第十八話 決着
「ふううぅぅぅ・・・!」
深く、息を吐く。蒸気のような白い息がもうもうと吐き出される。
理由は分からない。が、どうやら今までくすぶっていた力の導火線に火が付いたようだ。この力がどういうものか、どう使うのか。感覚的に理解していた。俺の、この赤龍眼の能力を。
「・・・先に言っとく。手加減は出来そうに無い。死にたくない奴は去れ。去るなら追わん。向かってくるなら容赦はしない。」
その言葉を皮切りに、戦闘が始まった。
『行け!』
長の号令に従い、また狼が三匹同時に飛び掛ってくる。だが、避ける必要も、防ぐ必要も無い。
「ギュィィィィィィィイ!?」
噛み付かんとトウマに触れた瞬間、声にならない声を上げ三匹とも地に落ちもがきはじめる。トウマ自身は何もしていない。あたりにツン、と肉の焼ける匂いが流れた。
「ああ、気を付けろ。今の俺に下手に近づいたら火傷じゃすまないぞ。」
『ぬう・・・。』
トウマが手に入れた能力、それは熱量操作、だった。自身の温度を自在に上げ下げ出来る力。下げることもできるが、基本的には上げる事に特化している為、0度以下には出来ない。トウマ自身が熱くなるため、当然その周囲の気温も上昇する。トウマの姿がゆらゆらと揺らめき始めた。
「どうした?来ないならこちらから行くぞ。」
ゆっくりと獣たちへと歩く。しかし近づいた分獣達は後退していく。と、
長の近くにいた獣の内の一匹が身を翻し、全力で走り去っていった。
『な・・・!待て!待たぬか!!』
長が制すがもう遅い。一匹、また一匹と逃げ出し、長以外のすべての獣たちがその場からいなくなっていった。
「・・・お仲間はいなくなっちまったな。さて、どうする?」
『ぬ・・・ぐ・・・!』
なんとか踏みとどまってはいるが、本当であれば逃げ去った獣たちのように長も逃げたい一心であった。この世界において竜の力は絶大。その片鱗を受け継いだだけだとしても、その恐怖は遺伝子レベルで長に警告を発していた。だが、曲がりなりにも長としてこの場を引くわけには行かない・・・!
ふ、と。長の視界の隅に何か青い物と赤い物が移った。
あん!あん!ああん!!
グルルルル・・・わん!
「んな・・・、ムイ!ユイ!」
どうやって外に出たのか、子犬の姿のムイとユイが長に向かって吠えている。
あわてて能力をカットする。全身から発せられる熱には当然ながら指向性は無い。下手に使い続ければムイ達を巻き込みかねない。
「お前達、家の中に隠れてろ!危ないぞ!」
その言葉に反応して、二匹がこちらを向く。その、瞳には、
「お前ら・・・。」
決意の色が宿っていた。僕たちも一緒に戦う、と。
あん!ああん!
わん!わん!
「あ、ちょっ、待て!二人とも!!」
トウマの静止もむなしく、二匹は長へと飛び掛る。
『うっとうしいわ!』
長がうるさそうに首を振るう。それだけで二匹は吹き飛ばされ、近くの木に激突する。
『噛み殺してくれる!』
よろよろと立ち上がろうとするムイとユイに大口を開けた長が迫る!
