ。この子達は鼻が利く。すぐに合流できるはずだ。」
「くっ・・・!」
と、ゆらり、とアイカーワが近づいて来た。
「・・・・・・?」
「積年の恨み!此処で晴らさずおくべきかぁっ!!」
「おい、アイカーワ?」
「さっきから無視しやがってチクショー!」
アイカーワが、拳を振り上げる。
「・・・ちっ。」
「チェヤー!」
バキッ!
「ぐはぁっ!」
少しだけ過剰に声を出して殴られる。
「コノこのっ!なんとなく違う世界でも酷い目にあわせやがってコノヤロー!」
「それは俺のせいじゃ、げはっ!」
不自然なほど派手に吹き飛ぶトウマ。が、エキサイトしているアイカーワは気付かない。
「おい、アイカーワ!速く逃げるぞ!」
男の話も聞かず、派手にやられるトウマをいたぶるアイカーワ。が、実際トウマには毛筋程のダメージも無かった。インパクトの瞬間に体を衝撃の
方向に動かす事で、ダメージを抑えているのだ。まぁそんなことをする必要は本来無いのだが、その方が派手にやられたように見えてアイカーワ此処に足止めできる。自警団のような者さえ来れば、男もムイ達を置いていかざるを得ない。トウマの、男へのささやかな抵抗だった。
だが。
「ああっ!ご主人様!ごしゅじんさまぁ!」
「・・・っ!ご主人様・・・!」
見ているユイとムイは気が気ではなかった。何しろボッコボコに殴られているように見えるのだ。それも、自分達のせいで。
「ううー!うーーーーっ!!」
「くぅ・・・!」
めいっぱい力を入れても、男の腕は離れない。自分達の無力さをここまで強く痛感したのは、初めてだった。
なんでもいい。
何か、力があれば。
自分達を捕まえている男を吹き飛ばして、ご主人様を助けられるのに・・・・・・!
二人が同時に、そう、強く思った。その、瞬間。
不意に、契約の傷がうずいた。
ゴオオオオオォォォォォォ・・・・・・・
突然、男の近くに突風が吹いた。・・・いや、違う。男の目の前で、突風が発生している―――!
「な、なんだ!?」
男は、思わず捕まえていた二人を放した。突風は、更に強くなる。
「うううううぅぅぅ・・・!」
唸り声を上げているのは、赤い髪の少女だ。彼女から、際限なく突風が発生している。
「はああああぁぁぁ・・・・・!!」
発生した突風を、青い髪の少年が一点に集め、それを圧縮する。
二人は、理解していた。これが、自分達のチカラなのだと。主人を守り、仇なす者を吹き飛ばす、力。
「ご主人様を・・・・・・!」
「いじめる奴は・・・・・!」
「な、なんだぁ!?」
今更事態の異変に気付いたアイカーワ。が、もう遅い。
ムイから発生した突風を、
ユイが限界まで圧縮した風球。
『吹き飛べぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!!!』
それを、全力で打ち出す。
無論、避けられるはずも無い。
「うっぎゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・。」
問答無用で消し飛ばされたアイカーワ。殴り飛ばされた振りをしてアイカーワから離れておいたトウマも、目を白黒させている。
「何だ・・・今の。」
「ああ!ご主人様!」
全力疾走で駆け寄ってくる二人。
「大丈夫?大丈夫!?」
「ご主人様・・・!」
「あ、ああ。とりあえず大丈夫。心配しなくていいぞ。」
立ち上がって大丈夫だ、とアピールするトウマ。と、
「うっく、ごめ、ごめんなさぁいぃぃ・・・。」
「すみません。僕らの、せいで・・・!」
二人してトウマに抱きつき、泣き出してしまった。
「え、ええ!?あ、いや、別に怪我もしてないし、大丈夫だって。な、泣くなってば!」
「ふぇぇぇええん!ごしゅじんさまぁぁ!」
「ぐす・・・すいま、せん・・・。」
「だ、だから、泣くなってば!ああもう・・・。」
トウマが躍起になって二人をなだめている所へ、先程の男が現れた。
「今回の事はすまなかった。・・・君らも速く逃げた方がいいぞ?」
「済まなかった、ね。・・・ま、いいや。何だかんだで、あんたはムイ達を傷つけなかったしな。その代わり、あいつはこってり絞っといてくれよ?」
「ああ、任せろ。」
そう言い残し、男はムイ達が起こした突風のせいで起きた騒動に乗じて足早に去っていった。
「・・・よし、俺達も逃げよう。いけるか?ふたりとも。」
「ひぐっ、えぐっ、うぇぇ〜〜〜ん・・・。」
「・・・ぐすっ。」
「・・・ダメか。」
結局、ぐずる二人を抱え上げて、全速でその場を後にしたトウマ。後々、このせいで色々と面倒な事が起きるのだが・・・それはまた、別の話。
どうもはじめまして&こんにちわ。こめです。今回のお話はいかがでしたでしょうか。もしかしたらお気づきの方もいらっしゃるかも知れませんが今回再びコーユー先生の作品「SOULEATER」からちょっとキャラを拝借しました。コーユー先生、ありがとう・・・!まぁ見事なまでにキャラ壊れてますけどねw
そしてウチのキャラクター、葉山巧君と日野トウマ君が「SOULEATER 番外編〜嵐の文化祭〜 にて大暴れしております。主に葉山がw。年代的には名無しの約一年前。トウマ君達は高2です。興味のある方はぜひ見に行ってくださいです。ではでは。