第十話 旅へ。
・・・・・・・あれ・・・・・・?
・・・ここ・・・どこ・・・?
あ、・・・お兄ちゃん・・・。
・・・・え?行くって、どこへ・・・?
ちょ、ちょっと待って、わたしも・・・っ!
・・・体が、動かない・・・?
ま、待って!待ってよ!!お兄ちゃん!
置いていかないで!一人になったら、また・・・!
「ぃよお。ガキ。久しぶりだな。」
ヒッ・・・!・・・いや・・・来ないで!
「ククク・・・。そう嫌うなよ。なぁ。また楽しもうぜ?」
い・・・いやぁ・・・。やだぁ・・・!
「最高だったんだぜぇ。おまえら兄妹をイタブッた時は。お前の兄貴。殴っても殴ってもお前を庇おうと必死でなぁ。ついこっちもマジになっちまってさぁ。勢いあまってお前の腕まで折っちまったよなぁ。あの時のお前の悲鳴と兄貴の泣きそうな顔。もうたまんなかったぜ。危うくイッちまうかと思ったぐらいさ。」
いや・・・いやいやいや!!やめてよぉ・・・!!!
「まぁ、ザンネンながら兄貴の方はもうイネェミタイダケドナ。」
・・・え?いま・・・なん、て・・・?
「もウお前の兄貴ハいねぇ、って言ったノサ。クク・・・ハハハハハはハハハははハハ!!!!!!」
うそ。・・・そんなの嘘!だって、だってお兄ちゃんが私を
「置イて死ぬワケねェッてカ!?ヒャハハハハハハ!!!そンなわきゃネエだろウが!知っテるか!?あのデカブツの血、ニンゲンにゃ猛毒らシいぜ!お前ニモ見せたカったぜぇ!ミギメから腐りオチテうめきナガら死んでいク兄貴の姿をナぁ!!」
あ・・・あああ・・・・
「ククク、イイなぁ。泣けよ。喚けよ。何だったら手伝うぜ?」
いやぁ、いやぁぁ・・・。おにぃちゃん、おにぃちゃぁぁん・・・・・・。
「ククッ、クハハハハハハハ!!!!ハァーーッハッハッハッハッハッハァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
野々香!
・・・え?
眩しい。目が、うまく開けられない。でも、そこには確かに。
「大丈夫か、野々香。うなされてたみたいだが・・・。」
「お、にい、ちゃん・・・?」
「おう。お前の看病のおかげですっきりさっぱり元気百倍だぞ?」
むん。なんてやっている。・・・あれ?急に目の前がにじんで・・・お兄ちゃんが見えなくなった。だったら・・・。
「〜〜〜〜っ!お兄ちゃん、おにいちゃぁん!!!」
「うわぁっ!の、野々香!?」
飛びついて、確かめることにした。
「どうしたんだ?野々香。・・・また、あいつが夢にでてきた、のか?」
「ぐす。う・・・うん・・・。」
野々香はしばらく泣きじゃくっていた。こういう時は、しっかり抱き返して頭をなでて、泣き止むのを待つのが一番だ。・・・こういう事は、あの日以来、結構な数起こっていた。・・・最近はあまり無かったのだが、きっとここ二〜三日つきっきりで看病していたせいだろう。あの事は、野々香にとって最大のトラウマだ。もちろん俺にとってもそうなのだが、野々香のそれは俺とはレベルがちがう。まだまれにこういう事が起こるとはいえ、普段はまるで普通に過ごせるのは奇跡だ、と医者にいわせせしめた程だ。
「ごめんね、お兄ちゃん。・・・迷惑、かけちゃって。」
「何言ってんだ。俺の方こそ、すまん。きっと、俺のせいだ。」
「いいよ。お兄ちゃんは、ちゃんと生きててくれた。だから、いいの。」
「・・・野々香・・・。」
・・・やっぱり、俺はもっと強くならないと。俺が弱いから、野々香を泣かせてしまう。もう、二度と泣かせたくないと思っているのに。そのために、強くなろうと誓ったのに!それが、俺の、
「あの〜、もう、大丈夫、かい?」
「?・・・あ、ライルさん。」
見ると、居心地悪そ〜にこっちを見ている。・・・しまった。朝飯がもうすぐできるから起こして来い、と言われたんだった。
「あ、あの・・・。」
「すいません。もう少ししたら行きますんで。」
「ん。そうかい。じゃあ冷めないうちに来るんだよ?」
そう言って引き返していく。・・・この世界の朝食とはどんなものだろうか。
「ほら、ちゃんと顔拭いて。ライルさんに笑われるぞ?」
「あ、うん。でも、拭くものが・・・。」
「俺の服で拭け。どうせびしょびしょだ。」
「あぅ・・・ごめん・・・。」
少しして、台所へ行く。そこに並んでいたものは、パンらしきものと目玉焼きっぽいもの、そこのへんで採れたんじゃなかろうかと思われる野菜のサラダになんだか湯気を立ててる黒い液体。
「どうかな?とりあえず普段の朝食を用意してみたんだけど・・・。」
「いや、どうかな、って言うか・・・。」
「ごく普通の朝食の風景、だね・・・。」
「意外と接点が多いのかもな・・・。」
おっかなびっくり、頂いてみる。もしゃり。・・・パンだ。こっちも普通に目玉焼きだし、サラダもしゃきしゃきしておいしい。
「おお、うまい!」
「・・・わ、ホントだ。味は向こうと変わらないんだね。」
ひょいひょいと口に運ぶ。なにせ三日は何も食べてないことになるから、おいしさも格別だ。すぐに食べつくし、最後にコーヒーをぐぃっと
「ぎぃぃやああああああああああああああ!!!!!!!!????????」
床に落ち、のた打ち回る。これは、なんだ!?
