第十二話 出会い
・・・・・・・冷たい。
それに・・・なんだ?頬の辺りがなんだかくすぐったいと言うか・・・
「ん・・・あ?」
目が、覚めた。・・・全身ずぶ濡れだ。そして、俺に折り重なるように野々香が。
・・・そう、だ。俺は確か、滝から落っこちたはず・・・。
く〜んく〜ん
横から、なにやら心配そうな鳴き声が。あの青い犬だ。ぺろぺろと顔を舐めてくる。
「そっか。ずっと見ててくれたのか。お前は、大丈夫か?」
そう聞くと、あん!と一声。軽く頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細めた。うむ。問題無し。あとは・・・。
「おい、野々香。しっかりしろ。」
「うぅ・・・ん・・・あ・・・お兄、ちゃん・・・ッ!!。」
「大丈夫か?」
「う、うん。平気・・・。それより、ここは?」
「滝は近くにあるから・・・俺達がいた所の丁度真下、ってとこだな。」
上を見上げる。かなりの高さから落ちたはずだが・・・下が水だったからか、これも眼の恩恵か。さほどダメージは無いようだった。
「立てるか?」
「うん・・・びしょびしょだね・・・。」
「はぁぁ・・・。ほんと、踏んだり蹴ったり、だな。」
向こうを向いて、服の裾を絞る。・・・いやだって、ねぇ?野々香、全身ずぶ濡れなんですよ?そうすると当然服がぴっちりと張り付いて・・・ねぇ??
くいくい
「ん?」
足元の辺りがひっぱられる。あの子犬だ。とたたー、と離れていき、あん!と吠えてこっちを見ている。
「着いて来い、って言ってるのかな?」
「かな。どうせ当ても無いし、付いてってみるか。」
俺達は、ぬれた服もそのままに、子犬の後を追いかけていった。
「これはまた・・・。」
「綺麗・・・。」
子犬に着いていく事数分。出口らしき場所に出たのだが・・・そこには見事な草原が広がっていた。きっとここで大の字になって横になればさぞ気持ちがいいだろう。
「すごいな・・・ってあら?あいつどこいったんだろ?」
「え?あ、ほんとだ。いないね、あの子。」
先程まで付かず離れず誘導してくれていた子犬がいない。そう遠くへは行っていないと思うんだが・・・。
「ん〜、参ったな。出口に案内してくれたのはありがたいんだが・・・。」
「土地勘も無いし、荷物や地図は滝上だしね。どうしよ?」
「んん〜。」
困った。せめて人がいる所まで案内してくれりゃ、ってのは贅沢か。
・・・!・・・・・!!・・・・!・・・!!
・・!・・・!!・・・!!・・!・・・・・!!
「ん?」
何か、聞こえる・・・。何だ?・・・言い争いか?
「お兄ちゃん?」
「とりあえず行ってみるか。人がいれば僥倖だ。それ以外だったら・・・言葉が通じる事を祈ろう。」
「あ、ちょっ、待ってよ!」
声がする方へ走る。発生源はすぐに見つかった。あれは・・・女の子、か?小柄で赤い髪の女の子が、手に木の枝らしきものを持って叫んでいる。周りには・・・
「野犬・・・いや、狼か?」
10匹程度の数の動物の群れが、女の子を取り囲んでいた。女の子の後ろは土壁。絶体絶命、というやつだ。
「こ、来ないで!来ないでったら!」
半泣きの状態で木の枝をぶんぶん振り回している。そのおかげか、獣達は近づきあぐねているようだが・・・。
「それも時間の問題、か。」
「あ!お兄ちゃん、あの子だよ!」
「へ?」
「ほら、あの女の子の足元!」
あの青い子犬だ。女の子の足元で、勇敢にも獣達を威嚇している。ということは、あの子はあいつの飼い主か何かなのだろうか。
「・・・よし。野々香、ちょっと隠れてろ。」
「お兄ちゃん・・・。」
「無茶はしない。それに、アイツには助けてもらったしな。」
「うん。・・・気をつけてね?」
「まかせろ。」
野々香が草陰に隠れる。丁度良い。俺の力がどこまで通用するか、確かめてみるか。
まずは・・・思いっきり、飛び蹴りをぶちかます!
「おおっ!」
気合一発、駆け出した。しっかりと助走をつける。獣の一匹がこちらに気づいた。が、もう遅い!力の限り踏み切る!!!
