第十七話 覚醒
ドスン・・・ドスン・・・ドスン・・・
でかい。とにかくでかい。高さで言えばアフリカ象位だろうか。
そんな、有り得ない大きさの白い物体が一歩一歩、ゆっくりと歩いてくる。そして。
『・・・人間よ。去れ。』
しゃべった。これまた有り得ない。・・・いや、忘れかけていたがここは俺たちのいた世界とは違う。有り得ないということの方がありえないと言ってもおかしくは無い土地だ。
「・・・あなたが、ここいらの獣達の長、ですか?」
『いかにも。私が長だ。』
「私が立ち退いたら、どうなさるおつもりで?」
『知れた事。紛い物を処理するのよ。もとよりアレは災いしか呼ばぬ。』
こともなげに言ってのける。
『仲間がいるなら連れだって即刻去れ。去るなら追わぬ。邪魔をするなら容赦はせんぞ。』
「・・・そうですか。それはありがたい。わざわざあんな細工をする必要もありませんでしたか。」
細工、とはもちろん中からは出にくくしたアレの事である。
『ふん。ずいぶんと聞き分けが良いな。まあいい。さっさとすることだ。』
「ええ。妹二人と弟一人。とっとと去らせていただきますね。」
『・・・何?』
「全部で四人です。いや、良かった良かった。ごたごたもなくて。」
『待て。貴様の仲間は女一人のはず。あの二匹は連れてゆかせるわけには行かぬ。』
その言葉で確信した。こいつはやっぱりあの二人の事を監視させて居たんだ。
「・・・なぜです?あなた達にとって、なんら差し支えは無いはずですが?」
『きゃつらは忌み子だ。生きていることで我らに害をなさぬともかぎらぬ。貴様らとて、災いを呼び込むかも知れぬぞ?どうしても連れて行くというなら、どちらか片割れを置いてゆけ。』
「・・・・・・」
知らず、拳に力が入る。
『・・・ぬ?何を怒る。貴様らにはきゃつらに大した義理も恩義も無いはず。・・・情でも沸いたか?それならば筋違いだ。もともと存在を許されなかった者共だ。今まで生かしていたやっただけでも』
「それ、本気で言ってます?」
『僥倖と・・・なに?』
拳は、流血してもおかしく無いほど、握り締められている。
「本気で言ってるんですか、と聞いたんです。」
『無論だ。これは一族の総意でもある。そうだろう?』
同調するように、あちこちから遠吠えが上がる。
『さあ、分かったらそこをどけ。これ以上居座るなら見逃さんぞ。』
「・・・るな・・・。」
『?』
「・・・けるな・・・。」
『なにを、』
「ふざけるなぁっ!!!!!!!!!!!!」
大気を振るわせるほどの怒号。それに気圧され、狼の一団が後ずさる。
「てめぇら、何言ってんのか分かってんのか!?あんな小さな子達が、たった二人で必死になって頑張ってんだぞ?ムイは泣いてたぞ!辛い、苦しいって!ユイだって、自分じゃあどうしようもない現状に、歯噛みして耐えてた!」
『・・・・・・。』
「それを何だお前ら!!どうして余計追い詰めるような真似してんだよ?なんで手を差し伸べてやらねえんだよ!同じ血の通った仲間だろうが!!」
『・・・・・・かかれ。』
長の号令。が、狼達は動かない。
『かかれと言っておろうがっ!!』
その声でようやく狼達が動く。長の近くにいた十数匹が一斉に飛び掛り、トウマの姿が見えなくなる。が、
「おおおあっ!!!」
咆哮。長には何が起きたか分からなかった。分かったのは、あの人間に襲い掛かった狼達が悲鳴を上げて逃げた、と言う事だけだ。
「ふううぅぅ・・・!」
焦げ付く様な匂いと共に、男が白い息を吐く。今の時期、夜でも外は寒く無い。だが、白い息と言うものは息と外気との温度差によって発生するものだ。と、男が、こちらを向いた。その、眼は。
『な・・・・・・。』
男の右目は、赤い・・・紅蓮のごとき、燃える様な紅い眼。強大で、全てを焼き尽くすと言われる赤龍の血を受けた証・・・!