「させるかぁ!」
すかさず間に割り込んだトウマが長の頭を蹴り上げ、全体重を乗せた掌底を叩き込んで吹き飛ばす。
「大丈夫か二人とも!下がってろっていったろ!!」
だが、ユイはその言葉に小さく首を振ると、人の姿へと体を変えた。
「はぁ、はぁ、ぐっ!・・・。」
「しっかりしろ!」
「だ、大、丈夫・・・です。ですから、一緒に・・・。」
「今は無理だ!ふらふらじゃないか!」
「主人を、お守りするのが契約獣の努めです。トウマさんは、僕たちと一緒に行くと、言ってくれました。だから・・・だから、今度は僕達が・・・!」
ふらふらと長へと向かおうとするユイを抱きとめる。
「ったく・・・。ムイも、ユイも、こんな小さな体で無理するんじゃない。一緒に旅、出来なくなっちまうぞ?」
「で、でも・・・。」
「でもじゃない。いいから下がるんだ。一緒に戦えないのが悔しいなら、旅して強くなればい
い。今戦えないからって落ち込む必要は無い。俺の未来のパートナーになってくれれば、な?」
「・・・トウマさん・・・。」
「さ、ムイを連れて下がれ。ムイも、おとなしくしてるんだぞ?」
ムイはまだ何か言いたげだったが、おとなしくうなずいた。ユイがムイを抱き上げる。
「申し訳ありません・・・。」
「気にすんなって。さ、早く。」
くるりと背を向け、小走りに走っていく。すこしだけこちらを振り返る。と、
「トウマさん!うし・・・!」
トウマの背後。そこにはいままさに飛び掛らんとする長の姿が!
「甘い!!」
体勢を低くし、踏み切って懐にもぐりこむ。そこから胸の中心めがけて左の肘鉄をぶつける!
「おおっ!!」
更に開けた左の手のひらを右の拳で打ち抜く!!
『ごっ!・・・がぁ・・・。』
「巌堂流古武術、拳技・・・連牙突。(れんがとつ)」
長の身体が崩れ落ちる。ユイに背を向け、長から少し離れる。
「どうした?俺はもう竜の力は使っちゃいないぞ。直接殴れないからな。」
『ぐ・・・が、なめるなぁ!』
長は爪と牙を駆使して果敢に挑みかかるがトウマはその全てを見切り、いなし、防ぐ。
「すごい・・・。」
人型に戻って遠巻きに見ていたムイがつぶやく。本人から武術をたしなんでいる、と聞いてはいたが・・・。決して長は弱くは無い。伊達に長を名乗っているわけではなく、その戦闘能力は一族でも随一だ。加えて、あの体格である。竜族でもなければそうそうやられたりはしない。それを・・・。
『ガアアアアァァァァァツ!!』
「!ぐっ!!」
と、長が破れかぶれで放った一撃がトウマの肩をかすめる。それを合図にするかのようにお互いが距離をとる。
『はぁっ、はぁっ、グウウウゥウゥゥゥ・・・。』
「・・・・・・。」
トウマは、ふぅぅぅぅ、と長く息を吐くと、足を肩幅より少し広く開け、だらり、と両手を下げた。
「・・・そろそろ、終わりにしよう。」
『貴様・・・!舐めるなと言ったはずだ・・・!!』
「舐めてなんかいない。次は全霊を込めた一撃を放つ、と言ってるんだ。」
その言葉に、長の目の色が変わる。怒りと恐怖に浮かされていない、冷酷で獰猛な猛禽類のごとき狩人の色に。
「・・・・・・・・・。」
『・・・・・・・・・。』
静寂。長は体勢を低く低くし、最速でトウマを噛み砕くために力を込める。対して、静かにゆっくりと呼吸をし、完全に脱力しているトウマ。
この静かな対峙の中で、長には勝算が有った。それは自分の分厚い体毛である。一撃目も二撃目も致命傷に至らなかったのは、この硬い体毛のおかげだった。たとえどんな一撃を喰らおうともかまわず噛み砕いてしまえばいい。相手がダメージを受ける、と言うのも先程分かった。もし致命傷を与えられずとも、十分なダメージは与えられるはず・・・!
『グアアアァアァァッ!!!』
長が先に動く。押さえつけられたバネのような勢いでトウマに飛び掛る!
