第35話 エドモンド
伯爵邸の小さな応接間。
午後の光が、白いカーテン越しに柔らかく差し込んでいた。
「……なんかさ。」
ソファに沈み込みながら、シャーロットはぽつりと呟いた。
「王太子殿下、思ってたより普通だったの。」
向かいに座るエドモンドは、紅茶を一口飲みながら眉をわずかに動かす。
「普通ってのは、どういう意味だ?」
「もっとこう、感情が爆発して独占欲むき出しで、ヒロインは誰にも触らせない、みたいな……。」
言いながら、自分でも首をかしげる。
「私の知ってる設定だと、この時点でもう、かなり重たい人のはずなのに。」
エドモンドは、カップを受け皿に戻す音を、いつもより少しだけ大きくした。
「……設定ってのも、当てにならんもんだな。」
「うん。それに、弱ってた。」
シャーロットは膝の上で指を絡めた。
「弟を亡くして、王太子じゃなくて、兄として苦しんでる人って感じで……。」
しばらく沈黙。
エドモンドの脳裏には、
第二王子が、シャーロットに手を出した
その事実と、
その直後に消えたという結果が、
はっきりと一本の線で結ばれていた。
エドモンドは、表情を崩さず、肩をすくめた。
「人は、状況で顔が変わる。ゲームだの設定だのより現実の方が、だいたい性格悪い。」
「ひどい言い方。」
「現実は優しくない、って意味だ。」
少しだけ、視線を逸らす。
「王太子が今おとなしいのは、余裕がないだけかもしれん。余裕が戻った時どうなるかは……誰にも分からん。」
「……やっぱり、後で豹変したり?」
「可能性は、否定しない。」
あくまで淡々と。
エドモンドは話題をずらすように言った。
「それより、お前はどうだった。」
「どう、って?」
「殿下と一緒にいて、怖かったか?」
シャーロットは、少し考えてから首を振った。
「ううん。むしろ、放っておけない感じだった。」
その言葉に、エドモンドは心の中で舌打ちした。
(だからこそ、危ないんだ。)
だが、口には出さない。
「なら、それでいい。」
「え?」
「お前は、同情するな。でも、無視もしなくていい。」
軽く笑ってみせる。
「中途半端が一番、人を勘違いさせる。だが、今のお前は優しいだけだ。それなら、まだ事故は起きにくい。」
「……よく分かんないけど、褒められてる?」
「珍しくな。」
シャーロットは、少しだけ笑った。
エドモンドは、カップの中の紅茶を見つめながら思う。
(第二王子が消えた理由にお前が含まれていると知る日が来ないように。それだけは、俺が守る。)
その決意を、
彼は、冗談めいた声に包んで言った。
「ま、とにかく――
次に殿下がヤンデレになったら、俺に報告しろ。」
「そんな報告、したくないんだけど!」
「保険だ。人は、壊れる前が一番分かりにくいからな。」
笑い合う二人の間に、言葉にされない真実だけが、
静かに横たわっていた。




