第37話 狂気
学園の空気が、少しずつ変わっていった。
それは突然ではなく、じわじわと気づけば逃げ場が減っている
――そんな変化だった。
シャーロットが登校すると、正門の前に見慣れない王城の兵が立つようになった。
「おはようございます、エヴァンス嬢。」
笑顔は丁寧で、声も柔らかい。
だが、その視線は周囲を鋭く掃いている。
(……学園に、ここまでの警備、必要?)
廊下では、王太子の側近がさりげなく配置されシャーロットの移動に合わせ、自然に人の流れが変わる。
友人たちが話しかけようとすると、なぜか別の用事を言い渡され引き離されることが増えた。
「最近、シャーロットと話しにくくなった気がするの……。」
リリアが困ったように笑った時、シャーロットの胸はひどく痛んだ。
放課後、いつものように帰ろうとすると静かな声が背後から落ちる。
「シャーロット。」
振り返ると、王太子が立っていた。
顔色はもう戻っている。
けれど――目だけが、違った。
「さあ、私の馬車で送ろう。」
「……ありがとうございます。」
断れない言い方。
いや、断る選択肢が、最初から用意されていない。
馬車の中。
向かいに座る王太子は、優しく微笑んでいるのに、
その視線は柔らかさが無く、まるで逃げ道を塞ぐようだった。
「最近、誰と話している?」
「友人や、授業の組の方と。」
「レオンハルトとは?」
「学年での合同の授業もあるので、少しだけ。」
王太子の指が、ゆっくりと膝の上で組まれた。
「君は、優しすぎる。だから誰でも勘違いをする。」
声は穏やか。
言葉も、表向きは心配の形をしている。
けれど――
「勘違いした者は、不幸になる。」
その一言だけが、
氷のように冷たかった。
「君を守るためだ。」
王太子は、シャーロットの手を包み込む。
温度は、確かに人のものなのに。
「君は、私のそばにいればいい。余計な心配も余計な人間も、必要ない。」
閉じ込められてる。
そう思った瞬間、背中に冷たい汗が流れた。
翌日から、シャーロットの周囲には“偶然”が増えた。
廊下で誰かと話そうとすると、王太子に呼び止められる。
図書館で本を選んでいると、「王宮の書庫に揃っている」と、またもや王太子が現れる。
気づけば、シャーロットが自由に歩ける場所は王太子が“許した範囲”だけになっており、王太子と遭遇する回数が異常とも言えるものだった。
そして、ある日。
辺境伯家のレオンハルトとすれ違った瞬間、彼が何か言いかけたその時、
王太子の声が、背後から響いた。
「シャーロット。待っていた。」
その声に、学園中の音が一瞬、止まった気がした。
王太子は微笑んでいる。
だが、その目は、はっきりとレオンハルトを射抜いていた。
「君の時間は、私のものだ。」
それは、恋人の言葉のようでいて、
獲物に刻む印のようでもあった。
シャーロットは、その視線の奥に、はっきりと感じてしまった。
――優しさの形をした、狂気。
王太子の囲い込みは、静かに確実に、檻へと変わりつつあった。