その鋭牙が首筋に突き立てられるよりもほんの数瞬早く。
トウマが動いた。
ユイとムイには、何が起きたか分からなかった。物凄い速度で長がトウマに襲い掛かり、それよりも少しだけ早くトウマの掌が長の首元に当たった。ただ、それだけ。一撃が来るであろう事は長にも分かっていただろうし、恐らくはそれを無視してトウマを噛み砕くつもりだったのだろう。・・・が、長の牙はトウマの首筋数ミリ手前で完全に停止していた。
「巌堂流古武術、拳技の奥が一・・・鎧砕き。」
その言葉と同時に、長の口から赤い液体が噴き出した。そして、再び崩れ落ちる。・・・今度こそ起き上がれないようだ。
「無理に動こうとするな。内臓がいくつかやられてるだろうからな。」
返り血で左半分が真っ赤になったトウマがそうつぶやく。見れば、長はまだ生きていた。手加減したのか、長自信の生命力か。
『ま・・・待て・・・。』
「しゃべるな、と言っただろ。お前が死んだら困る奴らもいるだろう。」
『ひとつだけ・・・教えろ。なぜそうまでして・・・あやつらのために戦う。お前にとって、きゃつらは赤の他人同然であろう・・・。』
「・・・・・・・。」
トウマが、少しだけ押し黙る。二人にとっても、それは少し気になる所ではあった。トウマが二人のために戦った理由。それが二人にはよく分からなかった。
「・・・そうだな。昔、俺達も似たような境遇だったんでな。同情したってのも確かだ。けどまあ、一番の理由は・・・。」
一拍間をおいて、トウマが答える。
「俺はあの二人のご主人様に任命されちまったからな。ご主人様なら、仕えてる奴を守るのは当然だろう?」
『・・・契約を交わしたのか・・・?』
「ま、これといって儀式めいた事はしとらんがな。あいつらが勝手にご主人様って呼んでるだけだ。」
『な・・・に?それでは、契約をしたわけではないのか・・・?』
「あ、そうなのか?やっぱ契約って何かせにゃならんのか・・・。ま、必要になったらすればいいし。」
からからとトウマが笑う。
『理解できん・・・。ではいったいなぜ、お前は自らを危険にさらしたのだ・・・?』
「ああ?いいんだよ理由なんざ無くても。守りたいから守る。助けたいから助ける。以上だ。」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・くっ、くはははははははは!ぐっ、ごはっ!』
突然笑い出した長が、これまた突然むせた。
「無理すんなって言ってるだろ。って言うか、何がそんなに面白いんだよ。」
『ぐ、なに、これが人間と言う物か、と思ってな。』
「あ〜、その認識はやめとけ。多分俺はだいぶ偏ってるからな。」
『だろうな。くくく、ふんっ!』
掛け声とともに、長が起き上がる。
「あ、おい!無理すんなって何度・・・!」
『案ずるな。歩いてねぐらに変えることぐらい出来る。』
「・・・ふらふらの癖にかっこつけてんじゃねぇよ。」
『そうもいかなくてな。長が部下に担がれて帰ったら、立つ瀬があるまい。』
「そういう時は座り所を探すんだよ。立ってばかりじゃ疲れちまうだろうが。」
『・・・・・・そうか。そうだな。俺にはそういう考え方が足りんかったのかも知れ
ん。・・・ユイ、それにムイよ。』
びくり、と二人が震える。恐らくは、まともに話したことも無かったはずだ。
『いままで、済まなかった。謝ってすむ物では無いかもしれんが・・・我らはもう二度とお前達を迫害しないと誓おう。』
「え・・・?」
「ど、どういうこと・・・ですか?」
『お前達を迫害していたのは、一族の総意だと言ったが、アレは嘘だ。むしろこんな事をしてなんになる、と言う声の方が多くてな・・・。だが、私は怖かった。お前達がいつか力をつけ、私に歯向かうのではないか、と。だから、私は部下に指示を出していたのだ・・・。』
「・・・・・・。」
『本当に、済まない。私は・・・。』
