第60話 正体
――王城の一室。
重い扉が閉じられ、外の気配が遮断された。
集められたのは、エヴァンス伯爵、グラーフ伯、数名の重鎮、そして――シャーロット。
そこに、いつもの軽い足取りで入ってきたのが、エドモンドだった。
「……え、エドモンド?」
シャーロットが思わず声を上げる。
グラーフ伯が、ゆっくりと口を開いた。
「そろそろ知ってもらう時だと思ってな、エヴァンス嬢。」
エドモンドは肩をすくめる。
「いやー、本当は最後まで“ただのお菓子好きの幼馴染”で通したかったんだけどね。」
空気が、少しだけ和らぐ。
だが、次の瞬間。
エヴァンス伯爵が、低く告げた。
「エドモンド・グレイフォード。その肩書は、グレイフォード伯爵家の次男坊だけではない。」
机の上に、数通の封書が置かれる。
王家の封蝋、隣国の紋章、古い密印。
「彼は王国と隣国、双方の裏の連絡線を束ねる者だ。
公式な役職はない。だが、どの外交官よりも多くの条文を動かし、どの将軍よりも多くの戦を起こさせなかった男だ。」
シャーロットの視線が、ゆっくりとエドモンドに向く。
「……え?」
エドモンドは、困ったように笑った。
「だから言っただろう。俺は調整役だって。」
グラーフ伯が続ける。
「グレイフォード家は、中立を名乗りながら国境の裏で王家と隣国をつなぐ影の王家ともいえる存在。比較的自由に動き回れることもあり、嫡男以外が代々務めているが、次代を担うこのエドモンドはとにかく頭がキレて容赦ない。」
室内が、しんと静まる。
シャーロットは、胸の前で手を握った。
「……じゃあ、今までのことも?」
「ほぼ全部、俺の仕事。」
エドモンドは、あっさり言った。
・王太子と辺境伯家の対立が内乱に発展しなかったこと
・隣国が属国になりきらず、しかし戦争にもならなかったこと
・シャーロットが選ぶ側でいられたこと
「全部、偶然じゃない。」
エドモンドは、いつもの軽い口調で言った。
「国は、人が壊れる前に止めなきゃいけない。人は、縛られる前に、守らなきゃいけない。」
シャーロットの喉が、ひくりと鳴る。
「……じゃあ、私のそばにいたのは?」
エドモンドは、少しだけ言葉を選んだ。
「仕事でもある。でも……幼馴染なのも、本当。」
それだけは、視線を逸らさずに言った。
「だから、シャーロットが誰のものでもないって場所を、表でも裏でも守ってきた。」
その言葉に、
王太子の執着も、辺境伯家の策も全てが一本の線でつながった。
シャーロットは、しばらく黙ったままやがて、小さく息を吐いた。
「ずるいわ、エドモンド。」
「え、どこが?」
「そんな顔で、そんなことしてたなんて。」
「そんな顔とは何だ!!殿下たちの足元には及ばないが、そこまで崩れた顔はしていないつもりだ!!」
「そう言う意味じゃないわ。存在感がふざけているというか、そうじゃなくて、もうこの話はお終い!……でも、もう一つだけ聞いていい?」
「どうぞ。」
「私を守ったのは、国のためだった?それとも……。」
エドモンドは、ほんの一瞬だけ黙って、そしてにっこり微笑む。
「……両方。でも比重は、たぶん――シャーロットの方が、重い。」