「お兄ちゃん!?どうしたの!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・!!!!!!!」
こ、言葉が出ない。それほどまでに、ものすっごく苦い。もう苦いなんて感じないぐらい苦い。どれだけ濃縮すればこの苦さが出るのか。ってああ!野々香が試し飲みしようとしてる!!
「でゃ、でゃめ・・・。」
「!!!!!!!!!」
止めようとしたが、時すでに遅し。舌先だけちょこっと出して舐めてみたみたいだが、あまりの苦さに手で口を押さえて悶絶した。・・・っつーかろれつが回らん。
「へ?ちょ、ちょっと。大丈夫かい?もしかして、お口に合わなかったかなあ?」
・・・はたしてこの苦さはこの世界特有のものか、この人物の趣味か。ライルさんはあの悪魔の液体を平然と飲んでいる。これがこの世界の苦さだとしたら・・・もう僕にはやっていける自信がありません。
「うぅ・・・に、苦いぃ・・・。」
どうやら野々香は比較的ダメージが少ないようだ。とりあえず身振り手振りでまともにしゃべれない事を伝える。
「え?・・・わたし、シャベル、バツ。・・・お兄ちゃん、もしかしてしゃべれないの?」
さすが我が妹。俺の難解なボディランゲージを即座に読み解いてくれた。
「ええ!?そ、そんなに苦かったかい?確かに僕は苦めのほうが好きだから少し苦いとは思うけど、そこまで苦くは無いと思うんだけど・・・?」
少し!?あれで!??・・・ああ・・・神よ・・・。なぜあなたは人に試練をお与えになるのデスカッ!!!
・・・で。結局俺が回復するまでしばらく時間がかかると思われたので、ライルさんに野々香へこの世界に関する説明をしてもらった。いくらかは話したそうだったが、落ち着いて聞くのはこれがはじめてらしかった。
「・・・じゃあ、私たちはとりあえずその王宮に向かうべき、なんですね?」
「うん。そうなるね。」
「・・・。(こくこく)」
未だにしゃべれないのでジェスチャーで話し合いに参加する。
「それにしても・・・赤竜眼、ですか。にわかには信じられませんけど、具体的にどうなるんですか?」
「う〜ん。まずね、赤竜眼を宿した目は、うっすらと紅くなるんだ。」
「あ・・・ホントだ。」
野々香が目を覗き込む。自分だとわからないが、野々香の反応を見る限り、本当に紅くなっているんだろう。
「で、その状態でも身体能力は跳ね上がってるんだけど、まだ力を解放してはいないんだ。」
「力を、解放、ですか?」
「うん。本当に目の力を使い始めると、もっと目が紅くなって、目に印が現れるんだ。」
「イン?」
「まあ模様みたいなものだよ。その状態になって初めて赤竜眼の力は発揮されるんだ。」
「どんな力なんですか?」
「そればっかりはやってみないと分からない。それぞれ違う能力を宿すからね。」
野々香はむぅ、とうなる。・・・俺自身でも良く分からない力だ。野々香にすればてんで問題外だろう。
「ま、とにかく王宮に向かうことだね。そこで許可をとらないと・・・厄介なことになるだろうから。」
「・・・わかりました。で、その王宮へは遠いんですか?」
「ん〜、歩いて二日、ってとこかな。」
「って遠っ!!」
あ、声が出た。
「でも、行かなきゃどうしようもないだろう?付いて行ってあげる事はできないけど、かわりに準備ぐらいしてあげるから。」
「いえ・・・十分です。」
見ず知らずの人間にここまでしてくれただけでも十二分だ。野々香を見る。
「野々香、おまえはどうする?」
「もちろん、私はお兄ちゃんに付いて行くよ。・・・ダメ、かな?」
「いや、ダメとは言わんが・・・。」
「じゃ、決まりだね。うん、なんかワクワクするね!」
「ワクワクってなあ・・・。」
危ない旅になるかも知れんのに・・・これじゃあまるでピクニックだ。
「悪いんだけど、出立は明日にしてもらえるかい?色々準備しなきゃいけないし。」
「ご迷惑、おかけします。」
「いやいや、いいんだよ。僕が好きでやってるんだから。」
旅が、始まる。兄妹二人だけの。きっと誰も知らない、名前も無い冒険が、今・・・・・・。