「どおおおおおおおおおおお・・・お?お?おお??」
飛ぶ。飛ぶ。めちゃくちゃ飛ぶ。獣の群れを飛び越し、女の子を飛び越し。
「のあああああああああああああ!!??」
どごおおおおおおん
土壁に大激突。・・・いたい。精神的にも肉体的にもすげーいたい。そのままずるずると地面に落ちる。うう・・・カッコ悪りぃ・・・。
「だ・・・大丈夫?」
「あ、ああ。大丈夫大丈夫。あたたたたた・・・。」
助けようと思った女の子に心配されてしまった。と、女の子の後ろに、飛び掛ってくる狼!
「!!」
すばやく起き上がり、女の子の首元に喰らいつくよりも先に殴り飛ばす。続けて二匹。裏拳と旋風脚で弾く。・・・俺は獣の群れと戦いながら、自分の体のことを確認していた。原理は解らないが、俺の体は間違いなく出力の面でパワーアップしている。それも本当に洒落にならないほどに。ライルさんの家にいた時、簡単にグラスを握りつぶしたからなんとなく想像はしていたが・・・。
「くっ!」
問題はその出力が少々高すぎる事だ。肉体の方は強化されているから殴った衝撃で腕が壊れる、と言う事は無いようだが、いかんせん体重に変化が無い。身体が軽すぎて高い出力に振り回されてしまう。さっきの飛び蹴りがいい例だ。
「ふんっ!はぁ・・・りゃあっ!!!」
が、しっかりと地に足を着け、踏ん張って、この高出力を扱いこなしさえすれば。・・・正に百人力、だ。
「ふぅぅ・・・。うし。もういないな。」
獣達は全て逃げ去っていた。まだしっくり、とはいかないものの、なんとなくコツはつかめてきていた。女の子に向き直る。
「お〜い、嬢ちゃん。怪我、無いか?」
「う、うん。・・・たすけて、くれたの?」
「ん。まあ、な。嬢ちゃんは、そいつのご主人様か?」
言って青い子犬を指差す。
「?ご主人様?」
「あ〜要するに、君がその子を飼ってるのか?ってこと。」
「ううん。ユイは僕の家族だよ?だから、飼うとかそういう関係じゃないよ。」
「ん〜。そっか。そりゃ悪い事言ったな。あ、俺はトウマって言うんだ。君は?」
「僕、ムイ!」
「ん。ムイちゃんか。元気があってよろしい。お〜い。もう出てきて大丈夫だぞ〜。」
そう言って野々香を呼ぶ。草陰から恐々顔を出した。
「もう大丈夫だってば。あ、アイツは俺の妹の・・・って、あら?」
ムイちゃんはなぜか俺の後ろに隠れてしまった。
「どした?別に危ない奴じゃないぞ?」
「だ、だって・・・人間だし、なんか怖い・・・。」
「人間だしって。俺も人間だぞ?」
「え?くんくん・・・ん?ん〜?」
突然匂いを嗅ぎだし、首を捻る。それに合わせて尻尾が左右に・・・
「って尻尾!?」
「え?尻尾?」
ぴく、と尻尾が動く。よく見ると髪だと思ってた部分に、・・・犬の耳が。
「え?ええ?ムイちゃんもしかして・・・人間じゃない?」
「うん。」
あっさり肯定された。
「はぁ〜〜!?マジかい・・・。」
「?どうかしたの?」
「あ〜いや、別に・・・あ、とにかく、こいつは妹の野々香。別に危ない事はせんし、多分怖いってのは・・・これのせいだろう。」
言って、竜石を指差す。
「お兄ちゃん?」
「すまん。ちょっとの間それは取っといてくれ。後、この子は・・・ムイちゃんだ。」
どう説明した物かわからないので、とりあえず名前だけ教える。
「で、だ。この辺に人の住んでる村とかないかな?」
「う〜ん。この辺には・・・無いと思う。」
「そっか・・・。」
「ねね、良かったら、僕の家に来る?」
「え?ムイちゃんの?」
「うん。ユイも助けてもらったお礼がしたいって。」
あん!とユイが吠える。
「う〜〜〜ん。」
「行く当ても無いし、とりあえずお邪魔させてもらおうよ。」
「ん〜〜。そう、だな。ムイちゃん、悪いんだけど、お邪魔させてもらって良いかい?」
「うん!こっちだよ!!」
たたたー、と走っていく。俺達はその後を追って、草原から森の中へと足を踏み入れた・・・。