第59話 条約
しばらくして我が国と隣国のあいだで「友好関係の正式文書化」が発表された。
だがそれは、新しい条約ではなかった。
――王太子と隣国大使とで、あの国賓晩餐会で取り決められた「友好的条件での事実上の属国関係」
その内容を、正式な条文化として整えただけのものだった。
表向きの説明は、こうだ。
・隣国は王国の庇護下に入る
・軍事・外交の大枠は王国主導
・王太子の外交成果として発表
宮廷では、誰もがそう信じた。
「殿下は、グラーフ辺境伯家に頼らずとも、国境の安定を手に入れた。」
「グラーフ家の価値は、これで大きく下がる」
――それこそが、シャーロットをレオンハルトに奪われまいと、王太子が最初の晩餐会で狙った未来だった。
しかし、条文化された内容の運用規定には、晩餐会当初にはなかった文言が静かに差し込まれていた。
・交易路の実務管理は「共同委員会」
・港湾運営は「隣国主導の技術協力」
・国境都市は「相互管理」という名の実質二重支配
名目は変わっていない。
今も隣国は、“王国の庇護下”にある。
だが――
金と物と人が動く実務だけが知らぬ間に、隣国の手に集まっていた。
王太子は、「属国化は成功した」と信じ、
隣国は、「実利はすべて手に入れた」と理解していた。
同じ関係を、
まったく違う勝利として見ていたのだ。
そしてそのすり替えを、誰にも気づかれぬまま成立させたのが――
エドモンドだった。
最初の晩餐会は、確かに王太子の策だった。
だが、その中身を書き換えたのは王太子ではない。
属国にしたつもりの隣国が、いつの間にか国の実利を握る側になっていた。
その時、すでに――
辺境伯家を削ぐために始まった盤は、王太子自身の足元さえ静かに崩し始めていた。




