第44話 嵐の前の静けさ
辺境伯家の動きは、誰の目にも動いていないように見えた。
王城では、王太子が「平和」「友好」「未来」を語り、貴族たちはその言葉にうなずき、辺境伯家は、ただ静かに席に座っているだけの存在になっていた。
――だが、水面下では、確実に手が伸びていた。
◆
辺境伯の私室。
夜、灯りは一つだけ。
「隣国の商人が最近、港を変えています。」
老臣が、低い声で報告する。
「表向きは物流の都合。だが、実際は王太子派の商会が優先権を持ち始めています。」
辺境伯は、指で机を叩いた。
「王太子は、戦ではなく流れで国を奪うつもりだな。」
「我らの領地を通らずに、物と金が動き始めれば、
辺境伯家は要ではなくなります。」
「ならば――」
辺境伯は、ゆっくりと言った。
「流れを、こちらで作る。」
◆
数日後。
王都では
「なぜか、辺境の武具が売れている」という噂が流れ始めたが、それは偶然ではなかった。
レオンハルトは、学園の剣術場で静かに汗を流しながら、何事もない顔で同級生たちの会話を聞いていた。
「最近、剣が手に入りにくいらしいぞ。」
「王城の倉が、王太子派に抑えられてるって。」
「でも、辺境の工房のは質がいいって聞いた。」
レオンハルトは、口を出さない。
ただ、剣を振り噂が自然に広がる速度だけを測っていた。
◆
その裏
辺境伯家は小規模な鍛冶師、馬商人、護衛団と静かに契約を結んでいった。
条件はただ一つ。
「我らの名は、前に出すな。」
商人たちは、偶然、辺境の品が良かった
という顔で、王都に品を流す。
やがて、こう囁かれるようになる。
「王太子派の流通は、安定している。だが、辺境の品は、信頼できる。」
◆
王城では平和の象徴としての政策が進む一方、人々の心の奥に、小さな違和感が芽生え始めていた。
――戦わない国は、誰が守るのか。
――剣を持たない未来に、責任はあるのか。
その問いを誰も口にはしない。
だが、皆が心のどこかで抱え始めていた。
◆
レオンハルトはある夕方
学園の裏庭で一通の短い手紙を受け取った。
“流れは、でき始めている。”
それだけの文。
彼は、紙を燃やしながら、静かに息を吐いた。
(父上……もう、盤面は動いています。)
王太子は剣ではなく“平和”で国を縛ろうとしている。
ならば、辺境伯家は、平和では守れないものを人々の心に、思い出させるだけだ。
それは、剣を振るう戦ではない。
だが、確実に国の形を揺らす静かな反撃だった。




