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地味に過ごしたかったのにヤンデレ王太子に囲われた  作者: 水瀬みずか


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第42話 辺境伯家

辺境伯家当主の執務室は、

城の中でもひときわ無骨だった。


装飾よりも地図、絵画よりも戦況図。

それが、この家の在り方を物語っている。

机の上に広げられたのは、

隣国との国境線を示す大きな地図。

辺境伯は、腕を組んでそれを睨んでいた。

「……風向きが変わったな。」

低く、重い声だった。

向かいに立つのは、息子――レオンハルト。

背筋を伸ばし、父にだけは敬語を崩さない。

「はい。

隣国の動きが、あまりにも静かすぎます。」

「静かというのは、戦の前か、渉が水面下で終わった後かだ。」

辺境伯は、指で国境線をなぞり鼻で笑った。


「平和を語る者ほど、裏で一番血を流させないやり方を選ぶ。」

「……辺境伯家を、戦わずに無力化する策かと。」

「その通りだ。」


椅子に深く腰を下ろし、

辺境伯は息子を見据えた。

「国境が穏やかになれば、我らはただの功績ある古い家になるだけだ。」


それは、

不要になった家という意味でもあった。

レオンハルトは、静かに言った。

「剣も、兵も、忠誠も、必要とされている間だけ価値がある……ということですね。」

「理解が早くて助かる。」

辺境伯は、口元を歪めた。



「王太子は、お前を見ている。」

「……私を、ですか。」

「そうだ。お前は若く、強く、人気もある。しかも、王太子の欲しいものに、目を向けたと王太子から目をつけられている。」


レオンハルトの喉が、わずかに鳴った。


「女一人で、国が動く。それが、王家というものだ。」

辺境伯は、地図を指で叩いた。

「王太子は、お前の剣と家を同時に削る気だ。」

「では、父上。我らは、どう動くべきでしょうか。」

辺境伯は、少しだけ笑った。

それは、戦場でしか見せない笑みだった。

「上から殴られるなら、下からも支えを崩す。」

「王太子は、平和を武器にする。ならば我らは、不安を武器にする。」

「国境が静かになるほど、

人は逆に、怖くなる。」

「本当に守られているのか。誰が守っているのか、と。」

レオンハルトは、深く頷いた。

「では、学園での私は……」

「動くな。」

即答だった。

「今のお前は、目立つだけで、

王太子にとって都合のいい標的になる。」

「剣を見せるな。感情を見せるな。女も、見るな。」

一瞬だけ、

父の視線が鋭くなる。

「――特に、シャーロット嬢はな。」

レオンハルトは、きっちりと頭を下げた。

「承知いたしました。私は、ただの編入生として振る舞います。」

「それでいい。」

辺境伯は、再び地図に目を戻した。

「王太子が、

この線を消すつもりなら……」

「我らは、消えて困る存在になるしかない。」

その言葉は、

宣戦布告ではなかった。

だが、

確かに静かな戦の始まりだった。

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