「良かった・・・。」
『・・・なに・・・?』
「ボク達は、皆に嫌われてるワケじゃなかったんだ・・・。」
「僕達は、忌み子と呼ばれ続けなくてもいいんだ・・・。」
ぽろぽろ、ぽたぽたと。二人は泣いていた。その二人にそっと近づき、頭を撫でてやる。
「ふぇ・・・。ご主人様ぁ・・・。」
「トウマさん・・・。」
ぽふ、と抱きついてくる。優しく頭を撫でながら、長に言う。
「な?いい子達だろ?」
『・・・ああ。全く、だ。』
『・・・トウマよ。』
しばらく黙って見つめていた長が話しかけてきた。
『その子達はただの人狼ではない。旅先で必ず役に立つはずだ。』
「ただの・・・?どういう事だ?」
『その子達の一族は契約を交わすことで特殊な能力を発揮するようになる。その能力は契約主
に左右されるが・・・お前なら、申し分なかろう。二人を、頼んだぞ。』
「ああ。分かった。アンタも、いつこの子達が帰ってきても良い様に、ちゃんとしといてくれよ?」
『・・・全力を尽くそう。』
そう言い残して、振り返る。と、
「あ、あの!」
ムイがトウマに抱きついたまま、長を呼び止めた。
『・・・なんだ?』
「そのっ、あの・・・ありがとう、ございました。」
『礼を言われる資格など、私には有りはしない。』
そう言って立ち去ろうとする。と、今度はユイが。
「それでも!それでも・・・ありがとうございました。」
『・・・なにかあれば、いつでも頼りにするといい。全力で助けると誓おう。・・・これは、贖罪ではない。私が、助けたいから助けるのだ。』
そう言い残して、長は森の中へと消えて行った。
で、その後。
ドアの前にあった水瓶をどかし、家にはいると、ドアの前でおろおろしていた野々香にみつかり、心配したと泣かれ、血まみれの姿を見て驚かれ、何でこんなに危ないことばかりするんだと怒られ、洗濯してる間に血を落としてこいと風呂につっこまれた。
「はあああああぁぁぁぁ・・・。まぁた泣かしちまった・・・。」
別に泣かせるつもりなどないのだが。まぁ心配をかけてるのだから仕方がないが、このままだといずれ性格が変わりそうで恐ろしい。
ふ、と。なぜだかショットガン(ゴム弾入り)を持ち、白衣を着て壮絶な笑顔を浮かべる妹の姿が浮かんだ。
・・・・・・・・ガタガタガタガタブルブルブルブル・・・・・・・。
「だ、ダメだ。これ以上野々香に心配をかけちゃいけない・・・!」
暖かいお風呂に入っているにもかかわらずなぜだか震えが止まらないトウマはそう誓った。と。
・・・・・・・・・・・・だだだだだだだだだだだだだだだだ!!!!!!!!!!!!
「ん〜なぜだろう。素敵に不吉な予感がシマスヨ?」
バァン!!と勢いよく扉が開かれた。(本日二回目。)
「ごっしゅじ・・・うわ?うわわわわわわ!!!!???」
だから走ったら転ぶって〜。とつっこむよりも先に、浴槽に向かってやっぱりダーーーーーーーーーイブ!!!!!!!!!!
「きゃーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
どっぱああああああああああぁぁぁぁぁん・・・・・・。
「げほっ、げほつ、うぅぅ〜。」
「あ〜はいはい。鼻に水が入ったのね。」
けほけほとむせているムイをまたさすってやる。・・・この元気はどこから湧いてくるんだろう。
「あ、ご主人様!一緒にお風呂はいろ!」
「もうすでに入ってるけどな。」
そんななか、とととと、とユイがやってきた。
「ムイ?トウマさんが入ってるから邪魔しちゃ・・・。」
「お、ユイ。丁度いいところに。悪いんだけど・・・。」
「・・・・・・・・・。」
「あの、ユイくん?」
なぜかいやな予感がした。
「・・・ぬぎぬぎ。」
「ああっ!双子の良心が裏切った!」
そんな感じでやかましく夜は更けていく。もちろんその後野々香に見つかり怒られたのは言うまでもない・・・。