第57話 意思確認
王城での婚約意思確認の場。
王太子側は、自分に有利な貴族、記録官、立会人を揃えて今日で囲い込みする算段だった。
だが当日、王太子が玉座の間に入った瞬間
すでにそこには――
グラーフ伯と、その嫡男レオンハルト。
さらに、王国内でも発言力の強い
“グラーフ家派”のいわば反王家派の貴族たちが鎮座していた。
「……これは一体?」
王太子が視線を細めるとグラーフ伯は、あくまで悠然と答える。
「本日は王家の未来に関わる話だと耳にしましてな。辺境を長く預かっていた身として、聞かずにおれぬと思い馳せ参じた次第です。」
シャーロットは、その異様な布陣にただ息をのむ。
表で動いているのは、元・辺境伯家のグラーフ家。
では、エドモンドの立場は一体なに?
その頃、城下の一角。
エドモンドは、いつものように菓子店の前で袋を受け取りながら、何気ない顔で言っていた。
「……ちゃんと、着きました?」
「ええ。グラーフ家の馬車は予定通りです。」
「王太子側の人選も?」
「全部、殿下好みの顔ぶれです。」
エドモンドは、ふっと笑う。
「じゃあ、殿下が作った盤面に、別の駒をそっと置いてきたってとこかな。」
彼は、袋の中の焼きたてマドレーヌを一個つまむ。
「盤面に立つのは、いつだって“表の人”。俺は、駒を運ぶだけ。」
――意思確認の場。
グラーフ伯は静かに告げる。
「この場は、婚約の儀式ではない。あくまで、エヴァンス家の御令嬢本人の意思を聞く場でありますな。ならば、圧も誘導も、決してあってはならない事。」
王太子は微笑む。
「卿。それは、私への牽制か。」
「王太子殿下が道を外さぬと信じているからこそです。」
そして、シャーロットに視線を向ける。
「エヴァンス嬢。この場には、答えを決めさせる者も、答えを急がせる者も存在しない。」
「今、答えられぬならそれも立派な意思です。」
レオンハルトが、静かに続ける。
シャーロットは、胸の奥が震えるのを感じながら、
それでも、言った。
「……今は、決められません。」
それだけだった。
だが、その一言で、
王太子が力で捻じ伏せようと作った流れは、完全に崩れた。
そしてその頃――
マドレーヌを食べ終えクッキーをかじりながら、エドモンドは独り言のように言う。
「うん。ちゃんと“選ばせた”ようだな。」
誰も知らないところで、盤面は動かされ、駒は配置され、戦いは終わっていた。
前に出たのはグラーフ家であり、名を残すのもグラーフ家だろう。
そこにグレイフォード家の名もエドモンドの名も出てくることはない。
その盤を作った当の本人は、今日もただの“お菓子好きの幼馴染”の顔で、街を歩いていた。
――それが、
エドモンドという男の、一番恐ろしいところ。
(エヴァンス家のあのクッキーまた食べたいなあ)
頭の中も、今はお菓子のことでいっぱいだった。




