第45話 辺境伯家の反撃
王城では、王太子の政策が「安定」として称えられていた。
隣国との交易は順調。
国境の緊張は和らいだと報告され、貴族たちは胸を撫で下ろす。
だが――
辺境では、空気が少しずつ変わっていた。
◆
辺境伯家の執務室。
地図の上には、赤と青の小さな印が打たれている。
「青は王太子派の流通路。赤は、我らの裏の道です。」
老臣が指し示す。
「最近、王太子派の道で“偶然の事故”が増えています。馬車の故障、橋の補修、検問の遅れ……。」
「誰も責められぬ形ばかりだな。」
辺境伯は、口角をわずかに上げた。
「人は、遅れると別の道を探し始める。そして、その別の道がいつの間にか慣れた道になる。」
◆
王都
商人たちが、酒場でこう漏らすようになった。
「王太子派の道は安全だが、遅い。」
「辺境の流れは少し荒いが、早い。」
「結局、金は早い方に流れる。」
誰が言い出したわけでもない。
だが、その言葉は、不思議なほど自然に広がった。
◆
学園。
レオンハルトは相変わらず目立たぬように過ごしていた。
剣を振る時も勝ちすぎず、負けすぎず。
だが、負けた者だけが小さくこう囁く。
「……あれは本気じゃなかったな。」
その言葉もまた静かに、しかし確実に広がっていく。
◆
王太子の側近の一人が報告書を持って入ってきた。
「最近、商人たちが、辺境経由の流通を好む傾向があります。」
「好む?」
王太子は、微笑んだままその紙を受け取る。
「不満ではなく、選択として動いているようです。」
「……そうか。」
王太子は、紙を畳んだ。
(剣ではなく、流れで縛る――そう教えたのは、私だ。だが、流れは、誰のものでもない。)
彼の目が、
ほんの一瞬だけ、細くなる。
◆
その夜。
辺境伯は一通の密書を読んでいた。
“王太子、動き始める気配あり。”
辺境伯は、静かに笑った。
「ようやく、こちらを見たか。」
そして、レオンハルトに言った。
「剣を磨け。だが、抜くな。」
「……承知しました、父上。」
剣は、見せるためにある。
振るうのは、最後の最後でいい。
辺境伯家の反撃はまだ音を立てない。
だが、王太子の盤面には確かにズレが生まれ始めていた。




