第55話 エドモンド
――その夜。
エドモンドは屋敷の離れにある小さな客間で、ひとり灯りを落としていた。
机の上には、白紙の便箋と何通もの暗号めいた走り書き。
(王太子は、正面から来る。辺境伯家は、水面下。エヴァンス伯爵は、娘を守るのみ。)
そして――
(シャーロット本人は、まだ選ぶ場所に立っていない。)
それが、いちばん危うかった。
「……早すぎるんだよなあ、殿下は。」
エドモンドは、静かに呟く。
愛の名を借りた支配は、本人にとっては救いで、相手にとっては檻になる。
彼は、紙を一枚破り捨てた。
「檻を作る前に、鍵穴を増やさないとなあ。」
――数日後。
王城では、縁談の話が再び持ち上がった。
だが「シャーロット本人の意思を確認すべき」という声が、以前よりも多くなっていた。
誰が言い出したのかは、分からない。
「王太子妃は、国の象徴。
ならば、本人が望む形でなければ。」
この声に王太子は、眉をひそめる。
「……誰が、そんな流れを作っている。」
側近は、首を横に振った。
「分かりません。ですが、反対すればするほど、殿下が彼女を縛ろうとしているという印象が強まります。」
王太子は、唇を噛んだ。
「私は、守っているだけだ。」
だがその言葉は、誰にも届いていなかった。
――同じ頃。
学園の庭で、シャーロットは一人座っていた。
そこに、エドモンドが現れる。
「こんなところで、どうした。」
「……みんなが、私のことを見てる気がして。」
シャーロットは、膝を抱える。
「何もしてないのに、勝手に物語にされてるみたいなの。」
エドモンドは、隣に腰を下ろした。
「それが、貴族の世界だ。」
少し間を置いて、続ける。
「でもな、物語の結末だけは他人には書かせなくていい。」
シャーロットは、彼を見る。
「私、怖いのよ。」
「何が?」
「選ぶのが。間違えたら、誰かを傷つける気がしてしまうの。」
その言葉に、
エドモンドの胸が、ぎゅっと締まった。
「間違えることより、選ばされることの方がずっと残酷だ。」
エドモンドがいつもより真剣な目で言った。
「誰かの期待や立場じゃなく自分がどうしたいかで決めないと、その先で必ず壊れる。」
シャーロットは、唇を噛みしめる。
「……エドモンドは、私にどうしてほしいの?」
その問いに、
彼は一瞬、言葉を失った。
(本当は――どこにも行かないでほしい。俺の知ってる、シャーロットのままでいてほしい。)
でも、それを口にした瞬間、俺は“選ばせる側”になってしまう。
だから、エドモンドは笑った。
「シャーロットが、笑える方。」
「え?」
「夜に一人で泣かなくていい方。胸が苦しくならない方。」
そして、静かに言う。
「その先に、誰がいるかはシャーロット自身が決めればいい。」
シャーロットの目に、
涙が浮かんだ。
「それ……ずるいわ。」
「そう?」
「そんな言い方されたら、ちゃんと考えなきゃいけなくなるじゃない。」
エドモンドは、少し照れたように笑う。
「それでいいんだ。」
――その背後で、木陰に立つ影が二人の様子をじっと見ていた。
王太子の側近の一人。
「これは由々しき事態。殿下に、報告せねば。」
だが彼は、知らなかった。
その影すら、さらに別の影に見られていることを。
王城、学園内、王都、
エドモンドの仲間は既に散っていた。
――エドモンドは、ただの伯爵家の次男坊ではない。
“選べる未来”を残すために動く男。
そして、その盤の上で王太子も、辺境伯家も、
エヴァンス伯爵も、シャーロット自身も――
すでに、物語の最終局面へと静かに歩み始めていた。




