第十四話 森の家
「こっちだよ〜!」
てけてけて〜と走る犬耳少女。彼女的には庭のような物なのだろうが・・・
「これはまた凄いな。」
「はぁ、はぁ、うん。まるで、ジャングル、みたい。」
まだ日は高いはずなのだが、木々にさえぎられてあたりは薄暗い。長いツタのようなものから良く分からない植物まで、森の中はうっそうという言葉がぴったりくるような状態だった。もしあの子を見失えば、元いた場所に戻ることさえ困難だろう。
「こっちこっち〜!!」
「分かった!分かったからもうちょっとゆっくり走ってくれ〜!」
ずんずん先へ進んでいくムイを制しながら後を追う。トウマはまだ平気なのだが、いかんせん野々香が大変だった。彼女は体力に関してはごく一般的な女の子で、部活も文科系なためそんなに体力があるほうではない。さっきから息が上がりっぱなしだ。
「む〜。もうちょっとなのに〜。」
「ご、ごめんね。はぁ、はぁ。」
朝から歩き通しだったからか、野々香はずいぶんと疲れているようだった。
「もう少しでボクの家だから、そこで休も?」
「ん〜そりゃかまわんが・・・もう少しってどの位だ?」
「だから、ホントにもう少し・・・あ!ほら、あそこ!」
そう言って指差す先を追ってみると・・・なるほど、確かにすぐそこにぽっかりと森の木々が避けているポイントがあり、そこにこじんまりとした家が建ててあった。
「もしかして、アレ?」
「うん!そうだよ!」
ムイちゃんは元気いっぱい、ててて〜、と走っていった。二人もそれを追う。ムイちゃんは玄関先で待っていた。
「えと、えと。ムイと、ユイのお家へようこそ!」
そう言って、扉を開く。
「あ〜、入って、いいの?」
「うん!」
尻尾をふりふり、元気よく答える。なんだかとても嬉しそうだ。あん!とユイも吠える。
「じゃ、失礼して。お邪魔しま〜す。」
「しつれいします〜。」
兄妹揃って挨拶をしながら扉をくぐる。中は見た目と同じようにこじんまりとしていたが、人一人と犬一匹が暮らすのには少々広すぎるような気がした。と、二人の間をすり抜けていく影が一人。
「いらっしゃいマセー!うわぁ、どうしようどうしよう!ボク達の家にはじめてお客サマがやって来た〜!!」
嬉しそうにぴょんぴよん跳ね回るムイちゃん。ホント元気やのぅこの子は。
「あ、そうだ!ユイがお礼が言いたいって!」
「お礼?・・・俺、なんかしたっけ?」
「うん。助けてもらった、って言ってる。」
少し考える。・・・もしかして、あの滝でのことだろうか。確かに助けたと言えばそうかもしれないが、どちらかと言うと死にそうな目にあわせたような。
「あ〜いいよいいよ。気にするような事じゃないさ。」
「う〜ん。でも、本人がお礼が言いたい、って言ってるし。ちょっと待ってね。」
そう言うと、後ろにあったタンスのようなものから何かを取り出した。あれは・・・首飾りだろうか。
「はい。ユイ。」
そう言ってユイに首飾りをかける。と、
「うわ!?なんだ!??」
「え?どうし・・・ってええ!?」
突然ユイの体がぐぐぐぐっ、と巨大化をはじめた。いや、巨大化じゃあない。後ろ足が足になり、前足が腕になり、前身の毛が引いていき・・・
「ふう・・・。」
ムイに良く似た、少年が現れた。違うのは、少し眠そうな眼と、青い髪と青い尻尾。
「このたびは助けていただいて、有難うございました。」
少し小さな声で、律儀に頭を下げる。当の俺達はというと、あまりの展開に眼が点になったままだった。が、
「き、きゃああっ!!」
野々香が思い出したように叫び、俺の後ろに隠れる。と言っても、別に変身したのが怖かったとか、そういう訳ではない。
「あの・・・?」
「あ、いや。服、服。」
変身後だったため何も着ていなかったのだ。いくら小さな男の子とはいえ、一応、ねぇ。
「先程は失礼しました。」
すこし頬を赤らめて、飲み物を出してくれる。もちろんちゃんと服も着ている。この子は割りと礼儀正しいらしい。が。
「お、お兄ちゃん・・・。」
「ああ。分かってる・・・!」
「・・・?」
俺達の目の前に出されたそれは。
「あ、もしかしてお嫌いですか?コーヒー。」
「いや、コーヒーは嫌いじゃないんだけどね・・・。」
そう。あの地獄の液体。ヘルブラックにしてヘブンビターなあのヤロウだ。
「ど、どうするの?」
「いや、せっかく淹れてくれたのに無駄には出来んしなぁ・・・。」
「・・・??」
ちなみにこの世界にはインスタントなんて便利な物は無いらしく、ごりごりと豆から挽いてわざわざ淹れてくれていた。それを見る限り普通そうなのだが、前例が前例だけに、少し飲むのはためらわれる。
「ええい・・・ままよ!」
「お兄ちゃん!」
「・・・???」
思い切って、ぐいっと飲む!
「・・・・・・・・・・。」
「だ、大丈夫・・・?」
「・・・????」
「・・・・・・美味い。」
普通に美味かった。そりゃそうだ。いくら異世界だからってそうそうあんなキ○ガイじみた味なんてあるはずが無い。神はまだ我等をお見捨てではなかったーー!!!なんて感動していると、
「ねね、トウマ、トウマ!」
ムイが話しかけてきた。
「ん?どした?」
「・・・ムイ。」
ユイが少しとがめるような口調でムイを呼ぶ。
「あ、かまわないよ。」
「・・・すみません。」
「あはは。んで、何?」
「ね、トウマは、どうしてここに来たの?もしかしてボウケンシャ?」
「冒険者?ん〜。だったらよかったんだけどなぁ。」
あはは、と笑う。せっかくだし、話してみるのも良いかもしれない。
「?」
「実はね・・・。」
トウマはこれまでの経緯を、手短に話した。
「・・・と言う訳なんだ。まぁ、信じる、信じないは自由だけどね。」
そう言って顔を上げる。と。
「すごいすっご〜い!かっこい〜!!」
「・・・信じられない・・・。」
二人とも、なぜかものすごい眼が輝いていた。
「ねぇねぇ、じゃあ、違う世界ってどんなだったの?」
「ドラゴンとは、どんな風に?」
二人の質問攻めは、その後も周りが暗くなるまで続いた・・・。