第4話 学園生活
――それから数日。
私ははっきりと理解した。
(この学園、やっぱり居心地が悪い)
教室に入れば、刺さる視線。
廊下を歩けば、ひそひそ声。
中庭では、露骨に進路を塞がれることもある。
「王太子殿下に気に入られたからって、いい気になってらっしゃるのね。」
「伯爵令嬢ごときが一体どうやって殿下に取り入ったのかしら。」
(気に入られた覚えはないんだけど……)
正確には、
一方的にロックオンされているだけである。
けれど、周囲にはそんな事情は関係ない。
王太子殿下に声をかけられた。
手の甲に口付けられた。
その事実だけで、私はこの学園に在籍する大半のご令嬢方の“敵”になった。
――そして。
「シャーロット嬢!」
呼ばれる声は、いつも穏やかで。
振り向けば、王太子殿下がそこにいる。
今日も。
当たり前のように。
なぜなのか。
「おはよう。今日も麗しいね。」
「あ、ありがとうございます。」
王太子殿下は満足そうに頷き、私の隣に立つ。
距離が、やたら近い。
周囲の令嬢たちの視線が、さらに鋭くなるのを感じる。
(やめて!ナチュラルに余計な敵を増やさないで。)
けれど、王太子殿下はまるで気にしていない。
――いや。
気にしていないのではなく、気にする必要がないと思っているはずだ。
「最近、妙な噂を耳にしてね。君に不躾な態度を取る者がどうやらいるようだ。」
胸が、ひやりと冷える。
「もし、何かあればすぐに私に言うといい。」
碧眼が、優しく――しかし深く、絡め取る。
「君を不快にする存在は、学園には不要だからね。いや、この世の中に不要だ。」
(不要……。)
その言葉の意味を、私は深く考えないようにした。
考えたら、きっと怖い。
その時
「兄上、あまり独占しすぎるとシャーロット嬢が困りますよ?」
軽い声が割って入る。
第二王子だ。
「おはよう、シャーロット嬢。今日も可愛いね。」
「……おはようございます。」
返事をすると、王太子殿下の空気が、ほんの一瞬だけ冷えた。
「君は、少し黙っていたほうがいい。」
「えー、ひどいなぁ兄上は。」
第二王子は肩をすくめるが、
それ以上踏み込まない。
(……牽制してる)
兄弟であっても、
王太子の“縄張り”に入ることは許されない。
私は、胃の奥がきゅっと縮むのを感じた。
*
そんな中救いだったのは――
「ねえ、シャーロットさん。一緒にお昼どうかしら?」
そう声をかけてくれた、数人の令嬢たち。
アメリア嬢、リディア嬢、マリー嬢。
彼女たちは、王太子殿下や第二王子に特別な興味はなく、
どちらかといえば学業や趣味を楽しむタイプだった。
「噂、凄いわね。大変でしょう?」
アメリア嬢が、心配そうに言う。
「正直、あの容姿だし殿下に近づきたい令嬢は多いけども。」
リディア嬢が小さく肩をすくめる。
「私は、王族の方と関わると胃が痛くなるから遠慮したいの。」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「ええ、私もですわ。」
初めて、心から息ができた気がした。
令嬢たちの輪の中で、
私は“王太子に気に入られた伯爵令嬢”ではなく、
ただのシャーロットでいられた。
――だが。
遠くから、その光景を見つめる視線があることに、
私は気づいていなかった。
(いい。実にいい光景だね)
王太子殿下は、静かに微笑む。
(シャーロット嬢が笑っているなら、それでいい)
――ただし。
(その輪に害が及ばない限り、だが)
彼の中で、
守るべき範囲が、また一つ広がったことを。
私は、まだ知らない。
この優しい友人たちさえ、
彼の“庇護対象”に組み込まれたという事実を。
そしてそれは、
逃げ場が一つ、減ったということでもあった。