『赤竜・・・眼・・・!』
そんな馬鹿な。そんな力は感じなかった。獣とはいえ、このような世界に生きる者、持っている力の優劣は本能で感じ取る事が出来る。先程までは、そこにいたのはわずかに魔力の残り香がする程度の人間だったはず。皆で掛かれば左程労せず蹴散らせたはずなのだ。それが、なぜ・・・。
「決めた。俺はあの二人を連れて行く。そんで一緒に旅してあいつらが知らなかった楽しい事をいっぱい教えてやる。旨いもんをいっぱい食わしてやる。生きてりゃ理不尽なことにぶち当たる事もあるかもしれんが、それをひっくり返せるくらい楽しい事がいくらでもあるんだって事をたっぷり教えてやる!」
熱い。気のせいではない。この辺りの温度が急速に上がっていっている。その原因は間違いなくあの男だ。
「それを邪魔する奴は・・・まとめて叩き伏せてやる!」
そのほんの少し前。家の中。
何だろう。大きな音・・・いや、声?が聞こえた気がして、ユイは眼を覚ました。・・・あれ?トウマさんに、ムイがいない。
「ムイ?トウマさん?」
「お兄ちゃん?」
「あ、ノノカさん・・・ムイと、トウマさんは・・・?」
「ユイちゃん・・・ごめん、分からない。今起きたばかりだから。」
ムイは・・・いた。窓際に立ってる。
「ムイ?どうしたの?」
起き上がって歩み寄る。ムイはじぃっ、と外を見ていた。その視線を追うように外を見る。
「あれは・・・!」
トウマさんに、・・・狼の皆。
「てめぇら、何言ってんのか分かってんのか!?あんな小さな子達が、たった二人で必死になって頑張ってんだぞ?ムイは泣いてたぞ!辛い、苦しいって!ユイだって、自分じゃあどうしようもない現状に、歯噛みして耐えてた!」
その言葉に、驚く。今来たばかりだから話の内容は分からないけど、きっと僕達の話をしていたんだと思う。
「それを何だお前ら!!どうして余計追い詰めるような真似してんだよ?なんで手を差し伸べてやらねえんだよ!同じ血の通った仲間だろうが!!」
その言葉とほぼ同時に、狼達が飛び掛った。
「あっ!」
「っ!」
同時に息を飲む。けど、狼達はトウマに襲い掛かる事無く散り散りになって逃げ出していった。トウマさんから、凄まじい程の力が噴き出したからだ。
「決めた。俺はあの二人を連れて行く。そんで一緒に旅してあいつらが知らなかった楽しい事をいっぱい教えてやる。旨いもんをいっぱい食わしてやる。生きてりゃ理不尽なことにぶち当たる事もあるかもしれんが、それをひっくり返せるくらい楽しい事がいくらでもあるんだって事をたっぷり教えてやる!」
・・・なんだろう。この感じ。胸の真ん中からこみ上げて来る様な、そんな。
自然と、涙が流れた。
「う・・ぇ・・・ごしゅじん、さまぁ・・・。」
ムイもしゃくりあげてる。同じ気持ちなんだろう。・・・あの人と一緒に行きたい。あの人と一緒に生きたい。きっと楽しい。きっと嬉しい。きっと哀しい。きっと。
なんで出会って一日も経っていない人にこんな感情を抱くのか分からない。ひょっとすると、この人と出会うのは運命とか宿命とかそういう神懸り的な事だったからかも知れない。でも、そんな事はどうでもいい。時間が足りないと言うのならこれから作ればいい。誰がなんと言おうと、僕は、僕達は、この人に一生ついていく。・・・心から、そう、思った。
「ふ、二人とも?どうしたの?」
ノノカさんがやってきた。二人して泣いていたので、心配そうな顔をしている。・・・言葉が旨くまとまらない。僕よりも先に、ムイが答えた。
「ううん・・・。ご主人様は、やっぱりボク達のご主人様だったんだ、って、分かっただけ・・・。」
「・・・?」
「そういうこと・・・です。」
「・・・???」
ノノカさんは不思議そうな顔をしているけど・・・きっとそういうことなんだと思う。
そして、外から聞こえてきた声と僕の思いは、偶然にも一致した。
「「それを邪魔する奴は、・・・まとめて叩き伏せてやる!!」」