第53話 エドモンド
応接間の扉が閉まる音を聞きながら、エドモンドは廊下の影に背を預けた。
(……正攻法か。)
王太子が“婚約”という正面突破を選んだということは力で囲う段階を一度、失敗と認めたということでもある。
だが――
それは、諦めたという意味ではない。
(形を変えただけだな。支配を、正当性で包みに来たか。)
エドモンドは軽く前髪をかき上げ、いつもの、少し気の抜けた表情を作った。
そしてそのまま、何事もなかったように応接間の方へ歩き出す。
ひょいと顔を出すと、使者と伯爵の視線が一斉に向いた。
「失礼。廊下で迷子になりまして。」
完全に嘘だが、誰も突っ込めない。
エヴァンス伯爵は一瞬だけエドモンドの目を見て、
ほんのわずかに頷いた。
――分かっているな、という合図。
エドモンドは、にこっと笑った。
「縁談のお話ですか。いやあ、殿下も思い切りましたね。」
使者が眉をひそめる。
「軽々しく言われては困る。」
「軽くは言ってませんよ。覚悟がいる手だなって思っただけです。」
空気が、少しだけ揺れる。
エドモンドは肩をすくめた。
「王太子妃になる、ってことは、ただ愛されるだけじゃ済まない。
国と、貴族と、歴史と、全部背負うってことです。」
そして、さらりと付け足す。
「シャーロットは誰かに決められるより、自分で選ぶ方が向いてる人ですよ。」
それは、伯爵への言葉であり王城への、見えない牽制でもあった。
使者は、それ以上何も言えず形式的な挨拶だけを残して去っていった。
静かになった応接間で伯爵が低く言う。
「……お前、ずいぶん踏み込むな。」
「性分ですから。」
エドモンドは軽く笑ったが、
その目は冗談を言っている色ではなかった。
(殿下。あなたが正当な婚約者になれば、シャーロットは逃げ場を失う。)
それだけは、許さない。
――その夜。
エドモンドは自室の机に向かい、誰にも見せない紙を一枚取り出した。
そこには王太子の最近の動き、縁談の流れ、貴族たちの反応が細かく整理されている。
最後の行に、こう書いた。
《対象:王太子
分類:要注意
理由:私人への過剰執着、権力濫用傾向》
そして、ため息まじりに呟く。
「……仕事になってしまうな、これ。」
だが次の瞬間シャーロットの困った顔が脳裏に浮かび、小さく舌打ちした。
「ほんと、割に合わないだろ。これ。」
それでも、彼はペンを置かない。
“伯爵家の次男坊”の顔のまま、
誰にも知られずにエドモンドは盤面を動かす。
――シャーロットが誰かの所有物になる未来を消すために。




