第40話 困った時のエドモンド様
伯爵邸の客間で、シャーロットはソファに沈み込んでいた。
「……やばい気がする。」
ぽつりと漏れた声は、ほとんど独り言だった。
向かいの椅子に、いつものように足を組んで座っているのはエドモンドだ。
アプリコットジャムの乗った大好物のクッキーを一摘み、のんびり口に運ぶ。
「気がするじゃなくて、“やばい”でいいと思うぞ、それ。」
「やっぱり?」
「うん。だいぶ、危険だな。」
シャーロットは、王太子殿下との出来事を思い出す。
薔薇、接ぎ木、あるべき姿。
優しい声と、逃げ場のない視線。
「ねえ……あれ、どういう意味だと思う?」
エドモンドは、少しだけ考えるふりをしてから言った。
「薔薇の話に見せかけて、お前を自分の思い通りにしたいって宣言。」
「……ストレートすぎない?」
「でも当たってるだろ。」
シャーロットは、膝を抱えた。
「なんか、前より怖くなってきたわ。」
「そりゃそうだ。余裕が戻ったんだろ、あの方。」
「余裕?」
「前は弟を失った可哀想な兄って顔してたけど、今は王太子の顔に戻ってきてる。身内が亡くなり、人の心があったところで、根っからのヤンデレはヤンデレだ。そもそも、あの落ち込み方まで全て戦略のうちだった可能性すらある。」
紅茶を一口啜るエドモンド。
「で、その王太子が、
お前を自分のものにするって決めた。」
「……どうすればいいの?」
エドモンドは、しばらく黙ってから、軽く肩をすくめる。
「正面から逆らうのは、たぶん悪手。」
「うん……そんな気がする。」
「だから、表向きは、何も分かってませんって顔しとけ。」
「中身は?」
「中身は俺と一緒に、どう逃げ道を作るか考える。」
シャーロットは、少しだけ顔を上げた。
「えっ!?逃げ道、あるの?」
「今は分からん。作るんだよ、無いなら。」
にっと笑う。
「困った時のエドモンド様、だろ?」
その笑顔は軽かった。
けれど、瞳の奥は、冗談じゃない色をしていた。
「いいか、シャーロット。
あの人は、“花”を育てるつもりでいる。でもな――」
少し声を落とす。
「花は、勝手に咲くもんだ。誰のものでもない。」
「……ありがとう。」
「礼は、無事に生き延びてからにしろ。俺も命が惜しい。」




