第36話 変化
少しずつ、日常が戻りつつあった。
学園にはまた笑い声が戻り、
黒い喪章も、制服の端から一人、また一人と外されていく。
それでも、完全に元に戻ったとは言えない。
誰もがどこか慎重で、どこか静かだった。
放課後。
校舎を出ようとしたシャーロットの背に、低い声がかかる。
「シャーロット。」
振り向くと、王太子が立っていた。
顔色は以前よりもずっと良く、目の下の影も薄れている。
……よかった。
そう思ったのは、本心だった。
「馬車を用意している。伯爵邸まで送ろう。」
「え、でも……。」
断る理由を探す前に、殿下はすでに歩き出していた。
王太子専用の馬車は、いつもより静かに、しかし重々しく待っていた。
中は柔らかな革張りで、揺れもほとんど感じない。
「最近は、少し眠れるようになった。」
王太子は窓の外を見ながら言った。
「顔色も、良くなられましたね。」
シャーロットがそう言うと、
彼はゆっくりとこちらを向いた。
「君のおかげだ。」
その声は穏やかだった。
だが――
その視線が、離れない。
なぜか確かめているような目だった。
(……あれ?)
背中に、ひやりとしたものが走る。
今までの王太子の視線は優しく、計算されていてどこか余裕があった。
けれど今は違う。
そこにあるのは安堵と同時に、逃がさないと決めた者の目。
「学園では何か困ったことはないか?」
「い、いえ……特には……。」
答えながら、なぜか胸の奥がざわつく。
声は変わらない、言葉も丁寧だ。
なのに、視線だけが、重い。
(……怖い。)
はっきりと、そう思った。
優しさの奥に、離れるという選択肢が最初から存在していないような目。
伯爵邸が見えてきたとき、
シャーロットは、ほっと息をついた。
「今日は、ありがとう。」
馬車を降りる直前、王太子は静かに言った。
「君が無事でいることが、今の私には何より大切だ。」
微笑んでいる。
いつも通りの、王太子の顔だ。
けれどシャーロットは、なぜかその言葉を守るのではなく囲うという意味で受け取ってしまった。
(……今までで、一番、怖かった。)
胸の奥に、小さな不安の芽が、
静かに根を張り始めていた。




