第51話 伯爵邸
伯爵邸の書斎は、夕暮れの光に沈んでいた。
窓際の机にはまだ封の切られていない手紙が積まれている。
エヴァンス伯爵は、肘掛椅子に深く腰を下ろし静かに言った。
「……で、君は何を見てきた?」
向かいに座るのは、エドモンド。
珍しく、いつもの軽さが消えている。
「見たってほど派手じゃありません。ただ――匂いが変わりました。」
「匂い?」
「王太子殿下の動きです。護衛の配置、学園周辺の巡回、伯爵邸への視線。全部が、守るより囲う形に変わってきている。」
伯爵は、指先で机を軽く叩いた。
「娘が、王城から送られてきた。」
エドモンドは、少しだけ目を細める。
「送ったじゃなく、戻した、と。王太子の使者のあの言い回しは正直、ぞっとしました。」
しばし沈黙。
やがて伯爵が、低く言った。
「……娘は、何も言わん。だが、目が違う。恐怖に怯えた目をしている。」
エドモンドは、視線を落とした。
「言わないんじゃなく、言えない空気を嗅いでるんだと思います。」
「王太子を恐れていると?」
「恐れているというより逆らったら壊れる何かがあると感じているのでしょう。」
伯爵は、深く息を吐いた。
「王家と争えば伯爵家など塵だ。」
「ええ。正面からは無理です。」
エドモンドは、顔を上げた。
「だから、真正面に立たせないでください。殿下と娘の間に、父親が立つんです。」
「……私が、盾になると?」
「盾というより、線です。越えたら“政治”になる線を、はっきり引く。」
伯爵はしばらく考え込み、やがて静かに言った。
「王太子が、私を無視できぬ形にするには?」
エドモンドは、即答した。
「娘を個人ではなく、家の問題にすることです。」
「囲い込みを、婚姻話にすり替えるか。」
「はい。殿下が本気なら必ず正攻法を選びます。
攫うより娶る。そうしないと、王太子自身が傷つく。」
伯爵の目が、鋭くなる。
「もし、正攻法を選ばなかったら?」
エドモンドは、わずかに笑った。
「その時は――王太子は王位継承権を捨てた、ってことです。」
書斎に、重い沈黙が落ちた。
やがて伯爵が、ゆっくり立ち上がる。
「……分かった。娘の前には、私が立つ。」
窓の外、邸の灯りが一つまた一つと点っていく。
エドモンドは、静かに言った。
「大丈夫です、閣下。シャーロットは一人で戦わせるような子じゃありません。」




