第6話 婚約の影
昼下がりの回廊。
「ねえシャーロット、最近はほんと殿下と一緒よね?」
くすっと笑いながら腕を組んできたのは、
同じクラスの友人マリアンヌだった。
「毎日見ている気がするわ。」
「……そ、そんなことないわよ。」
否定しつつも、声が弱い。
反対側から、落ち着いた雰囲気のリディアが微笑む。
「でも、殿下が一緒にいる時の空気、嫌な感じじゃないわ。」
「うん。周りはピリピリしてるけど、殿下ご本人はご機嫌なのよね。」
――この二人は、数少ない“まともなご令嬢”だ。
無意味に噂を広げない。
嫉妬で絡んでこない。
「シャーロットが困ってないなら、それでいいと思うわ。」
その一言に、胸が少し軽くなる。
「ありがとう……。」
ほんのひととき。
普通の学園生活。
*
――しかし、その“普通”は長く続かない。
昼食の席。
ここ最近いつものように王太子殿下の側近が静かに席を整え、
殿下が当然のように私の隣に座る。
「ご友人と一緒でも構わないよ。」
殿下がそう言った瞬間、
マリアンヌとリディアが一瞬だけ目を見合わせた。
(……察した)
「いえ、私たちは向こうで。」
「え、でも――」
「いいのよ!」
リディアは小声で囁く。
「殿下の隣にいる方が、学園内が安全そうだもの。」
冗談めかして言いながらも、
その判断は正しかった。
王太子殿下は、満足そうに微笑む。
「君には、無理をさせたくない。」
その言葉は、優しい。
――けれど。
その裏にある決定事項を、私はまだ知らない。
*
その日の夕方 王宮
「エヴァンス伯爵。」
国王陛下は、低く穏やかな声で呼びかけた。
「最近は、息子が随分と世話になっているようだな。」
「恐れ入ります。」
伯爵は深く頭を下げる。
王太子殿下は父の少し後ろに立ち、何も言わない。
だが、その沈黙こそが圧だった。
国王は、書類から目を離さず言う。
「学園での評判も、良いと聞いている。
慎ましく、礼儀正しい娘だとか。」
伯爵の喉が、かすかに鳴る。
「……光栄でございます。」
「王太子妃として
――ふさわしい、という声もある。」
伯爵は、息を忘れた。
王太子殿下は、そこで初めて口を開く。
「父上。」
制するような声。
だが、それは否定ではない。
「まだ“検討”の段階です。」
国王は、わずかに口角を上げた。
「そうだな。」
そして、伯爵に向き直る。
「だが、覚えておくといい。王家は、エヴァンス家を高く評価している」
それは、
選択肢ではなく、方向性の提示だった。
*
その夜
私は父に呼ばれた。
「シャーロット。」
珍しく、真剣な表情。
「王宮でな……陛下から殿下とのお話があった。」
胸が、嫌な音を立てる。
「まだ決まったわけではないのだが」
父はそう前置きしながら、
「だが、殿下は――真剣だ。」
私は、黙って聞くしかなかった。
*
翌日。
王太子殿下は、いつもより近い距離で囁いた。
「君を急かすつもりはないよ。」
指先が、そっと私の手袋に触れる。
「だが、周りは動き始めている。」
逃げ場は、
もう私の気持ちだけ。
「安心して。君が拒めない状況は、すべて整えてある。」
――優しく、
――静かに、
――確実に。
王太子のヤンデレは、
恋から、政へと姿を変え始めていた。




